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本編

14.後悔

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 頭は割れるように痛かった。

 夢と現実を行ったり来たりしながら、私はどれぐらい眠ったのだろうか。頭の近くには誰かが親切に用意してくれた氷袋があったので、私はそれを二つの眼の上に押し当てた。

 ひんやりひんやり。
 また、とろっと夢の中に落ちそうになる。

 目を開いても視界はぼんやりとして、よく見えない。辺りが真っ暗であることから、きっと今は夜なのだろうと思った。湖畔の別荘へ到着したのは夕方だったから、朝まで眠り続けたというわけではないらしい。

 ポケットに手を突っ込むと、柔らかな肌触りのカミュはまだそこに居た。手先でキュッと握りしめると少しずつ心は安心してくる。

 ゆっくりとベッドから起き上がって、床に足を着けてみた。大丈夫、二本の脚はまともに歩くことぐらいは出来そうだ。ショールを羽織り直しながら、私はわずかに明かりの漏れる扉まで歩いて行った。

 しかし、ドアノブに手を掛けようとしたところで思い止まった。

 ドアの向こうからは声がしたのだ。
 デリックと、レナードの声が。


「……だから俺は嫌だったんだ」
「まだ言っているのか?負け惜しみみたいだな」
「お前が彼女に目を付けると分かっていれば、」
「レナード、二兎を追う者はなんとやらだ。君は王太子として正しい選択をしたんだよ。誇りに思うべきだ」

 何の話なのか、しきりに首を振るレナードの隣でデリックは陽気に笑ってその背中を叩いている。

 私は息を殺して、自分が再びベッドに戻るべきか、それとも偶然を装って勢いよく扉から出ていくべきか考えた。だけれど両足は張り付いたように床から離れてくれない。

「そういえば、聞いた話だが…君はイメルダと寝たのか?」

 私は口から飛び出しそうになる悲鳴を、両手で押さえ込んだ。

 デリックはいったい何を言い出すのか。
 彼は私との短い会話の中で得た信憑性のない憶測をレナードに確認しようとしているのだ。セイハム大公の息子ともある男が、こんなに口が軽くてゴシップ好きとは思わなかった。私はうっかり滑った自分の口を呪う。

 案の定、レナードは何も答えない。
 沈黙の末に痺れを切らしたようにデリックが口を開いた。

「レナード、沈黙は時として肯定を意味するよ」
「お前に話すことではない」
「それはイエスって意味だろ?」
「詮索するなと言っているんだ」
「罪な男だな。自分は美しいミレーネ嬢と結婚が決まっているのに、イメルダは婚約破棄されて社交会でも腫れ物扱いだ」

 これ以上聞くべきではない。
 そんなことは十分理解していた。

 デリックはきっと悪気はなく、彼の好奇心からレナードに問い掛けているのだろう。責めるべきは、この状況を招いた自分の不注意。そして、レナードを困らせてしまうような事実を残した己の愚かさ。

 私が宝石みたいに大切にしている思い出の夜も、彼にとっては忌々しい過去の一つでしかないのだから。


「………後悔しているよ、本当に」

 最後に拾ったのは耐えがたい本音だった。

 私は脱力した身体を引っ張ってベッドまで戻る。
 二人の足音が遠去かるまで、脚を抱えて丸くなっていた。もう何も聞きたくない。ずるずるとタイミングを見計らっていたせいで、聞かなくても良いことまで聞いてしまった。

 レナードは後悔しているのだ。
 私たちが秘密にした、あの夜のことを。

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