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第一章 魔法学校のポンコツ先生
20 初めての授業
しおりを挟む月曜日に学校へ行くと、案の定、職員室は金曜日に出没した巨大なカラスの話題で持ちきりだった。おはようございます、と挨拶をするコレットの声を掻き消すほどの大声で喋っているのは、お馴染み魔獣生態学のルピナス・アーベルだ。
「あのタイプの鳥型はこう、後ろからね、グイッと嘴を押さえ付けるんですよ。そうしたら鋭い攻撃を受ける心配はありませんから!」
「そうは言ったってアーベル先生、貴方が駆け付けた時にはもう片付いてたんでしょう?お手洗いに行ってから参戦したとか言ってたけど、実際は怖かったんじゃないの~?」
ニシシッと笑うのは魔法薬学を担当するピクシー・ベルーガ。今日は珍しく始業に間に合ったようで、スクーターのヘルメットを被ったままで話に参加していた。
自分の机に着いて、とりあえず今日の準備をと必需品である分厚いファイルを鞄から出したところ、背後から声が聞こえた。
「クライン先生、おはようございます」
「お……おはようございます。プッチ副校長」
「今日から二週目ですね。貴女の授業も始まるみたいだけれど、準備の方は如何かしら?」
「ぼちぼち……」
「初授業は参観させてもらいますよ。面接では見れなかったクライン先生の勇姿、楽しみです」
「………あはは…」
にっこりと笑ってその場を去る彼女が一体なぜ影で「プリンシパルの魔女」と呼ばれているのか、今ならば理解出来る。
一度目の人生でもコレットはこの副校長のことがあまり得意ではなかった。だけども、教室での就任の挨拶の際に彼女が言ってくれた言葉がコレットを救ったのは事実。
(今世では、もっと良い関係を築きたいわ……)
そのためにも期待を裏切るわけにはいかない。
週末の間にしっかりと授業の準備はしておいた。あとは上がらずにきちんと進行するのみ。生徒達が予想外の質問を飛ばしてこないことも願う。
◇◇◇
「ええっと……みんなもう習ったことだと思うけれど、遥か昔に魔法の基礎を創り上げたとされる大魔法使いマーリン・マーリンによると、魔力を正しく使えばそれは光の魔法となって人々に豊かさと繁栄をもたらします」
コレットは言葉を切ってチラッと前を見遣る。
珍しく一年一組の生徒たちが真剣な顔でこちらを見ている。それもそのはず、彼らの後ろにはプッチ副校長を始めとした多くの教師陣が腕を組んで立っているのだから。
この時間に授業のない先生が皆集まったのではないかと思うほど、ズラリと集結した大人達がの数は多い。コレットは、授業の出来次第では自分が即日クビになるのではないかという不安を抱いた。
「マーリン・マーリンは後世に彼の生み出した数々の魔法を伝えるため、白の魔導書を遺しています。これはマーリンの弟子によって書かれたという説もありますが、この授業ではマーリン自身が執筆者であるという考えを支持して進めていきます」
「はい、先生」
「……? どうぞ、バロンくん」
一番前の席でピシッと右手を挙げるバロンに気付いて、コレットは発言を許可する。
「僕が王立図書館で読んだ魔法史に関する書籍では、マーリンが遺した魔導書は二冊あると書かれていました。もう一冊は何ですか?」
「………っ、」
やはりバロン・ホーキンス、侮れない子。
まだ授業も序盤であるため質問などされることがないと若干余裕ぶっていたことは反省する。魔法の始まりなんて、ただただ聞き流して「はいはいうんうん」で済ませるところなのに。
事実、彼が指摘する通り、大魔法使いマーリン・マーリンが書いたとされる書籍は二冊ある。もっと正確に言えば、それらは上下巻のペアとなっていて、互いの内容を補完する形で構成される。
しかし、二冊目の魔導書が世に出回ることはない。
それどころか、魔法史で扱われることもない。
「………二冊目が存在するというのは、一部の人たちによる虚偽の申告です。現存するマーリンの書籍は白の魔導書のみです」
模範解答を述べると、バロンは納得出来ないように首を傾げた。
申し訳なことだけど、彼の知的欲求を満たすために真実を生徒の前で語ることは許されない。魔法史の教育者を志す中で、マーリンの二冊目の自著について学ぶ機会はある。だけれど同時に、禁書である二冊目の存在を口外することは硬く禁じられるのだ。魔法を習い始めた若者たちはまだ子供で、自らの力で物事の善し悪しを判断することが出来ないから。
コレットはなんとか初回の授業を終え、他の先生方からも労いの言葉を掛けてもらった。鳴り響く終鈴を背に、席を立とうとするアストロに慌てて近付く。やや嫌そうな顔をされたものの、放課後に教室で話をする約束を取り付けることに成功した。
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