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18.脅迫

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 私たちがミニバンを停めた地下二階の駐車場に、須王正臣は約束の時間を10分過ぎてやって来た。車のナンバーを確認しながら近付いて助手席の窓をノックする。

 私は運転席に座ったまま、近寄って来る初老の男を眺めていた。もう60代だというのに、姿勢を正して紺色のスーツを着た姿は若々しく見える。

 話の筋書きとしては、白秋にメールで須王正臣を呼び出してもらい、出てきた彼に私が対応して揺すりをかけるという流れ。あまりにも単純なプロットであり、もしも用心して誰かを連れて来たりしたらと心配していたが、白秋が断言した通りそんなことは無かった。運転席と後部座席はルームカーテンで仕切って、白秋には後部座席で待機してもらっている。

 ロックが解除されたことを確認して、須王正臣が車に乗り込んで来た。

「私は白秋から呼び出されて来たんだが、こんなお嬢さんが待っているとは思わなかったな」
「初めまして。お忙しい中、時間を頂戴してすみません」
「白秋はどこに居る?」
「お答えできません。ではさっそく、本題に移りましょう」

 怪訝そうな顔で後ろを気にするあたり、彼は白秋がこの車に同乗していることに気付いているのかもしれない。内心ヒヤヒヤするし、柄にもない悪役を買って出たせいで緊張で手が震えている。

 なるべく隣に座る須王正臣の方を向かないようにして、私は話し始めた。

「単刀直入に言いますが、白秋さんのことを自分の子供として認知してほしいんです」
「……と言うと?」
「貴方が認知を拒んでいるせいで須王白秋という人間は存在しないことになっています。でも彼は貴方が26年前に逢瀬を重ねた女性との間に出来た子供…そうですよね?」

 須王正臣は私を一瞥した後、面倒そうに頭を掻いた。

「なるほど。君は白秋に頼まれた弁護士か何かか?白秋はいくら出せと要求している?出来れば直接話したいが」
「認知できない理由は、貴方が未成年の女性に手を出した証拠となってしまうからですか?」

 私の言葉を聞いて、男は血相を変える。
 温厚そうな初老の紳士といった出で立ちだった須王白秋は、今やその怒りを前面に出して私を威嚇していた。

「………白秋がそれを言ったのか?」
「答えてください、須王会長」
「その質問に答える筋合いはない。私は白秋をビジネスパートナーとして雇っているし、戸籍がないぐらいで不自由はしていないはずだ。金だって女だって好きに出来ている」

「どうして白秋さんが認知にこだわるかご存知ですか?」
「さあな。母親を殺したと逆恨みしているならお門違いだ。私とは住む次元が違った、そもそも一人で産むなんてどうかしている…!」

 憤って拳に力を入れる須王正臣を見て、心の芯が冷えていく気がした。ああ、本当になんて救いようのないことを言う人なのだろう。自分の過ちを認めないばかりか、相手を責め出す始末。

 白秋の母親はこんな男に人生を奪われてしまったのだ。

「……想像以上で驚きました」
「君も金で雇われただけだろう?どうだ、白秋の倍の金額を出してやる。この馬鹿馬鹿しい交渉を白紙に戻せ」
「少しぐらい、誠意を見せて欲しかったです」
「どういう意味だ?」
「愛妻家や家族愛を貴方は語る資格がない」
「なんだと…!」

 ギュッと握った拳が近付いて来るのは見えたが、狭い車内では避けきれず、私はまともに喰らってハンドルに顔を打ち付ける。短いクラクションが鳴った。

 鼻の付け根が燃えるように痛んで、思わずもげたのかと心配したが、触ってみるとまだ付いていた。ボタボタと鼻血が落ちて来て、粘膜が破れたことを理解する。鼻血なんて出たのはおそらく小学生振りだろう。

 その時、カーテンが開いて白秋が出てきた。

「貴方が手を出すなんて珍しいですね。冷静さを欠くぐらい恐ろしいネタでしたか?」
「……白秋!何のつもりだ!?」
「彼女に伝えてもらった通りです。俺は貴方の認知がほしかっただけ。自分の保身のために金で釣ろうとしたのは貴方だ」

 須王正臣は苦々しい顔で白秋を睨み付ける。その顔は私が今まで一度も目にしたことがないぐらい、人間の憎悪が凝縮した表情だった。

「お前…分かっているだろうな?存在しない人間が一人消えたところで何の問題もない。お前に頼んでいたような仕事を好んでする人間なんて履いて捨てるほど居るんだ」
「そんな脅し、いつまでも通用しませんよ」
「………なに?」

 問い返す須王正臣に白秋は車のフロントガラスを指差す。示された先には小さな黒いETCアンテナが設置されていた。

「アンテナの上に丸いのが付いてるでしょう。あれって実はカメラなんです」
「……小賢しいな、無駄だ!週刊誌にも新聞社にも顔が利く相手が居るんだ。お前がいくら仕掛けたところでそんな話は世間に出る前に潰される」

 よほど自信があるのか、男は焦る様子も見せずに笑った。マスコミが腐っているのは今に始まった話ではないが、権力に屈していては報道の意味がないのではないかと疑問に思う。

「だと思いました。だからSNSを使うことにしたんです」
「……は?」
「天下の須王正臣も拡散される情報を止めることは出来ないでしょうから」

 慌てたように須王正臣の手が、白秋の方へ伸びる。私はその間にドアのロックを解除する。白秋が外から助手席のドアを開いてもがき続ける男を引っ張り下ろした。

 車のエンジンを掛ける。
 飛び乗った白秋乗せて、私たちは地上へ出た。
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