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番外編 番犬と十七夜
タイムリミットは 3
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状況は最悪。
それでも。不思議と、貴志狼に伝えることを、やめようとはもう、思わなくなっていた。
晴興の姿を見たからだろうか。彼はあの小説に勇気をもらったと言っていたけれど、葉はその晴興に勇気をもらった。
ダメでもいいから、ちゃんと決着をつけよう。
今はそう思う。
何千分の一でも、何万分の一でも、もし、可能性があるなら思いを告げて、もし、一億分の一でも可能性があるなら、一生貴志狼といたい。その可能性を捨てたくないし、ダメでも何もしないで諦めるより前に向ける気がした。
だから。早く。
と。気が急く。
別に貴志狼は今日結婚してしまうわけではない。婚約だって、今日決まるわけではないだろう。
だけど、誰かを選んでしまった後になるのは嫌だ。貴志狼は一度選んだ人を簡単に覆せるような奴じゃない。だから、タイムリミットは貴志狼がその女性と別れの挨拶をするまでだと思った。
もしかしたら、会って即決していたのだとしたら、もう、どうしようもないけれど、それは考えない。そう決めた。
タクシーに乗ってから、どのくらい時間が経っただろうか、車は進んだり、止まったりを繰り返している。道路わきの歩道にはすでに雪が降り積もって、歩いている人の姿は見えない。雪は強さを増して、今にもホワイトアウトという状態だ。
ラジオから流れる天気情報では、数十年に一度の大雪になると伝えている。不要不急の外出は控えてください。と、アナウンサーが何度も繰り返す。そんなことわかっているから、帰らせてよ。と、思うけれど、この悪天候の中必死で運転してくれている運転手さんには苦情を言うことすらできなかった。
時計を見ると、もう、6時を回っている。
もちろん、見合いの会食は終わっただろう。けれど、貴志狼のLINEは既読がつかない。おそらくは、その女性と一緒にいるから、確認どころではないのだろう。
この天気で外に出ることはないだろうから、川和の本宅にいるんだろうか。あそこは馬鹿みたいに広いから、二人っきりになれる場所なんていくらでもある。
やだよ。
声に出さずに、葉は呟いた。
貴志狼がほかの人と一緒にいるなんて、想像するのも嫌だ。
『お兄ちゃん。ほんっと。ごめんね。全然すすまないね。家。D町だよね? も、ちょっとかかっちゃうよ』
申し訳なさそうに運転手が言う。
運転手を責める気はないけれど、はっきり言われるとため息が漏れてしまった。
今、こうしている間も、貴志狼は決断してしまうかもしれない。
『あの。ここでいいです』
だから、葉は、心を決めた。
今いる場所からなら、自宅に戻るより、貴志狼の本宅の方が近い。おそらく2キロほどだ。葉の足でも歩けない距離ではない。雪が降っていなければ、の話だが。ただ、このまま乗っていてもつくのはいつになることかわからない。自宅でも貴志狼の家でも、大型の道路に近くて車が多すぎる。
『え? ここで? 大丈夫?』
葉の足が不自由なことには気付いていない風だが、この雪を心配して、運転手は言った。
『近くに知り合いの家があって。避難させてもらいます。雪山用のブーツで来たから大丈夫』
不安はあった。けれど、葉は笑って見せた。そうすると、運転手はしぶしぶ。と、言った感じではあったけれど、納得してくれた。
『ちかくに消防署あるから、困ったら行きなよ?』
釣りは要らないと、多めに料金を渡すと、運転手はそんな言葉で送り出してくれた。
それでも。不思議と、貴志狼に伝えることを、やめようとはもう、思わなくなっていた。
晴興の姿を見たからだろうか。彼はあの小説に勇気をもらったと言っていたけれど、葉はその晴興に勇気をもらった。
ダメでもいいから、ちゃんと決着をつけよう。
今はそう思う。
何千分の一でも、何万分の一でも、もし、可能性があるなら思いを告げて、もし、一億分の一でも可能性があるなら、一生貴志狼といたい。その可能性を捨てたくないし、ダメでも何もしないで諦めるより前に向ける気がした。
だから。早く。
と。気が急く。
別に貴志狼は今日結婚してしまうわけではない。婚約だって、今日決まるわけではないだろう。
だけど、誰かを選んでしまった後になるのは嫌だ。貴志狼は一度選んだ人を簡単に覆せるような奴じゃない。だから、タイムリミットは貴志狼がその女性と別れの挨拶をするまでだと思った。
もしかしたら、会って即決していたのだとしたら、もう、どうしようもないけれど、それは考えない。そう決めた。
タクシーに乗ってから、どのくらい時間が経っただろうか、車は進んだり、止まったりを繰り返している。道路わきの歩道にはすでに雪が降り積もって、歩いている人の姿は見えない。雪は強さを増して、今にもホワイトアウトという状態だ。
ラジオから流れる天気情報では、数十年に一度の大雪になると伝えている。不要不急の外出は控えてください。と、アナウンサーが何度も繰り返す。そんなことわかっているから、帰らせてよ。と、思うけれど、この悪天候の中必死で運転してくれている運転手さんには苦情を言うことすらできなかった。
時計を見ると、もう、6時を回っている。
もちろん、見合いの会食は終わっただろう。けれど、貴志狼のLINEは既読がつかない。おそらくは、その女性と一緒にいるから、確認どころではないのだろう。
この天気で外に出ることはないだろうから、川和の本宅にいるんだろうか。あそこは馬鹿みたいに広いから、二人っきりになれる場所なんていくらでもある。
やだよ。
声に出さずに、葉は呟いた。
貴志狼がほかの人と一緒にいるなんて、想像するのも嫌だ。
『お兄ちゃん。ほんっと。ごめんね。全然すすまないね。家。D町だよね? も、ちょっとかかっちゃうよ』
申し訳なさそうに運転手が言う。
運転手を責める気はないけれど、はっきり言われるとため息が漏れてしまった。
今、こうしている間も、貴志狼は決断してしまうかもしれない。
『あの。ここでいいです』
だから、葉は、心を決めた。
今いる場所からなら、自宅に戻るより、貴志狼の本宅の方が近い。おそらく2キロほどだ。葉の足でも歩けない距離ではない。雪が降っていなければ、の話だが。ただ、このまま乗っていてもつくのはいつになることかわからない。自宅でも貴志狼の家でも、大型の道路に近くて車が多すぎる。
『え? ここで? 大丈夫?』
葉の足が不自由なことには気付いていない風だが、この雪を心配して、運転手は言った。
『近くに知り合いの家があって。避難させてもらいます。雪山用のブーツで来たから大丈夫』
不安はあった。けれど、葉は笑って見せた。そうすると、運転手はしぶしぶ。と、言った感じではあったけれど、納得してくれた。
『ちかくに消防署あるから、困ったら行きなよ?』
釣りは要らないと、多めに料金を渡すと、運転手はそんな言葉で送り出してくれた。
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