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第三章 辺境伯の箱庭

56 それぞれの道

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 話を聞き終わって暫く、何も言えなかった。

 少し休憩していてください、というアルバートの言葉に甘えて、コレットはソファに深く腰掛ける。大きな窓ガラスの向こうには美しい庭園が見えて、シモンズ夫妻がこの空間をとても大切にしていることがよく分かった。

 知っているようで知らなかったこと。
 時戻りをした中で、それは何度か考えた。

 一度目の人生においてレイチェルはコレットにとってよき相談相手で、いつも明るく笑い飛ばしてくれる彼女についつい甘えていた。

 レイチェルの過去については知らなかった。話を聞く機会もなかったし、穏やかな彼女にそんな辛い別れがあったなんて思いもよらず。

(…………私は、)

 何が出来るのだろう。
 今から、どうすれば良いのか。



「コレット先生」

 声を掛けられて顔を上げるとダコタが立っていた。

「お隣に座っても?」

「あ、はい……もちろん」

 ダコタは両手でマグカップを抱えてふぅっと息を吐く。白い煙がゆらりと揺れて空気と混ざった。

「アルバート先生は、私の恩師だったんです」

「え?」

「私、プリンシパル王立魔法学校の出身でして、先生は私が学生の時の魔法薬学の担当でした。色々あって、魅了薬を調合して辞任されたんですけど」

「………あ」

 思い出したのは、過去に聞いた話。
 現担当のピクシー・ベルーガが就任するまで、魔法薬学の教師がコロコロと変わったのは有名な話。魅了役の提供から始まって、教員不適合者に不倫問題など、かなり愉快な理由で辞めていったと聞く。

「えっと……ダコタさんは魅了でアルバート先生と結婚されたと……?」

「あははっ!違いますよ!コレット先生って面白いんですね。魅了薬は私に使ったわけではなくて、私の元婚約者に渡したんです。ちょっとこの話はややこしくなるので、この辺で」

「ほう………」

 眉を顰めるコレットの前でダコタはまた笑う。
 胸まで伸びた茶色い髪がゆらゆらと揺れた。

 少し膨らんだお腹を愛おしそうに撫でると、ダコタは庭の方へと目を向けた。視線の先では白い花が咲き乱れており、可愛らしい鳥たちが遊びに来ている。

「先生の過去のお話を初めて聞いた時、私もどんな声を掛ければ良いか分かりませんでした」

「…………」

「恋人同士でも、結婚しても……相手の過去をすべて自分のことのように感じる必要はないと思うんです。ただ、少し……必要とされた時にそばに居ることが出来れば、それが一番なんじゃないかと」

「………その通りですね」

 小さく頷いて、コレットも顔を上げる。

 自分に出来ること。果たせる役割。
 してもらったことを返せば良いのだ。



「はぁーごめんなさい、少しだけ休むつもりが結構ぐっすり眠っちゃったわ。あれ?アルバートはこの部屋には居ないの……?」

 声がした方を振り返れば、レイチェルの姿があった。

 美しい青い目の周りが赤く腫れている。
 コレットは立ち上がって、細い手を引いた。

「おはよう、レイチェル。アルバート先生は郵便物を出しに行ったみたい。グズゴベリーの飲み物をいただいたんだけど、すごく美味しかったの。飲んだことはある?」

「………ええ。大好きよ!」

 柔らかな笑顔を見て、コレットも笑った。






◆補足

ダコタとアルバート先生の馴れ初めは別作品『今更魅了と言われても』で読むことが出来ます。短編なので興味があればどうぞ。
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