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第三章 南の楽園マリソル
32.悪役令嬢はパスタを巻く
しおりを挟む「え!ルイジアナの妹さんも魔法が使えるのですか?」
「はい。王立の魔法学校を卒業して、今は北部で小さな病院を開いています」
「へぇ……立派な方ですね」
「とんでもないです。努力家ではありますけどね」
家族を褒められて、ルイジアナは照れたように笑う。
私は出してもらったミートソースパスタを巻きながら『エタニティ・ラブサイコ』の作中における魔法の位置付けについて考えていた。主人公のリナリーが聖女の力に目覚めるまでは至って凡人だったため、あまり詳しくは書かれていなかったけれど、この世界にはたしか大きく分けて四種類の魔法が存在したはず。
一つ目は、日常生活に根付いた簡単な補助魔法。物を浮かすとか増やすとか、対象の範囲などによって必要とされる魔力は異なるけれど、小さな子供でも使える場合が多い。
二つ目は、天候や草木など本来人が手を加えることの出来ないものを変化させる自然魔法。魔力に恵まれたアリシアは、小規模と言えど雨を降らしたりすることが出来た。実際にリナリーの上に何度か雨雲を置いて嫌がらせしていたし。
そして三つ目、これが一番役に立つのだけれど、いわゆる治癒魔法と呼ばれるもの。適性がなければ使いこなすことは困難で、ルイジアナの妹が魔法学校を出た医者であるなら、彼女の専門はおそらく治癒魔法なのだろう。治癒魔法を扱う者の中でも、その力が強大であれば聖女や聖人として崇められ、重宝される。平民出身のリナリーが王太子妃として認められたのも、聖女の力に目覚めたからだった。
残る四つ目は精神魔法だ。精神魔法は記憶の忘却や魅了など、人の心に作用する魔法なので一般的には禁忌とされている。治癒の一環として使われることはあるらしいけれど、リナリーは聖女になった後にすぐ結婚式を挙げて物語はハッピーエンド迎えているので、その詳細は私が知る由もない。
クロノスが言っていた黒魔法は魔法というよりも意図的に人を攻撃する呪いの類いで、私はそんなものの存在をこの世界に来るまで知らなかった。きっと私が知らない魔法がまだ色々とあるのだろう。
(そう言えば、手紙を書いてくれと言っていたけど…)
クロノス・ニケルトンは私の力になってくれると言っていた。魔法学を極める彼が私に協力してくれるのは非常にありがたい。
パスタを食べる手を止めて考え込んでいたからか、ルイジアナは不思議そうな顔で私の名前を呼んだ。
「アリシアお嬢様、今日は昨日の魔獣をお連れになっていないのですか?」
「あ、そうなんです。今日は朝からずっと眠ったり起きたりを繰り返していて…連れ回すのも悪いかなと思ったので、人に預けて来ました」
「そうなのですね。それなら安心です」
ニコライが紹介してくれた教会の中の施設に保健室のような場所があったので、ペコロスはそこで少し様子を診てもらうことにした。お留守番させることに心は痛んだけれど、連日こうして連れ歩くのも気疲れさせてしまうかなと思ったので。
幸い専任の女医さんはとても優しそうだったし、ペコロスも嫌がることなく彼女の腕に抱かれていた。
「あの…こんなことを聞くのも失礼かもしれませんが、お嬢様はどうして記憶喪失に……?」
「えっと、それは……」
なんと説明すれば良いだろう。
信憑性のある説明をする必要がある。
パスタを巻く手を止めて、心配そうにこちらを見るルイジアナを見上げた。赤い眼鏡の奥の目を見つめる。彼女には少しだけ真実を交えて話しても良いかもしれない。
「実は、エリオット様が心変わりされたようなの」
「え?」
「他に好きな相手が出来たらしくて。ルイジアナさんもネイブリー家で働いていた間にそういった噂を耳にしているかもしれないけど、とうとう私は不要になったんです」
「………そんな、」
「本当のことです。私も感情的になって色々と相手の女の子に意地悪をしたから、エリオット様も怒ったみたい」
ルイジアナは驚いたように目を見開いた。
アリシアの不調を知っている彼女にとって「そんなまさか」といった出来事ではないだろう。悪魔に取り憑かれたようにおかしな変貌を遂げた女、加えて婚約者が想いを寄せる相手にひどい悪行を繰り返す嫉妬深さも併せ持つ。
ショックを受けて気付いたらここ数ヶ月の記憶が抜けていた、と項垂れる私の手にルイジアナはそっと自分の手を重ねた。
「お嬢様…それは信じられないことです。エリオット様は口数こそ少ないですが、そのように気移りされるような方ではありません」
「え……?」
「あの方の性格はアリシアお嬢様が一番分かっているのではないですか?」
返ってきた予想外の返答に私は息を呑んだ。
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