72 / 392
番外編 番犬と十七夜
なんで僕が好きなんですか 1
しおりを挟む
ランチを終えて外に出ると、ちらちらと、雪が舞っていた。手を広げてその一片を受け止める。けれど、それは、ほんの一瞬だけ小さな小さな水たまりを作って、すぐに消えた。
『降り始めましたね』
晴興が微笑む。優しい笑顔だ。きっと、彼に大切にされる人は幸せになれると、確信できるような包容力を感じる。そう思ってから、それは、もしかしたら、自分になるのだろうかと、想像してみたのだが、全く実感はわかない。遠い世界の物語のようだった。
『寒くないですか?』
傘を差そうと、手をかけた晴興の手を止めさせて、葉は首を振った。傘は要らないと意思表示だ。
ひらひら。と、舞う程度の雪だったし、その中を歩きたかった。
『濡れるほどじゃないですよ。道渡るだけだし、このまま』
ランチをとったカフェは大きな道路を挟んでシネコンの真向かいだ。いくら葉の足では走って渡ることができないといっても、濡れるほどではない。
一瞬、少しだけ心配そうな表情をして、それでも、何も言わずに晴興は傘を開くのをやめた。それから、そっと、葉の背中に手を置いて、行こう。と、言うように促される。
どれ一つとっても、晴興の態度は紳士そのものだ。
すべてにおいて葉を優先して、気遣って、反応を見て、強要はせず、それでいて自分の主張もこちらが不快にならないように告げてくれる。
大人なのだと思う。
たしか、30代前半のはずなのだが、外見はともかく人間性は確実に実年齢より落ち着いている。大人で、顔も性格も体格も収入も学歴も何一つ申し分ない人物だ。だから、どうして、こんな人物が自分に固執しているのか、葉にはわからなかった。
最初から女性に興味がない人なのだとしても、なにもさびれたお茶屋の、足の不自由な、しかも年齢だって若いわけでもない葉を選ぶ必然性なんて、目の前の完璧な男性には何もないのだ。
『あの』
舞い落ちる雪が晴興の肩に触れて消える。それをぼーっ。と、眺めながら葉は口を開いた。
『どうして、僕を誘ってくれたんですか?』
もっと、他に聞き方があったかもしれない。けれど、そこそこいろいろ考えた末に口から出たのは凡庸すぎる問いだった。それでも、”なんで僕のことが好きなんですか?”と、聞くよりはマシではないかと、葉は思っていた。
『この映画の原作。読みました?』
逆に問いかけられて、葉は頷くだけで答える。
治らない病を抱える一人の女性が、余命宣告を受けてから二人の男性に思いを告げられて、悩みながらも最期の時を輝かしく生きるという内容の恋愛小説だ。原作は彼女を支えたいと願う男性二人の心情が丁寧に描写されていて、女性はもちろん男性にも人気がある。
菫がカウンターの端で読んで、涙ぐんでいるのを見て、貸してもらって読んだ。
『自分は佳孝に自分に似たものを感じました』
佳孝は、ヒロインに恋する二人の男性のうちの一人。ヒロインの同僚だ。誠実で、善良で、真面目で、優しくて、誰にでも好かれるような人物だ。
もう一人の男性、潤はヒロインの幼馴染だった。不愛想な一匹狼で、成人してからはヒロインを避けていたが、それも、父親の残した借金の返済に彼女を巻き込みたくなかったからだと、後にわかる。
『彼の行動に勇気をもらいました。だから、もう一度、勇気をもらいたいと思って』
晴興の言いたいことがよくわからずに、葉は首を傾げて、彼を見つめた。主人公に自分を重ねて、勇気をもらった。と、今日自分をここに連れてきたことに関連性が見えない。
『降り始めましたね』
晴興が微笑む。優しい笑顔だ。きっと、彼に大切にされる人は幸せになれると、確信できるような包容力を感じる。そう思ってから、それは、もしかしたら、自分になるのだろうかと、想像してみたのだが、全く実感はわかない。遠い世界の物語のようだった。
『寒くないですか?』
傘を差そうと、手をかけた晴興の手を止めさせて、葉は首を振った。傘は要らないと意思表示だ。
ひらひら。と、舞う程度の雪だったし、その中を歩きたかった。
『濡れるほどじゃないですよ。道渡るだけだし、このまま』
ランチをとったカフェは大きな道路を挟んでシネコンの真向かいだ。いくら葉の足では走って渡ることができないといっても、濡れるほどではない。
一瞬、少しだけ心配そうな表情をして、それでも、何も言わずに晴興は傘を開くのをやめた。それから、そっと、葉の背中に手を置いて、行こう。と、言うように促される。
どれ一つとっても、晴興の態度は紳士そのものだ。
すべてにおいて葉を優先して、気遣って、反応を見て、強要はせず、それでいて自分の主張もこちらが不快にならないように告げてくれる。
大人なのだと思う。
たしか、30代前半のはずなのだが、外見はともかく人間性は確実に実年齢より落ち着いている。大人で、顔も性格も体格も収入も学歴も何一つ申し分ない人物だ。だから、どうして、こんな人物が自分に固執しているのか、葉にはわからなかった。
最初から女性に興味がない人なのだとしても、なにもさびれたお茶屋の、足の不自由な、しかも年齢だって若いわけでもない葉を選ぶ必然性なんて、目の前の完璧な男性には何もないのだ。
『あの』
舞い落ちる雪が晴興の肩に触れて消える。それをぼーっ。と、眺めながら葉は口を開いた。
『どうして、僕を誘ってくれたんですか?』
もっと、他に聞き方があったかもしれない。けれど、そこそこいろいろ考えた末に口から出たのは凡庸すぎる問いだった。それでも、”なんで僕のことが好きなんですか?”と、聞くよりはマシではないかと、葉は思っていた。
『この映画の原作。読みました?』
逆に問いかけられて、葉は頷くだけで答える。
治らない病を抱える一人の女性が、余命宣告を受けてから二人の男性に思いを告げられて、悩みながらも最期の時を輝かしく生きるという内容の恋愛小説だ。原作は彼女を支えたいと願う男性二人の心情が丁寧に描写されていて、女性はもちろん男性にも人気がある。
菫がカウンターの端で読んで、涙ぐんでいるのを見て、貸してもらって読んだ。
『自分は佳孝に自分に似たものを感じました』
佳孝は、ヒロインに恋する二人の男性のうちの一人。ヒロインの同僚だ。誠実で、善良で、真面目で、優しくて、誰にでも好かれるような人物だ。
もう一人の男性、潤はヒロインの幼馴染だった。不愛想な一匹狼で、成人してからはヒロインを避けていたが、それも、父親の残した借金の返済に彼女を巻き込みたくなかったからだと、後にわかる。
『彼の行動に勇気をもらいました。だから、もう一度、勇気をもらいたいと思って』
晴興の言いたいことがよくわからずに、葉は首を傾げて、彼を見つめた。主人公に自分を重ねて、勇気をもらった。と、今日自分をここに連れてきたことに関連性が見えない。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる