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第五章 ジュディ・フォレスト
【番外編】さわがしい客人
しおりを挟む「………なんというか…空気が綺麗だな」
これは初めてプカラッタ共和国に来たゴーダが口にした言葉。私は隣に立つヴィンセントと顔を合わせてクスクスと笑い合った。
ゴーダはそんな私たちを見て、ひとつ溜め息を吐いて大きなリュックを背中から下ろす。床が少し揺れた気がした。
ゴーダ・スリットがプカラッタを訪れると聞いたのは先週の話で、手紙が届いた時はとても驚いた。聞いてみたら、ヴィンセントはこっちに来てから彼宛に何通か手紙を送っていたようだ。
背中に大きな怪我を負ったというヴィンセントの話通り、ゴーダは苦しそうに身を屈めて椅子に座った。私は近隣の街で買っていた薬草茶を彼の前に置いてみる。案の定、その独特な香りを嗅いだあとでゴーダは私を一瞥して何か言いたそうな顔をした。
「傷に効くと言われている薬草茶です。これはヴィンセントも飲みましたし、彼の怪我の治りは心なし早かったわ」
私の言葉を聞いてヴィンセントはペラッとそのシャツを捲り上げる。腹の上に出来た傷跡は綺麗に塞がっていた。
以前、彼の仕事先であるレストランで若い女が教えてくれた話を私がヴィンセントに恐る恐る確認したところ、彼は渋々自分の傷を見せてくれた。なんでも、仕事で着替える際に彼女にはバレてしまったようで、私には心配を掛けたくなくて隠し通すつもりだったそうだ。
「それでなんだ…お前らはずっとこの国に居るのか?」
「まぁね。もうノルン帝国には帰れないし、わざわざ殺されに帰る必要もない」
「皇子が復讐する可能性は?」
「どうだろうね。一応、口止めはしといたけど」
「口止め……?」
気になる言葉に顔を上げると、ヴィンセントは困ったように笑った。どうやら説明する気はないようで。
「あの、私にも教えてほしいんだけど」
「うーん…実は皇子の花嫁に手紙を渡しておいた」
「手紙?」
「うん。内容はジュディには秘密だけど、大したことはないよ。また追いかけて来て取り返されたら僕も困るから」
もう命は削れないし、とへらりと言ってのけるヴィンセントを見て私は少し心配になったけれど、それ以上追求するのは止めておいた。
テオドルスやノルン帝国からの遣いは今のところプカラッタまでは来ていない。ゴーダを含む私たちの関係者にも被害はないようなので、これがヴィンセントが送ったという手紙のお陰なのだとしたら私たちは安心出来る。
「そういや、アンタの友達からの手紙も預かってる」
ゴーダが分厚いコートのポケットから取り出したのは、ピンクの封筒だった。裏を見るとブリリアの名前が記されている。
「……ありがとう、ゴーダさん!」
「しっかし、友達にしちゃ気の強い女だな。俺と一緒に船に乗るって聞かなくてよぉ…」
「え?」
その時、玄関の呼び鈴が鳴った。
私は慌てて掛けて行き、覗き穴から外を見て驚く。
「ブリリア!!!」
どういうわけか、両手に紙袋を持って満面の笑みを浮かべたブリリアがそこには立っていた。派手なショッキングピンクのロングコートはきっとウルズでは馴染めてもプカラッタでは浮いてしまうだろう。
私はすぐに玄関を開けて久方ぶりの親友に抱き付いた。
「久しぶり、ジュディ。買い物してから来ちゃった。この国って物価が安いのね?ついつい買い過ぎちゃう」
「お前、今から世話になる家に大荷物持ち込んでどうすんだ」
「うっさいわね、大男!これはお土産よ!」
不思議な縁で仲良くなっているゴーダとブリリアを見守っていたら、部屋を進んで来たブリリアがヴィンセントを見つけた。顎に手を当ててヴィンセントを眺める彼女に、私はどんな言葉が出てくるのか少しヒヤヒヤする。
「ふぅん…貴方がヴィンセントくん?」
「はい。ブリリアさんですね?妻がいつもお世話になってます」
「妻………!!」
「結婚したので。あれ?言ってなかったの?」
「あ……忘れてた、かも」
「ジュディ、あとでお話しようか?」
向けられる黒い笑顔に冷や汗を流しつつ、私は客人をもてなすためにお茶の準備に入る。やはり律儀に薬草茶を飲み干してカップを返すゴーダにお代わりを尋ねると「殺す気か」と返ってきた。
ブリリアからの質問攻めに狼狽えるヴィンセントを横目にポットの湯を注いでいると、キッチンを覗くゴーダと目が合った。巨人は私を観察したあとでニヤッと笑う。
「アンタ、随分と幸せそうだな」
私は少し手を止めて、ヴィンセントの様子を眺めた。
自然と頬が綻んで心があたたかくなる。
「……ええ。すごく幸せ、良いでしょう?」
目を丸くしたゴーダが吹き出した。
窓の外にはパラパラと雪が降っている。冷たくて暗い冬を超えたら、そこにはもう春が待っている。これから訪れる様々な季節や情景を思って、私は静かに瞼を震わせた。
End.
◆ごあいさつ
ご愛読ありがとうございました。
BL大賞の応募作をなんとか読んでもらうために書き出した本作が、まさか10万字を超えるとは思いませんでした。長くてごめんなさい。
どうでも良い補足をするとタイトルの愛というのは、ヴィンセントから主人公へ向けられる迷惑な片想いと、最終的に主人公が自覚するヴィンセントへの想いの両方を指します。
あまり流行り要素がない上になんだかくどくなってしまったせいか、万人受けする感じではなかったのですが…最後までお付き合いいただけた方々には感謝しかありません。完結出来て満足です。
年越しはさっぱり行きたいので「君を愛することはない!」から始まる話を何か書きたいと思っています。またどこかでお目にかかれば見てやってくださいませ。
ではでは!
2023.11.29 おのまとぺ
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