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番外編 番犬と十七夜
後日談 結局可愛いもん勝ち 5
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「おはよ。壱じいちゃん。シロ来てる?」
ふすまの間からひょこ。と、顔をのぞかせたのは葉だった。昨夜はよほど疲れたのだろう。ぐっすりと眠っているのが可愛くて声をかけずに部屋を出たのだ。が。まさか、このタイミングで葉が現れるとは、これを悪魔の采配と言わずに何と言えばいいのだろう。
「おお。葉ちゃん。早いな。足大丈夫か?」
にっこり。と、さっきの意地の悪い笑顔とはまるで別人の顔で、壱狼は葉に手招きした。部屋の中に貴志狼の姿を見つけて、嬉しそうに笑って、葉は招かれるままひょこひょこと足を引きずりながらも部屋に入ってくる。何もなければ、思いが通じ合ったばかりのそんな恋人の姿は、可愛い以外のどんな形容詞でも語れない。
けれど、貴志狼の背中には嫌な汗が流れた。そんな貴志狼の反応に壱狼はちらり。と、視線を寄越すが何も言いはしない。しかし、目が語っていた。
いつでも。バラせるぞ?
と。
「うん。も。大丈夫」
貴志狼の隣まで来て、身体を支えるようにその腕に掴まってから、葉が応える。床に幾つか散らばった紙屑がその足に当たって転がるのを、首を傾げて見ているけれど、何故とは問わない。この祖父が変わりものであることくらいは葉もよく知っているからだ。
「昨夜は災難だったな。偶然、行き違いにならんで、バカ孫と会えてよかったなあ。本当に運がいい」
葉ではなく、貴志狼の顔を見て、壱狼が言う。
ぐうぜん。を、強調しているのはもちろん偶然ではない。
葉はあまり気にしてはいないが、緑風堂にだって、葉のことをどうこうしようというような輩が来ることがある。それは、晴興のような紳士的で理性的な連中だけではない。わかりやすく付きまとってくるなら、貴志狼や鈴が追い払う。けれど、それを巧妙に隠すような奴もいる。そのことをいつも心配しているのだが、葉は全く危機感がなくて、1か月近くストーキングされていても気付いていないことがあった。
だから、つい。と、自分自身には言い訳して、葉のスマホに位置情報共有アプリ。いわゆるストーカーアプリをこっそり入れてしまった。せめて、自分がそばにいないときの葉の居場所くらいは把握していたかったからだ。葉と壱狼が貴志狼に内緒で会っていることに気づいたのも、このアプリのお陰だ。
そのことを、貴志狼は誰にも言っていない。当たり前だが葉も知らない。
葉はスマホにロックをかけていないし、緑風堂のカウンターに置きっぱなしにすることもよくある。不用心だ。と、最初は注意していたが、別にみられても困らないと、あっけらかんと答えるものだから、諦めた。というか、利用した。
それを、どうして壱狼が知っているのか、理解に苦しむ。
しかも、その情報をこの場面でチラつかせてくるあたり、貴志狼には目の前のジジイが悪魔に見えてならなかった。
そのことを葉に知られたくない。と、いうのは当たり前の感情だと思う。ドン引きされることは間違いない。空気を読めるくせにわざと読まない壱狼がいつその爆弾を投下してくるか分からずに、だらだらと冷や汗を流している間にも、壱狼と葉は笑顔で会話していた。
「昨夜はよく寝れたか?」
貴志狼に向ける意地の悪い笑顔に比べれば、意地悪要素が1/10くらいに希釈された笑顔を葉に向けて、壱狼が揶揄うような口調になる。もちろん、これは、恋人として初めて過ごした夜を揶揄しているのだ。正答は『うん』と、簡単に答えるか『朝方までゲームしてて寝てない』くらいだろう。
「え? あ。…うん」
けれど、葉がそんなに器用なわけもない。わかりやすく貴志狼の顔をチラ見してから、顔を赤くして、そんなふうに答えてしまうのが、可愛いやら、ジジイの思うつぼなのがくやしいやらで、貴志狼はもう、面倒くさくなってしまった。
壱狼の爆弾も、葉のボロも出る前にここを離れたい。
「…いくぞ。葉」
だから、葉の肩を抱いて、促す。
「あ。シロ。ちょっとまって。わ」
少し乱暴になってしまったせいで、葉の足がもつれて、腕の中に倒れ込んできた。抱きつくような格好になって、その榛色の目が見上げてくる。それから、照れたように笑うから、その可愛らしさに状況も忘れて、貴志狼はその顔に笑顔を返した。
「あー葉ちゃん」
そんな二人の様子を少しばかり呆れ顔で眺めてから、壱狼が口を開く。後ろ頭をぽりぽり。と、かいているのは、頭皮がではなく、初々しい二人の様子が、なんかむず痒いというやつだろう。
「じいちゃんから、一つ忠告だ。葉ちゃんは可愛いからストーカーに狙われたりしたら、じいちゃんに言うんだぞ?」
じと。と、貴志狼の顔をねめつけて、壱狼が言う。言外に『やりすぎたら俺がコロす』と、言われているような気がした。
「ありがと。でも、大丈夫。シロがいるから」
けれど、そんな老人の心配もどこ吹く風と葉が笑う。
「位置情報共有アプリ入ってるから、僕の居場所もちゃんと把握してくれてるしね」
耳を疑う一言に、固まったのは、貴志狼だけではない。貴志狼と生き写しと言わるほどそっくりな顔で、壱狼が固まる。
「おなかすいたんだけど…。あ。シロ。僕が朝ごはん、作ったげるよ」
なんだか少し、葉の顔がドヤ顔に見えたのは気のせいだろうか。嬉しそうに、嬉しそうに笑って、葉はまたひょこひょこ。と、足を引きずって部屋を出て行った。
残された祖父と孫。
「お前。尻に敷かれるぞ」
呟いてから、祖父が楽しそうに笑いだす。
その笑い声を聞きながら、葉には一生頭が上がらないとため息を吐く貴志狼だった。
ふすまの間からひょこ。と、顔をのぞかせたのは葉だった。昨夜はよほど疲れたのだろう。ぐっすりと眠っているのが可愛くて声をかけずに部屋を出たのだ。が。まさか、このタイミングで葉が現れるとは、これを悪魔の采配と言わずに何と言えばいいのだろう。
「おお。葉ちゃん。早いな。足大丈夫か?」
にっこり。と、さっきの意地の悪い笑顔とはまるで別人の顔で、壱狼は葉に手招きした。部屋の中に貴志狼の姿を見つけて、嬉しそうに笑って、葉は招かれるままひょこひょこと足を引きずりながらも部屋に入ってくる。何もなければ、思いが通じ合ったばかりのそんな恋人の姿は、可愛い以外のどんな形容詞でも語れない。
けれど、貴志狼の背中には嫌な汗が流れた。そんな貴志狼の反応に壱狼はちらり。と、視線を寄越すが何も言いはしない。しかし、目が語っていた。
いつでも。バラせるぞ?
と。
「うん。も。大丈夫」
貴志狼の隣まで来て、身体を支えるようにその腕に掴まってから、葉が応える。床に幾つか散らばった紙屑がその足に当たって転がるのを、首を傾げて見ているけれど、何故とは問わない。この祖父が変わりものであることくらいは葉もよく知っているからだ。
「昨夜は災難だったな。偶然、行き違いにならんで、バカ孫と会えてよかったなあ。本当に運がいい」
葉ではなく、貴志狼の顔を見て、壱狼が言う。
ぐうぜん。を、強調しているのはもちろん偶然ではない。
葉はあまり気にしてはいないが、緑風堂にだって、葉のことをどうこうしようというような輩が来ることがある。それは、晴興のような紳士的で理性的な連中だけではない。わかりやすく付きまとってくるなら、貴志狼や鈴が追い払う。けれど、それを巧妙に隠すような奴もいる。そのことをいつも心配しているのだが、葉は全く危機感がなくて、1か月近くストーキングされていても気付いていないことがあった。
だから、つい。と、自分自身には言い訳して、葉のスマホに位置情報共有アプリ。いわゆるストーカーアプリをこっそり入れてしまった。せめて、自分がそばにいないときの葉の居場所くらいは把握していたかったからだ。葉と壱狼が貴志狼に内緒で会っていることに気づいたのも、このアプリのお陰だ。
そのことを、貴志狼は誰にも言っていない。当たり前だが葉も知らない。
葉はスマホにロックをかけていないし、緑風堂のカウンターに置きっぱなしにすることもよくある。不用心だ。と、最初は注意していたが、別にみられても困らないと、あっけらかんと答えるものだから、諦めた。というか、利用した。
それを、どうして壱狼が知っているのか、理解に苦しむ。
しかも、その情報をこの場面でチラつかせてくるあたり、貴志狼には目の前のジジイが悪魔に見えてならなかった。
そのことを葉に知られたくない。と、いうのは当たり前の感情だと思う。ドン引きされることは間違いない。空気を読めるくせにわざと読まない壱狼がいつその爆弾を投下してくるか分からずに、だらだらと冷や汗を流している間にも、壱狼と葉は笑顔で会話していた。
「昨夜はよく寝れたか?」
貴志狼に向ける意地の悪い笑顔に比べれば、意地悪要素が1/10くらいに希釈された笑顔を葉に向けて、壱狼が揶揄うような口調になる。もちろん、これは、恋人として初めて過ごした夜を揶揄しているのだ。正答は『うん』と、簡単に答えるか『朝方までゲームしてて寝てない』くらいだろう。
「え? あ。…うん」
けれど、葉がそんなに器用なわけもない。わかりやすく貴志狼の顔をチラ見してから、顔を赤くして、そんなふうに答えてしまうのが、可愛いやら、ジジイの思うつぼなのがくやしいやらで、貴志狼はもう、面倒くさくなってしまった。
壱狼の爆弾も、葉のボロも出る前にここを離れたい。
「…いくぞ。葉」
だから、葉の肩を抱いて、促す。
「あ。シロ。ちょっとまって。わ」
少し乱暴になってしまったせいで、葉の足がもつれて、腕の中に倒れ込んできた。抱きつくような格好になって、その榛色の目が見上げてくる。それから、照れたように笑うから、その可愛らしさに状況も忘れて、貴志狼はその顔に笑顔を返した。
「あー葉ちゃん」
そんな二人の様子を少しばかり呆れ顔で眺めてから、壱狼が口を開く。後ろ頭をぽりぽり。と、かいているのは、頭皮がではなく、初々しい二人の様子が、なんかむず痒いというやつだろう。
「じいちゃんから、一つ忠告だ。葉ちゃんは可愛いからストーカーに狙われたりしたら、じいちゃんに言うんだぞ?」
じと。と、貴志狼の顔をねめつけて、壱狼が言う。言外に『やりすぎたら俺がコロす』と、言われているような気がした。
「ありがと。でも、大丈夫。シロがいるから」
けれど、そんな老人の心配もどこ吹く風と葉が笑う。
「位置情報共有アプリ入ってるから、僕の居場所もちゃんと把握してくれてるしね」
耳を疑う一言に、固まったのは、貴志狼だけではない。貴志狼と生き写しと言わるほどそっくりな顔で、壱狼が固まる。
「おなかすいたんだけど…。あ。シロ。僕が朝ごはん、作ったげるよ」
なんだか少し、葉の顔がドヤ顔に見えたのは気のせいだろうか。嬉しそうに、嬉しそうに笑って、葉はまたひょこひょこ。と、足を引きずって部屋を出て行った。
残された祖父と孫。
「お前。尻に敷かれるぞ」
呟いてから、祖父が楽しそうに笑いだす。
その笑い声を聞きながら、葉には一生頭が上がらないとため息を吐く貴志狼だった。
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