真鍮とアイオライト 1

司書Y

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番外編 番犬と十七夜

後日談 結局可愛いもん勝ち 3

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「あんとき、一生葉を守るとかほざいていたのは口だけだったのか?」

 座ったまま老人が見上げてくる。その眼光が不意に鋭さを帯びる。けれど、彼が本気になったときのそれとはまったく違う優しさに満ちている。
 葉の足がもう元に戻らないと聞かされた日、貴志狼は自分の一生は葉を守るために使うものだと決めた。そして、それを祖父と父の前で宣言した。小学生のガキのたわごとに父は大きくため息をついて貴志狼を諭そうとしたけれど、祖父はそれを止めた。それから、見たこともない怖い顔をして聞いた。

『それがお前の覚悟か?』

 と。
 初めて見る祖父の顔にビビりながらも、その視線をまっすぐに受け止めて頷くと、祖父は今見せているのと同じ顔をして頷いて、好きにしろ。と、頭をぐしゃぐしゃに撫でてくれた。
 思えば、壱狼は貴志狼が特別な意味で、葉を守りたいと思っていたことに、あの時からすでに気付いていたのだ。貴志狼が一生を捧げるのは組ではないと知っていたから、壱狼は貴志狼を跡継ぎにする気などはじめからなかったのだろう。貴志狼を組の表立った仕事から遠ざけるのも、貴志狼より孫の婿の敦を重用するのもそれが理由だ。

「口だけじゃねえ。俺は葉を…」

 守っていくつもりだと答えようとした視線の先、壱狼の顔があの日のように驚くほど真剣だったから、貴志狼は言葉に詰まる。この質問に軽い気持ちで答えてはいけない。彼は、覚悟を問うているのだ。

「葉を?」

 言葉に詰まった貴志狼を責めるように、壱狼の声が追いかける。
 守るとか言いながらも、葉を晴興に任せようとしていたのは紛れもない事実だ。貴志狼のことを思っている葉の気持ちに気付いてやれなかったのも、大雪の中危ない目に合わせたのも貴志狼の責任だ。守ると口では言いながら、情けないことこの上ない。
 それでも。
 貴志狼は思う。

「葉のことは俺が守る。一生かけてだ」

 あの日の宣言を貴志狼は繰り返した。
 情けなくても、みっともなくても、なりふり構わず葉は守る。その役目をもう、誰にも渡さない。
 それから、もう一つの役目も、誰にも渡すつもりはない。

「葉は俺が幸せにする。一生かけてだ」

 だから、貴志狼ははっきりと、老人も目を見据えて言った。
 あの日と同じように祖父の目をまっすぐに見て言うと、一瞬、ふ。と、優しい表情を浮かべた後、老人はまるで小ばかにするような表情になった。

「おお。おお。大きく出たもんだ」

 文机の上にあった走り書きの紙をまた一つ丸めて、貴志狼の方に投げて寄越す。それは、また、見事に貴志狼の額に命中した。
 もちろん、避けられないわけではない。けれど、避けるのもなんだか癪に障る。

「大事なことを、葉ちゃんに言わせるような臆病者が。お前がそんなだから、葉ちゃんの気持ちを分からせるために、若葉マークにお前が見合いをすると、言ってやったんだろうが」

 そういって、壱狼がまた、丸めた紙を投げる。恐ろしいことに、また、殆ど同じ場所に紙屑がヒットした。
 ちなみに、若葉マーク。というのは、翔悟のあだ名だ。壱狼は組に出入りし始めたばかりの半人前によくあだ名をつける。それはどちらかというとお気に入りの証で、一人前と認められるまではその変なあだ名だで呼び続けるという習慣があった。どこが気に入ったのか知らないが、中卒でおバカで人懐っこさくらいしか取り柄のない翔悟にもあだ名をつけて、何かというと貴志狼を無視しては呼びだして、つかいっぱしりにしていた。

「しかし、あれは本当にバカだな。お前が見合いすると言ったら、本気で信じていたぞ?」

 さっき、飼い犬がバカなのは飼い主がバカなんだと言っていたから、恐らくこれは、貴志狼のことをバカにしているのだ。またしても、丸めた紙を同じ場所にヒットさせて、カラカラと、老人が高らかに笑った。

「まあ、お陰で葉ちゃんにも疑われずに上手くいったがな。じいちゃんの優しい優しい計らいで、告白出来てよかったなあ」

 一体、いくつ目なのか、またしても額に紙屑が当たった。
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