44 / 392
夜が暗いから
夜が暗いから 3
しおりを挟む
その後は正直よく覚えていない。鈴が大学で建築科を先行しているとか、高校時代は両親のいる県外で過ごしたとか、俺が兄と祖母と三人暮らしだということとか、菫という名前は父がつけてのだとか、その父は最近亡くなったのだとか、いろいろなことを話した。ただ、鈴は楽しそうに聞いてくれたのだけれど、俺の話はかなり支離滅裂だったと思う。
改札を早足で抜けて”間に合いましたね”と、笑う顔も、電車で並んで吊革につかまっている姿も、ちら。と、スマホを確認する仕草も、見惚れているのに気付かれて視線をかわしてから少し照れたような顔をするときも。まるで映画のワンシーンを見ているみたいだった。
それを、ずっと見ていたら、心臓がうるさくて、会話どころじゃなかったんだ。
気付くと、もう、自宅からほんの少しの場所まで来ていた。鈴の自宅だという場所は、駅と俺の家の中間位に位置しているから、わざわざ家を通り過ぎて、家まで送ってくれたことになる。そんなことにも、今更ながらに気付いた。
きつめの坂を上って、民家のまばらになったほぼ山の中腹のような場所に、俺の家はある。田んぼと、畑と、雑木林と、美しさと高さのどちらでも有名な山脈を一望できる景色と、澄んだ空気に煌めく夜景しかない場所だ。
随分と遠回りさせてしまったのだと、罪悪感。今更ながらもう、ここでいいよ。と、言おうと口を開きかけた。
『あの…池井さん』
そうすると、鈴が先に口を開く。
坂がきつくなり始めた頃から、鈴は少しずつ口数が減っていた。俺の方も話したいことはいっぱいあるのだけれど、どう話していいのかわからなくて、無言で隣を歩いていた。
だから、もう、この辺で帰るというのだろうと、少し寂しいと、思えってしまった。
『ん?』
けれど、ここまで送ってくれただけでも、嬉しかった。拙くても、鈴の話が聞けてよかったと、素直に思う。
『あの。葉さんのこと…なんですけど』
予想外の言葉に俺は鈴の横顔を覗き見る。暗くて表情ははっきりとはわからない。
どうして突然、風祭さんの話が出てくるのだろうと、訝しく思う。
正直、鈴の口から風祭さんの話を聞きたくない。そう思っている自分に驚く。いや、驚いているというより呆れる。普通に考えて、鈴が風祭さんと従兄でなかったとしても、仲がいいことは別におかしなことでも何でもない。
男同士なんだ。店長がバイト君を呼び捨てで呼んでいても、珍しいことでも何でもない。
それなのに、そんなことにすら、敏感に反応してしまう自分が最早笑えてきた。
『葉さんは母方の従兄で。あ。これは言ったか。いろいろ悩みとか、ガキの頃から聞いてくれて。一言で言うと、兄貴? みたいな人なんです』
まるで言い訳するみたいに鈴が言う。
だから、余計に不安なった。
もしかしたら、隠したいような関係性が二人の間にあるんじゃないかと。それを誤魔化すために俺を送ると言い出したんじゃないだろうかと。
『だから、その。ホント。俺たちは、そう言うんじゃなくて…』
そういうの。という言葉に、俺の方は分かりやすくびくり。と、震えてしまった。俺にしか見えない人たちを見るのよりもずっと、怖い。
『そういうの…って?』
けれど、聞かないでいるのも、嫌だった。もし、そういうのっていうのが、俺の思っているそういうの。だった時、それが分かるのは早い方がダメージが少なく済むからだ。
『え? あ。いや。その。ええっと』
わかりやすく、鈴は口籠った。必死で言葉を探している。ように見える。
どうしてだろう。
思ってから、当たり前かと苦笑した。
改札を早足で抜けて”間に合いましたね”と、笑う顔も、電車で並んで吊革につかまっている姿も、ちら。と、スマホを確認する仕草も、見惚れているのに気付かれて視線をかわしてから少し照れたような顔をするときも。まるで映画のワンシーンを見ているみたいだった。
それを、ずっと見ていたら、心臓がうるさくて、会話どころじゃなかったんだ。
気付くと、もう、自宅からほんの少しの場所まで来ていた。鈴の自宅だという場所は、駅と俺の家の中間位に位置しているから、わざわざ家を通り過ぎて、家まで送ってくれたことになる。そんなことにも、今更ながらに気付いた。
きつめの坂を上って、民家のまばらになったほぼ山の中腹のような場所に、俺の家はある。田んぼと、畑と、雑木林と、美しさと高さのどちらでも有名な山脈を一望できる景色と、澄んだ空気に煌めく夜景しかない場所だ。
随分と遠回りさせてしまったのだと、罪悪感。今更ながらもう、ここでいいよ。と、言おうと口を開きかけた。
『あの…池井さん』
そうすると、鈴が先に口を開く。
坂がきつくなり始めた頃から、鈴は少しずつ口数が減っていた。俺の方も話したいことはいっぱいあるのだけれど、どう話していいのかわからなくて、無言で隣を歩いていた。
だから、もう、この辺で帰るというのだろうと、少し寂しいと、思えってしまった。
『ん?』
けれど、ここまで送ってくれただけでも、嬉しかった。拙くても、鈴の話が聞けてよかったと、素直に思う。
『あの。葉さんのこと…なんですけど』
予想外の言葉に俺は鈴の横顔を覗き見る。暗くて表情ははっきりとはわからない。
どうして突然、風祭さんの話が出てくるのだろうと、訝しく思う。
正直、鈴の口から風祭さんの話を聞きたくない。そう思っている自分に驚く。いや、驚いているというより呆れる。普通に考えて、鈴が風祭さんと従兄でなかったとしても、仲がいいことは別におかしなことでも何でもない。
男同士なんだ。店長がバイト君を呼び捨てで呼んでいても、珍しいことでも何でもない。
それなのに、そんなことにすら、敏感に反応してしまう自分が最早笑えてきた。
『葉さんは母方の従兄で。あ。これは言ったか。いろいろ悩みとか、ガキの頃から聞いてくれて。一言で言うと、兄貴? みたいな人なんです』
まるで言い訳するみたいに鈴が言う。
だから、余計に不安なった。
もしかしたら、隠したいような関係性が二人の間にあるんじゃないかと。それを誤魔化すために俺を送ると言い出したんじゃないだろうかと。
『だから、その。ホント。俺たちは、そう言うんじゃなくて…』
そういうの。という言葉に、俺の方は分かりやすくびくり。と、震えてしまった。俺にしか見えない人たちを見るのよりもずっと、怖い。
『そういうの…って?』
けれど、聞かないでいるのも、嫌だった。もし、そういうのっていうのが、俺の思っているそういうの。だった時、それが分かるのは早い方がダメージが少なく済むからだ。
『え? あ。いや。その。ええっと』
わかりやすく、鈴は口籠った。必死で言葉を探している。ように見える。
どうしてだろう。
思ってから、当たり前かと苦笑した。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる