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14.同情ついでに

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 結局なんやかんやで二人で食べ切れないほどのケーキをコンビニで買い占めて私たちは帰宅した。白秋は酔い足らないのか焼酎や缶ビールまで追加するものだから、片付けた筈の机の上がまたパーティ仕様に戻っている。

「ねえ、ゲームの続きしない?」
「……良いですけど」

 壁に掛かった時計を気にしながら返事をする。あと10分ほどで日付が変わってしまう。その前に何としてもケーキを開封しなければいけない。

 グラスといくつかのケーキを私が皿に乗せて運び、白秋は酒類を手に持って先を歩く。白秋の部屋の中には数日前に私が置いた場所にそのままコントローラーが置いてあった。少し申し訳ない気持ちになりながらサイドテーブルを引っ張ってきて、運んできたグラスやケーキを並べる。

「俺、誕生日にケーキ食べるの久しぶりだな」
「そうなんですか?」
「男ばっかりだとあんまり食べないし」
「……たしかに」

 あの面子でホールケーキを囲む姿はあまり想像できない。白秋の仕事仲間はみんな優しい人たちだったが、やはり少しカタギと違った凄みがあるような気がした。彼らが実際のところどういった仕事をしているのかは分からないけれど。

「どれ食べる?真さん選んでよ」
「そこは主役が優先です」

 モンブラン、シュークリーム、ショートケーキ、ガトーショコラの四種類を白秋は横から見たりしながら慎重に選んでいる。その姿は少し幼く見えて、可愛らしいと思った。

「シュークリームにする」
「ケーキじゃなくて良いんですか?」
「うん。食べにくそうだし」

 そう言えばフォークがない。
 キッチンから取って来ようと立ち上がった私の手を突然白秋が掴んだ。びっくりして、掴まれた手とその先にある白秋の顔を交互に見比べる。

「……どうかしましたか?」
「行かないで」
「すぐ戻って来ます。フォークがなくて」
「そんなの要らないから、ここにいてよ」

 有無を言わさぬ物言いに仕方なく再びその場に座り込んだ。テレビ画面の中では怖い顔をした貧乏神が私の電車の後ろにくっ付いて来ている。

「うわ、私が一番遠かったんですね…!」

 この手のゲームで勝てたことがない私はコントローラーを拾い上げながら慌ててアイテムを探る。こういう時に限って特別なカードを持っていなかったりするのだ。

「ねえ、真さん」
「はい?」
「前に言ったと思うけどさ、俺は真さんの力になりたい。自分の価値を見誤らないでほしいし、真さんのことを傷付ける人の側には居てほしくない」
「……ありがとう。気持ちは嬉しいけど、」
「もし、この家を出たら真さんはどこに行くの?」

 今日はもう五日目。それもあと数分で六日目に突入する。つまり、明後日にはもう私は須王白秋の元を離れて自由の身になれるということ。

 どこに行くんだろう。
 名古屋に帰る?そうだ、仕事と生活があるんだから帰らなくてはいけない。連絡も少しは来ているだろう。取得する権利があるとは言えども、いきなり有給申請を送ってきた私を疎ましがる上司も居るはずだ。

 それとも、また中原慎也に会いに行くつもり?


「………帰ります。自分の家に」

 白秋の追及を逃れるために顔を伏せる。私が愚かな行動を繰り返すのではないかと、彼はきっと疑っているから。

「なら良いけど、あまり自分を犠牲にしないでね」
「…ほどほどに引けるようにがんばります」
「俺言ったよね?殴るだけが暴力じゃないよ。真さんの心をボロボロにする奴は大切にしてくれる相手じゃない」

 そういえば、そんなことを彼は言っていた。あの時は屁理屈を捏ねているのかと思ったから難しい性格なんだな、ぐらいにしか考えていなかったけれど。

 白秋の母親が本当に須王正臣に心を壊されたのだとすると、私を心配してくれる彼の言葉を素直に受け止めたいと思う。もう縋ってはいけないと頭は理解している。


「これね、父親が母親に贈った指輪なんだ」

 左手を顔の前にかざして白秋は目を細めた。薬指に嵌めた細い指輪が柔らかく輝く。

「サイズも全然合ってなくてさ、俺が広げる前からだいぶブカブカだったよ。18のガキんちょの興味を引くだけだから何でも良かったんだろうね」

 その指輪に込められた意味を知って複雑な思いを抱いた。どんな言葉も安っぽい同情に聞こえる気がして、私は口を噤んだまま白秋の横顔を見つめる。

 白秋の母親は18歳の時に、当時40歳だった須王正臣に出会った。相手がどう思っていたかは分からないが、彼女にとっては恋だったのだろう。一人で白秋を産んで、迎えに来ない男を待つ気持ちを思うと心が痛んだ。

「本当に馬鹿だよね。騙されてるって分かってたはずなのに、どうして信じたんだろう。死んでから挨拶に来ても遅いんだよ……」

 初めて見る不安定な姿に戸惑う。
 家政婦にしては出過ぎた真似だと思ったけれど、白秋のこんな顔を見るのは辛くて、思わず項垂れた頭を撫でた。少しだけ驚いたように揺れた肩も、撫で続けるに従って力が抜けたように丸くなる。

 重力に従って落ちてきた白秋の頭が私の膝に乗る。
 目を閉じたまま撫でられ続ける彼は猫のようだ。

「真さん、同情ついでにキスして貰ってもいい?」

 パッと目を開けた白秋が真剣な顔でそんな事を言う。

「何言ってるんですか。ついでって…」
「誕生日だし、雰囲気的にいけるかなと思ったんだけど」
「ついでなんて無いですから!」
「じゃあさ、俺が透明人間じゃなくなったらしてよ」

 その時は須王白秋の意味するところが分からなくて、私はまた彼の軽口が始まったと呆れて聞いていた。膝の上に乗る彼の頭のちょうど良い重さだったり、耳に届くその笑い声を心地よく感じながら。


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