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第三章 テオドルス・サリバン

46.旅人の喜び

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 車が娼館に到着するまでの間、何を話せば良いか分からなかった。身体がほどよく沈み込む座席の上で、私はテオドルスの様子を窺う。

 目を閉じて、疲れたようにシートに頭を預けている彼は、こうして見ると本当にヴィンセントによく似ている。真っ直ぐに伸びる黒い髪が、もう少し空気を含んでふわふわと浮けば、きっと瓜二つになるはずだ。


「俺の顔が面白いか?」
「………っ!」

 ぱちっと両目を開いたテオドルスが問い掛ける。
 私はついつい眺め回してしまった己を反省しながら首を振った。相手はさほど気にしていないらしく、欠伸を噛み締めながら伸びをして見せる。

「暇な時に、王都を囲む三つの街を順ぐりに視察しているんだ。巨大な繁華街を有する東のウルズ、経済の中心地である南のスクルド、そして、周辺国との貿易の窓口となる西のヴェルザンディ」
「………貴方は、」
「俺の名前はテオドルス・サリバン。かの有名な悪王の一人息子だよ」
「どうして…!なぜ殿下のように身分の高い方が…」
「君に良い知らせを持って来た。俺の側妃にならないか?」
「………え?」

 自分の耳を疑った。

 知り合って間もない、何ならまだ身分が明かされたばかりの状態で彼は私を側室に迎えようと提案しているのだろうか。この平民で、死んだ夫の借金のために身体を売る私を、わざわざ選んで?

「高貴な方は変わった冗談を言うのですね」
「これは冗談ではない」

 少し気に障ったようにテオドルスは眉尻を上げる。

「旅人の喜びと呼ばれる名前のない娼館に、かつて教員として働いていた娼婦が居ると聞いた」
「そんな女はたくさん居ます。娼婦たちにも、それぞれの人生があるのです。女優を目指していた女も居れば、私のように教員だった者も居るでしょう」

 それは本当に事実で、親しい間柄ではないけれど、私は自分と同じ娼館で働く女たちが各々事情を抱えていることを知っていた。皆が初めから娼婦を目指して娼館へ辿り着いたわけではない。

「君は自分の意思で娼婦になったのではない。借金があると聞いたが……いくらだ?」
「お伝えしたところで、どうなりましょう。これはマックイーン家が抱える負の遺産です。申し訳ありませんが、殿下にお話すべきことではありません」
「随分とはっきり意見を述べるんだな。初めて会った時も思ったが、そういうところが俺は好きだ」

 どこか嬉しそうに頷いて、テオドルスは窓の外を見た。
 つられて視線を動かすとそこはもう娼館の前だった。

 先に降りた皇子が私に手を差し出す。
 自分のような一般人が触れて良い相手ではない彼が、このように手を重ねてエスコートしてくれるのは恐れ多いことだった。

 そういえば、初めてこの男を見た日も、娼館はにわかに活気付いていた。念入りに化粧していた女たちの様子を思い出しながら、彼女たちは皇子が訪問することを知っていたのかもしれないと推測する。

 というか、今日だって匿名新規扱いで私に言い伝えるよりも、帝国の大切な宝を接待することになったと教えてほしかった。それとも受付した人間も知らされていなかったのだろうか?

 気付けば、私たちはもう部屋の扉を前にしていた。
 いつの間に鍵を貰ったのだろう。


「ジュディ、今日は楽しい夜になりそうだ」

 扉を押し開きながらそう笑うテオドルスに、私はやはりヴィンセントの面影を探してしまう。

 関係のない彼のことを想いつつ奉仕出来るほど私は器用ではないし、それがいかに客に対して失礼な行為かはよく分かっている。だけど、考えないようにしようとすればするほど、私の心はヴィンセントを求めて、脳は錯覚した。

「君のキスには感情が流れ込んでる…嬉しいよ」
「………もったいない御言葉です、」

 唇を離して、無意識に拳で拭いそうになる。
 本物ではないのに喜ぶ身体が鬱陶しいと思った。

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