真鍮とアイオライト 1

司書Y

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番外編 番犬と十七夜

繋がったのは 2

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『おい』

 そこで、背中から声をかけられた。

『はいっ』

 びくっ。っと、大袈裟に身体を震わせて、菫は立ち止まる。この声は、葉ではない。でも、聞いたことがある。貴志狼の声だ。
 けれど、振り返れない。振り返って、顔を、というよりも、その首を見るのが怖い。

『なんで入らねえんだ? 葉が心配している』

 気づかれていた。ということに気付いて、また、びく。と。身体が強張る。もう、逃げられそうもない。
 見たくはない。けれど、放っておくこともできないなら、確認したほうがいい。

『や。あの。今日は、来る予定じゃ…』

 覚悟を決めて、菫は眼鏡を外した。その方がよく見える。それから、振り返って、そこで、菫は固まった。

『あ』

 そこにあったのは、菫が先日見たものとはまったく違うものだった。

『あ。やっぱり、池井君。どうしたの? 入んなよ。今日の日替わり自信作だよ?』

 ひょこ。と、貴志狼の隣から葉が顔を出す。その手には歩行補助用の杖が握られていた。
 いや。そんなことよりも、葉の足に巻き付いていた鎖も、その姿を変えていた。

『ああ。これ? 最近寒いと動き悪くて。歳かな?』

 葉を凝視している菫の視線を杖を見ていると勘違いしたのか、照れたように笑いながら、葉が言った。確かに、葉が杖をついているんは見たことがない。足を引きずりながらも頑なに自分で歩こうとしていた。
 一体、どんな心境の変化なのだろう。それが、彼の足の鎖がなくなったことと、無関係とは思えなかった。

『中で話せ。寒い』

 貴志狼が顎をしゃくって中へ促す。中には客の姿はなかった。

 促されるままに中に入ると、いつも通り、紅と緑が歓迎してくれる。可愛い接客に状況も忘れて、顔がほころぶのを止められない。
 それ以上に、なんだか、少し、店の雰囲気が変わった気がした。どこが、と、聞かれても、はっきりとどこと答えることはできないのだが、何かが違う。
 それも、もしかしたら、あの鎖のことが関係しているのだろうか。

『日替わり。何にする?』

 葉がカウンターの向こうで柔らかく微笑む。この人はこんなふうに笑う人だっただろうか。元々、優しく笑う人だったけれど、やっぱり、何かが違う。
 菫にはそう見えた。

『えと。ほうじ茶のクッキーサンドで。お茶はいつも通りお任せでお願いします』

 上着を脱いでカウンターのいつもの席に座る。かしこまりました。と、答えた葉は背中を向けて、準備を始める。その背中に、音符が飛んでいるように見えた。
 貴志狼は、カウンターの中の食器棚に背を預けて、そんな葉の姿を見ていた。気のせいではなく、目が優しい。目の上の傷を差し引いても、今なら鈴の代わりに看板息子(?)を、務められるレベルだ。そういえば、さっきのお姉さんたちも貴志狼のことは特に気にしていなかった。
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