上 下
51 / 95
第五章 祈りの王都ダナ

49.悪役令嬢は確認する

しおりを挟む


「ちょっと待って……どうして、」
「じきに王宮から状況確認をするために派遣された担当者が見えます。お嬢様はすぐにこの場を去ってください!」
「なぜ私が去らなければいけなの?私は何もしていないわ!」
「サラの遺書にお嬢様の名前があったのです!それをリナリー様が発見されて……」

 スッと背筋が冷えて行くような感覚。
 どういうこと?どうして私を見送ったサラが私の部屋で死を図ったりするの?それをタイミングよくリナリーが知るなんて信じられない。

 理解が追いつかない私の腕の中でペコロスが心配そうに鳴く。彼女の言うように私は逃げるべきなのだろうか。混沌とする思考に沈みそうになった私の背中を、ニコライが押した。

「君は何も悪いことはしていない。そうだろう?」
「………していないわ、誓って」
「じゃあ恥じることはない。家に帰れば良い」
「そうね。ありがとう…ニコライ」

 柔らかな笑顔を見つめ返す。
 マリソルから彼に付いて来てもらって良かった。私はきっと一人だったら、怖気付いて逃げ出していたから。

 でも、と言い縋るメイドを制止して玄関へと歩みを進める。騒がしい家の中を覗き込むと、廊下の向こうで震える母モーガンと、その肩を抱く父ドイルの姿を見つけた。意を決してズンズンとそちらへ向かうと二人は幽霊でも見たように一瞬目を丸くした。

「「アリシア……!」」

 私は自分の笑顔がぎこちないものになっていないことを願いつつ、ニコライとペコロスを両親に紹介する。

「サラが…亡くなったと聞いて、」
「ええ、そうなの!つい二時間ほど前のことよ。私たちも何がなんだか分からなくって…あまりに突然で…」
「私の部屋はそのままですか?」
「あ……え?そのままではあるけど、まさか貴女見に行くつもりじゃないでしょう?」
「確認したいことがあります。それに、遺書が残っていたと聞きました。当時の状況を伺っても?」

 モーガンはドイルと顔を見合わせる。

 引く気を見せない私に観念したのか、やがて二人はぽつりぽつりと語り出した。ネイブリー伯爵家で起きた悲惨な事件について。そして、意図せぬ客人リナリー・ユーフォニアが訪れた経緯について。

「アリシアが居なかった間も、サラは熱心にお前の部屋を掃除してくれていたんだ。今日もいつもと同じように掃除機を掛けて拭き掃除をしてくれていた」
「そんな時のことよ、貴女の友人が訪れて来たの」
「リナリーですね?」
「……ええ。最近貴女の姿を見ないから、と心配していたわ。貴女の事情は知らなかったみたいで…一応、遠方に出掛けていると伝えたんだけど」
「それは…その方が良いでしょうね」

 モーガンの気遣いは適切だったと言える。
 リナリーがどこまで事情を知っているのか分からない以上、こちらから不用心に情報を開示しすぎない方が良い。

「せっかくだからとお庭の案内をして、私の趣味の刺繍などについて話をしたわ。随分と明るい子で、ついつい話が進んでしまってお茶のお代わりを頼んだんだけど…」
「?」
「運悪くメイドが出払っていたみたいで、仕方ないからキッチンの方へ呼びに行ったの」

 そこまで話すと一度目を閉じて、モーガンは震える手を反対の手で押さえた。

「夕食の準備をしていた者にお茶を用意するように伝えて部屋に戻る途中、大きな物音がしたの。サラが居るはずの貴女の部屋から。それで…それで見に行ったら、もう……」

 目に涙を溜めて嗚咽を漏らす母の肩をドイルは優しく抱き締める。

 私はどんな顔をすれば良いのか分からなかった。サラはアリシアの世話を長年して来たメイド。アリシア自身もサラのことを信頼していた。その彼女がこんな形で物語から退場してしまうことは、誰にも予測できなかった事態だ。

(おかしいわ…話の展開が違う……)

 アリシアが幽閉イベントを回避したからだろうか。それともリナリーのことを探るような真似をしたから?どうして私の知らないところで、こうも捻れていくの?

 止める二人の声を振り切って私は自分の部屋へと向かった。何もやましいことなどないのに、一段階段を上がるたびに心臓が跳ねる。確認しなければいけないけれど、その現場を見たくない気持ちも強くあった。


「………っ!」

 開きっぱなしになった扉の向こうで、サラは床に平伏すように転がっていた。倒れた時に当たったのか、足元には割れた姿見の破片が散らばっていて、伸び切った片手には錠剤の入った瓶が握られている。これを飲んで彼女は息絶えたということだろうか。

 その顔までは見る気になれなくて、私はニコライに目で合図を送って足早に部屋を去った。見たところは完全に自死だ。誰かに危害を加えられた様子はない。


「おそらく……あの時の術師だと思う」

 階段を降りながら呟くように言ったニコライに、私は力無く頷く。今となってはもう遅い。サバスキアでイグレシアに言われた言葉が頭の中で警告のように響いていた。

 また、誰かが不幸になる。
 青い蝶は災いを呼ぶ、と。

しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢の妹に転生しちゃったけど推しはお姉様だから全力で断罪破滅から守らせていただきます!

くま
恋愛
え?死ぬ間際に前世の記憶が戻った、マリア。 ここは前世でハマった乙女ゲームの世界だった。 マリアが一番好きなキャラクターは悪役令嬢のマリエ! 悪役令嬢マリエの妹として転生したマリアは、姉マリエを守ろうと空回り。王子や執事、騎士などはマリアにアプローチするものの、まったく鈍感でアホな主人公に周りは振り回されるばかり。 少しずつ成長をしていくなか、残念ヒロインちゃんが現る!! ほんの少しシリアスもある!かもです。 気ままに書いてますので誤字脱字ありましたら、すいませんっ。 月に一回、二回ほどゆっくりペースで更新です(*≧∀≦*)

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...