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第三章 テオドルス・サリバン
42.悪王の息子◆テオドルス視点
しおりを挟むノルン帝国という可愛らしい響きからは想像できないような残虐な方法で、我が国は荒れた時代を生き残ってきた。
数々の強国に戦いを挑み、ある時は敗れて貧困のあまり国内では内乱が乱発し、ある時は勝利をおさめて皇帝の支持率が上昇した。歴史にも陰と陽があるように、一つの国もまた人間と同様に浮き沈みを繰り返している。
そして、今はまさに陰の時代なのだろう。
「テオドルス!こんな場所に居たのか…!」
「父上。もう議員たちは帰りましたよ」
定例として週に一度開催される会議に、議員は皆せっせと足を運ぶ。遠方から来る者などは、前乗りして宿を取って備えるらしいから、気合いの入ったものだ。
その重要な会議を、皇帝である父親が欠席したのはこれで何回目か。初めてではなことは確かで、こうした出来事も議員たちからの信頼を下げ、悪王としての呼び名を強固たるものにすることに彼はまだ気付いていない。
悪王というよりも、愚王だと言える。
「テオよ、お前もそろそろ側室を迎えたらどうだ?」
「……側室ですか?」
「正妻とはつまらぬものだ。女の機嫌は天気よりも変わりやすい。私もエリーを抱いた最後の日がいつかもう思い出せんよ、あいつは政治バカだ」
「お言葉ですが、母上は……」
貴方の尻拭いに日々奮闘しているのだ、と伝えようとしたが、彼の腕にもたれ掛かる愛人の一人がつまらなそうに欠伸をしたので黙った。
側室として何十人もの女を抱える父親は、政治よりよっぽど重要な「任務」があるようだった。女たちは皆、悪質な物貰いのように彼に纏わりついて贅沢品をせがむ。地位や金に群がる彼女たちは、便所バエよりも汚いと思っていた。
「そういえば、お前はまた街へ出たそうだな?」
愛人に口付けを落とした後で父は面倒そうに聞いた。
「はい。たまには外の空気が吸いたくて」
「あまり出歩くな。ただでさえ荒れた時代だ」
荒れさせた張本人がこのような口を利くのだから、世話はない。悪王と名高いバシュミル・サリバン。父に対する殺害予告のような手紙を何通も母が暖炉に投げ込んでいるのを見たことがある。毒殺される日も遠くないのではないか。
「女がほしいなら何人でも紹介する。隣国の第二王女との縁談はどうなったんだ?結構良い女だったが…」
「順調に進めています。じきに嫁いで来るでしょう」
「そうかそうか。結婚前に遊んでおけよ!なんせ結婚直後は女だってピリピリするからな。流行りの婚約破棄は皇族にとってはタブーだ」
「………そうですね」
ベラベラとよく喋るバシュミルの隣で、何がおかしいのか女が笑った。
趣味の悪いドレスを着ている。たいして長くもない脚をあんなに露出しているのはきっと父の趣味なのだろう。それに素直に従う女たちも馬鹿だし、良い歳をしてそんなことでしか己を癒せない父もまた、大馬鹿だと思った。
「父上、僕からも一つ報告があります」
バシュミルは静かに首を横に倒した。
「先日街へ出掛けた際に、通行人の一人が僕に声を掛けて来ました。誰かと間違えたようです」
「無礼な者も居るものだ……」
「女は僕をヴィンセントと呼びました」
「…………、」
「どうしてでしょうね?」
自分と同じ黒髪の下で、赤い瞳が細められる。
バシュミル・サリバンは何も答えずにその場を去った。
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