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17.須王正臣のケジメ
しおりを挟む走りに走って、ようやく住宅街を抜けたあたりで白秋は立ち止まった。相変わらず手は繋がれたままで、私はローヒールを履いてきた自分に感謝しながら、膝に片手を突いて大きく息を吐いた。
白秋はズレた帽子を直しながらマスクを取る。私を見るその顔は怒っているようにも見えるし、困っているようにも見えた。
「なんでこんな場所に居るの?」
「……部屋にプリントアウトした紙があったので」
「べつに来いって意味で置いたんじゃない。持って行こうと思って忘れちゃってたんだよ。まさか見つけるなんて」
想定外だな、と言いながら白秋は空を見上げた。
「どうするつもりだったんですか?須王正臣さんの自宅ですよね、さっきのお家」
「殺そうと思ってた。同じ目に遭わしてやろうと思って」
「……え?」
物騒な言葉に絶句する。
白秋はそんな私の様子を気にするでもなく、左手に嵌めた指輪を見ていた。立ち話をする私たちの側を親子が自転車で通過して行く。
「今日がチャンスだと思ったんだ。あの人は馬鹿みたいな講演会のために3時間は連絡が取れないし、今日は土曜日だから大学も休みで息子も家に居る」
「出掛けてるかも、」
「朝から張ってたけど外に出てないよ。ジョギングをした後はずっと家に居る」
「………ちゃんと計画的だったんですね」
須王正臣に連絡が取れない状況下で自宅に侵入して、在宅中の母親と息子を殺害する。それが白秋のシンプルな計画。
「でも、講演会は3時からですよ?」
「そうだね。だから、怪しまれないようにエアコンの点検を装って先ずは家に入った。毎年連休明けのこの時期に点検を入れてるって前の家政婦さんに聞いてたし」
聞くところによると白秋の家の前任の家政婦は、須王家の家政婦も兼任していたらしい。
「あの人の浮気の証拠を掴んだって言うから期待してたのに、どうやらどっかから手が回ったみたいだね。すごく残念だよ」
「なるほど……」
「それで、真さんはどうしたいの?正論を説いて俺のことを止める?どっちみち今日の決行はもう無理そうだけど」
「白秋さんは何を求めているんですか?」
私の質問に、白秋は少しの間目を閉じて考える素振りを見せた。瞼に触れる黒髪を風が揺らす。綺麗な顔は、残酷なぐらい須王正臣に似ていた。
他人が見たら、何もかも持っているように見えるだろう。高い身長、女性に好まれる所謂二枚目の顔、気遣いも出来るし、甘え上手だとも思う。私はその横顔を見つめながら、彼の言葉を待った。
白秋が目を開き、意を決したように口を開く。
「認められたかったのかもね、須王正臣に俺の存在を」
「……存在ですか?」
「うん。あの人にとっては面倒ごとになるから避けたいんだろうけど、俺はケジメとして認知して欲しかった」
「…………」
「今更言っても遅いんだけど」
諦めたような力の抜けた笑い顔を見せる白秋を見て、心が痛んだ。彼はいつも私の力になりたいと何度も言ってくれた。では、私には何ができるのだろう。須王白秋のためにできることは何?
「付けてもらいましょう、ケジメ」
「え?」
「横浜行きましょう。白秋さん車ですか?」
「いや、車だけど、あの人を説得したところで…」
「説得じゃないです。脅迫するんです」
「………は?」
呆気に取られる白州に車まで案内させて、停めてあったミニバンの助手席に乗り込んだ。訳がわからないといった顔をしたまま、白秋がエンジンをかける。
「地獄極楽はこの世にあり、ですよ」
「なにそれ?」
「この世で起こした善悪の報いは死んでからじゃなくて、この世で制裁を受けるってことです」
愛妻家の彼に、そのケジメを付けてもらおうじゃないか。
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