真鍮とアイオライト 1

司書Y

文字の大きさ
上 下
10 / 392
絵本

絵本 1

しおりを挟む
 雨の降る夜だ。
 静かに。静かに。
 細く、白い、印象を残して、空から地面へと雫が落ちる。
 その雨音が、遠く、近く、聞こえる。
 風はない。
 だから、雨は僅かに壁に触れて、伝って、あまり長くない廂から、板敷きの床に落ちて音を立てる。

 ぴちょん。

 と、とぎれとぎれに、小さな音で。

 ふと、視線を手元の本から大きなガラス張りの窓の外に移す。
 外はもう、すっかりと日が暮れている。
 窓の向こうはこの街ではそこそこに賑わっている通りなのだけれど、人の姿はあまり見えない。
 雨のせいだろうか?

 ガラス張りの窓から光が届く場所を赤い傘を差した女性が通り過ぎる。
 なんだか、その赤に不穏なイメージが浮かんで、俺は伊達眼鏡をぐい。と、少し乱暴に押し上げた。

 静かだ。

 図書館の児童書用カウンターに座って、俺は返却された本の確認作業をしている。お隣の子育て支援センターはもう閉館しているから、誰もいない。見える範囲には誰もいない。

 雨の日の夕方以降は利用者が少ない。一般のカウンターならまだしも、児童用のカウンターなんて、開店休業状態だ。

 さみしい。
 けれど、俺はこの時間も好きだった。

 手に持っていた絵本を置いて、立ち上がる。それから、ゆっくりと、カウンター前の読書用の机の間を抜ける。
 その先の児童文学の棚の間を歩く。
 昼間の喧騒が嘘のように静かだ。
 子供たちの笑顔や笑い声が、耳の奥に反響するように聞こえた気がした。小さい子の母親に話しかける声も、図書館は静かにするところだと知ったばかりの子供のひそめた囁き声も、もう少し大きい子の親の声の大きさを窘める声も微笑ましく、思い出せばそれは心の中で再生を始めた。
 そんな静かなざわめきは、少しの不穏な色にささくれた心の表面を優しく撫でてくれる。

 文学の棚を端まで歩き、そこから右に曲がって、児童文庫、その先の0類の棚を抜けると、そこは窓、というよりも、ガラスの外壁だ。道より少しだけ下がった場所に図書館の床はあって、窓の外には広いウッドデッキが広がっている。
 雨に濡れたベンチが寂し気に見えるのは、さっきの不穏なイメージのせいだろうか。

 仕事中に何考えてんの? 俺。

 頭を振って思ったことを打ち消してから、俺はカウンターに戻ろうと、視線を巡らせた。

 その時だった。

 ちりん。

 と。聞こえたのと同時に、ウッドデッキの向こうの道路を一台の車が通り過ぎた。そのヘッドライトが俺の視界をホワイトアウトさせる。道路から少し床が下がっているから、車のライトがもろに視界を白く埋めてしまったみたいだった。

 眩しさに目を閉じようとした刹那、その白い視界の中、誰かが横切った。
 それは、小さな子供のように、俺には見えた。

 はっとして、目を開けると、そこにはもう、誰かの姿もなかった。
 もう一度、目を閉じて瞼の裏に映った残像を見つめる。その残像の中に何物も見つけることができずに、ため息をついて俺は目を開けた。もう、車も走り去って、また、通りは静けさの中にいる。

 もう一度目を閉じて開いても、そこに何か不穏なものが現れることはなかった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...