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第二章 ニケルトン侯爵家

15.悪役令嬢は吃驚する

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 なんて言った?
 今、目の前のこの男はなんて?

 穏やかな日差しが差し込む部屋の中、クロノスは腕を組んで、ゆったりと足を組み替える。言葉を選ぶように考え込むと再び私を見据えて口を開いた。


「アリシア・ネイブリー、君がまた私に会いに来るとは思わなかった……実に二年ぶりだな」
「………えっと、」
「ああ…今はなんと呼べばいいんだ?魔力をまったく感じない。今回は本当に追い出されてしまったようだ」
「すみません、理解が追い付かないのですが…」

 ほう、と少し目を見開いてクロノスは頷く。

「その様子ではアリシアとの連携は取れていなかったのかな?まあ、君を責めても仕方がないことだが」
「………?」
「端的に言うと、君にはアリシアを救う必要がある。ひどく混乱させてしまうかもしれないが、どうか落ち着いて聞いてほしい」

 混乱どころではない。
 私はクロノスが言うことを一ミリも理解できなかった。急に頭がおそろしく悪くなったのではないかと疑うぐらい、何を言っているのか分からない。

 悪役令嬢であるアリシアを救う?
 クロノスは私を揶揄っているのだろうか。

「アリシアが初めて呪われたのは彼女が十二歳の時のことだ。エリオットの婚約者として選ばれた際に、何者かの手によって黒魔法を掛けられた」
「黒魔法……?」
「しかし、それは完全ではなかったんだ。アリシアの魔力は半分減って、彼女の魂の調和は崩れた」
「は…?失礼ですけど、何を仰っているのですか…?」
「最後まで聞いてほしい。これは君のためでもある」

 私のためですって?
 このデタラメでおかしな話を黙って聞くことが私のためであるならば、私はまだ双子と一緒に遊んだ方が良いのではないか。そうすればマグリタも助かるし、双子も喜ぶ。

 黒魔法って?
 魂の調和が崩れた?

 強すぎる魔力を生まれ持ったアリシア・ネイブリー。その力を狙う人間がいることは作中でも示唆されていたけれど、実際に何かの被害に遭ったとか、ましてや呪いを掛けられたなんて書かれていなかったはず。

 私が読んだ『エタニティ・ラブサイコ』の世界では、アリシアは最初から最後まで一貫して完璧な悪女だった。エリオットの心を奪ったリナリーに嫉妬して怒り狂う、最恐で孤独な悪役令嬢。

 私が読んだ物語ではーーーー、


「待ってください…これは、もしかして……」
「人が機能する上で必要な血液の量、臓器の数に決まりがあるように、魂にも保持すべき質量がある」
「……保持すべき質量?」
「魔力を持つ者にとって、魔力と人の魂は比例の関係にあるんだ。魔力が半分減れば魂も半分減って、もう均衡は保てない」

 クロノスはしみじみと首を振る。
 呪われたアリシアはいつも自分の心の制御が出来ずに苦労していた、と語るその悲しげな口調も、私にはどこか夢の中のように感じられた。

 しかし、その夢も続くクロノスの言葉で砕け散る。

「此処に居るということはデズモンドの塔行きは免れたんだな。あそこまで行くともうゲームオーバーだ、助けようがない」
「どういうことですか!?どうしてそのことを知っているの……!?」
「私は訳あって親切な見届人をしている。この世界はアリシア・ネイブリーが死んだら巻き戻る。或いは彼女自身が戻っていると言うべきなのかな?」
「そんなこと……」
「有り得るんだよ。私とアリシアを除いて、その事実を知る者はおそらく居ないが」

 巻き戻り。つまり、クロノスが言うことを信じると、アリシアは死ぬと逆行して生前の世界に戻るということ。

「今まで172回の巻き戻りをしたが、どのアリシアも運命を変えることは出来なかった。しかし、どうだ。今回はアリシアの魔力と共にアリシア本人の人格までもが追い出されている」
「………?」
「今までこんなことは無かった。君はまた呪われたのか?どんな黒魔法が使われたんだ?」
「そんなこと知りません!私はただ、」
「困ったよ……これまでは半分はアリシアの意思が残っていたんだ。自制は効かないと言えど会話は出来た」

 何も知らない君と話すのはひどく骨が折れる、と小さく呟いてクロノスは肘掛け椅子に深く沈み込む。

 そんなことを言われても困る。私だってべつに好きでアリシアを追い出したわけではないし、会えるものならアリシアに会って話がしたい。クロノスには悪いけれど不本意だ。

「良いかい?この世界のおおまかな流れはこうだ。アリシアは強力な魔力と共に誕生する。しかし、十二歳になると何者かの手によって呪われてしまう」

 理解不能な私に向かって熱心にクロノスは語り続ける。

 十二歳で呪われるのは動かせないバッドイベントらしく、今までアリシアは自分を呪った令嬢を躍起になって探したり、強い防衛魔法を張ったりしてみたらしいが無駄に終わったようだった。

「エリオットとの婚約を破棄すればよかったのに…」
「それは出来ない話だ」

 ぽろりと出た本音にクロノスは強く反対した。

「アリシアはエリオットのことを心から愛していた。彼女の夢はエリオットと自分が幸せな最期を迎えること。何度死の苦痛を味わってでも、成し得たい夢だったんだ」


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