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第四章 二つの卵と夢

75 オーランド・デボワ1

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 コレットとレオンは劇場の外でピクシー・ベルーガと合流して、双子を引き渡した。

 エドムとジェイクは母親の死、父親の裏切りによるショックを重く受け止めているようで、どんな声を掛けても最後まで顔を上げなかった。立ち直ることが出来るのか、まだ分からない。

 だけれど、今はこれ以上こちらから何かをすべきではないと思う。自分たちで消化する時間も、幼い二人にはきっと必要だから。


「急ごう。学校へ向かう」

 王室の紋章が入った服を着た兵士たちにデ・ロサ伯爵家の夫婦を託して、鎖でぐるぐる巻きにしたスカーレットの遺体を手から離したレオンが、肩を摩りながらそう言う。コレットは慌てて鞄を開いた。

「殿下はお車ですか?私は電車なので少し遅れるかもしれませんが、向こうで合流しましょう」

「君は本当に魔法使いなのか?」

「え?」

 呆れたような物言いにコレットがレオンを見上げると、チケットを購入するために財布を探っていた腕がグイッと引かれる。

「魔力で移動する」

「私の量では保ちません!たぶんサガンと王都の境目あたりで魔力切れになります」

「俺が運ぶ」

「んわっ……!」

 拒否権なし。待ったなし。
 気が付けばコレットは見慣れたプリンシパル王立魔法学校の中庭に立っていた。つまりもう結界を潜って校内に入ったということ。

 習った知識では自分一人の移動でも相当な魔力を消費するはずだから、誰かを道連れにして引っ張っていくなんてもってのほか。それをサラッとやって退けるあたり、レオンがノエルだった頃に言っていた「魔力が大きかったので魔法学校に入学した」という言葉に嘘偽りはないようで。


「あ、そういえば」

 コレットは背中を支えてくれていたレオンを見上げる。意図せず視線が重なり、綺麗に並んだ睫毛の下で灰色の瞳が不思議そうに丸くなる。

「その……えっと、赴任した初日にミドルセン校長に言われたんです。保健室の魔力計測器を壊すような生徒は今は居ないって。あれって殿下のことですよね?」

「どうだかな。ワザとじゃない」

「やっぱり!」

 歩き出すレオンの後を追い掛けながらコレットは改めて目の前を進む男の力の大きさについて考えた。長い間校長を務めるミドルセンならばきっと、かつてプリンシパルに在籍した王子が再び校内に身を潜めていたことに気付いていたのではないか。分かっていてあんな発言をしたのなら、少し意地悪だけど。

 黒の魔導書グリモワールを狙う極地会という存在が何であれ、事態がここまで大きくなってしまった今、一度レオンはプリンシパルの教師陣と同じ場で意見を交わす必要があると思う。

 先ほどのスカーレットの話の中でも、極地会の目的やレオンの時戻りに関する内容が少し登場した。悪魔が王子の身を気遣うようなことを言っていたのも気になる。自然に流れる時間を自己の勝手な都合で巻き戻すのだから、何も犠牲がない方が不思議ではあるが。


「どうやら俺たちの出る幕はないな」

 考え込むコレットの前方で、安堵の声が聞こえた。
 立ち止まったレオンの数メートル先を見る。

「アーベル先生!プッチ副校長!」

 立っていたのは魔獣生態学のルピナス・アーベルと、ミドルセンの右腕である副校長マルティーナ・プッチ。白髪のプッチは眼鏡を手で押し上げ、コレットからレオンに視線を移した。細められていた目がゆっくりと見開かれる。

 コレットの関心は、アーベルとプッチに挟まれるように立つ若い男にあった。人の良い笑顔を浮かべた男は、麻紐で両手両脚を縛り上げられている。

「………なるほど、確かに日常に潜む闇だ」

 吐き捨てるように言うレオンの顔を見て、男は眉を下げてお手上げといった表情を作る。

「うーん……計画外だな。やっぱり僕は最初から嫌だったんだ、こんな役回り。僕だってみんなと一緒に劇を観賞したかったし、一人だけ奇襲みたいなことはしたくなかったよ」

「デボワ伯爵、父の良き友人である貴方とこうした形で顔を合わすことになるとは。説明していただいても?」

「はぁ。どうせ断る権利もない」

 やれやれと諦めたように項垂れる男を一瞥して、レオンはこちらを見た。理解が及ばないコレットに説明するため口を開く。


「この男の名前はオーランド・デボワ。君も聞いたことぐらいはあるだろう?マゼンタスに本拠地を置くデボワ商会の若き経営者だ」

 驚く頭と相反するみたいに、腹の虫がグゥと鳴いた。

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