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第二章 夏の宴と死者の森
50 赤い森7
しおりを挟む前傾気味のだらっとした姿勢のままで、ソロニカは取り出した金槌のようなものを投げ飛ばす。耳をつん裂く金切り声を上げて巨大なカラスは横転した。
「レオン、状況を説明しろ。五秒だ」
「リンレイは悪魔で、魔力を吸い取ることが可能です。アーベルはすでに敗れて、黒の魔導書の保管場所に関する情報が漏れました」
「やはり力は筋肉ではなく、頭に宿るんだな。僕は脳筋とは昔から分かり合えないんだ。君もか?」
「どうでしょう。友達が少ないので」
王太子がこの場に居ることを当然のように受け入れて淡々と会話するソロニカに驚愕しつつ、コレットは小屋の方へと退がる。自分が共闘したところでまったくもって役に立たないことは分かっていた。それはもう、十分過ぎるぐらい。
「しかし妙だな…… 悪魔の魔力であれば校内で感知出来たはずだが。この顔、臨時講師をしていた男だろう?」
「リンレイは魔力を消すことが出来ます。俺は十年ほど前に彼と会ったことがある」
「知り合いなのか。こんな場所までわざわざ待たなくても、さっさとプリンシパルで潰しておいてくれれば良かったものを」
「事情があったんです。それに、以前会った時は彼の顔まで見ていなかった。ソロニカ先生、貴方は俺が生徒に紛れていたことに気付いていたでしょう?見えていたはずです、魔力が」
「べつに僕は自分の授業を遂行するだけさ。出席する生徒にレオン・カールトンが混じってようが何だろうが、どうだって良い」
「じゃあ、これも見過ごしてください」
レオンは再び両手を合わせて近くの木の幹に触れる。ボゴッと土の中から露出した根が細かな粉塵を周囲に飛ばした。
確実に彼の体重より数十倍はあるであろう大木を、王子は軽々と持ち上げている。土人形の時と同様に六芒星を空中に描くと、乾いた樹皮に押し付けた。
「昔からツリーハウスに住むのが夢だったんです。子供らしい夢でしょう?」
「プッチ副校長あたりが聞いたらキレるだろうね」
「隷属……檻、」
ガキンガキンッとまるで本物の金属が触れ合うような音が響き、大木は檻の形となってリンレイを閉じ込めた。赤い目が不快そうに細められる。
「レオン、魔法使いとしてのプライドは無いのですか?魔術を使っている時の君はどの魔術師よりも生き生きしているように見えます」
「そうだな。楽しいよ、実際」
「………ッ、これは!」
鉄格子に手を掛けたリンレイは何か異変を感じ取ってすぐに手を引っ込めた。涼しげな目元に憎しみが宿る。
「この檻はただの木製じゃない。バカデカいカラスに焼き壊されたら困るし、念のため砂利を混ぜて硬化しておいた。加えて魔力で捻じ曲げようとしたら更に強度が上がるように細工してある。俺が作ったお前のためのオーダーメイドだから、鍵なんて概念もない」
「レオン・カールトン……!!」
「十年ほど前になるか?前回聞けなかったことを聞きたい。極地会についてと、お前ら悪魔が隠したイリアスの──」
レオンは言葉を中断して後ろへと飛び退く。
先ほどまで立っていた場所には、巨大な穴が空いていた。その縁から這い上がるように、白い手がニュッと伸びる。
「リンレイ!間抜け面ねっ!ざまぁなさい、私たちのことをバカにするからこうなるのよ!」
「チッ、いらっしゃいましたか」
「当たり前でしょう~ マゼンタスは私の管轄なのよ!それに此処に来たら王子に会えると思ったのっ!」
「………?」
面識が無いのかレオンは不思議そうな顔をする。
現れたのは肩まで伸びた白髪を可愛らしくカールさせた若い女。発展した現代のセレスティアではあまり見掛けない、旧貴族が好むドレスを着込んで、顔には仮面舞踏会よろしく面を付けていた。
「丁度良い。私を檻ごと森の外へ運び出してください。レオンだけではなく、プリンシパルのソロニカが来ている。報告のため引きましょう」
「ダメよ~ダメダメ!今日はツーショット撮るまで帰らないんだから。顔ファン舐めんじゃないわよ」
レオンの方を向くと、首から下げた大きなカメラを持ち上げて女は何度かシャッターを切る。ベロンと出て来たフィルムを眺めると、うっとりしたように目を細めた。
「ん~素敵!非公式会報の近影が更新されない今、過激派のファンは自分で撮りに行くに限るわ」
「話を聞きなさい。貴女も組織の一員ならば分かるはずです!私たちは盤上の駒、最後にゲームに勝つために此処で散るわけにはいかない」
使える手札が減りますから、と続けると、女はプクッと頬を膨らませる。コロコロと表情を変える女を眺めていたら、水色の瞳がコレットを捉えた。
「待って……女が居るんだけど」
「彼女はプリンシパルの教師ですが、実質の魔力はゼロです。私たちの敵ではない」
「そういう問題じゃないのよ。最推しの王子の半径三メートルに女が居るの……どういう意味か分かる?」
「さっきから何を貴女は!」
リンレイが腹立たしげに声を荒げたその時、若い女はコレットに向けてシャッターを切った。
「貴女の顔、覚えておくから。王子に指一本でも触れてみなさい……殺すわよ」
「………っ!」
女の顔は冗談や脅しではなく本気で、ゾッとした悪寒が背中を駆け上がる。この人と私は今日初めて会ったような仲で完全に他人です、と丁寧に説明しておくべきかコレットは頭を悩ませた。
しかし、そんな時間もすぐに終わる。
ソロニカの銃弾が女の腕を掠めたのだ。
「ッあぁー!!痛い!!痛いってば……!なんでレオンでもないオッサンに撃たれなきゃいけないのよ、このドレス高かったのよ!?」
「そんなことは知らん」
「もう目的は果たしましたから、この場に残るメリットはありません。移動してください」
「………指図しないでよ、偉そうに」
女は不服そうにそう吐き捨てて、リンレイの檻を乱暴に掴む。そうしてそのままベッと舌を出すと一瞬にして姿を消した。
「俺が追います」
「待て!」
すぐに動いたレオンに向けてソロニカが叫ぶ。
「アイツらは下っ端だ。僕たちだってミドルセンに報告する義務がある……面倒だが。それにレオン、君はやるべきことがあるはずだ」
「…………」
王子は閉口するとソロニカの目を見据える。
灰色の瞳は納得のいかない様子。
「アーベルと生徒は僕たちに任せて、一度本来居るべき場所に戻れ。立場を考えた行動をしろ」
「変わりましたね、ソロニカ大尉。貴方に立場を説かれる日が来るとは思わなかった。きっとまた会うことになるでしょうから、よろしくお願いします」
「ああ」
「コレット先生、これは返します」
真っ直ぐに近付いて来たレオンが、顔を上げたコレットの額にそっと触れる。指先から何かあたたかなものが流れ込む感覚があった。
しかし、詳しいことを聞こうと口を開いたその時、王子はすでにそこには居らず、コレットはただ薙ぎ倒された木々の中でこちらを見るソロニカの姿を確認しただけだった。
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