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第一章 魔法学校のポンコツ先生
19 天使と悪魔
しおりを挟むどこに生徒たちの目があるか分からない。
一度目の人生でも学校の近くのレストランやカフェに行くときは気を付けていたけれど、まさか人気の多い中心街で遭遇するとは。ああいう年頃の子は週末は家でダラダラ過ごすものだと思っていたが、もしかするとそれは田舎育ちのコレットの偏見かもしれない。ミナの大人びた格好を思い出す。
(ノエルくんも居たのは意外ね……)
彼の何かを知っているわけではないけど、ノエル・ブライスという口数の少ない少年が、週末に複数人の友人と出掛けるのは不思議な光景だった。今までは教室でもほとんど誰かと喋っている様子はなかったから、担任としては嬉しい変化だ。
「ちゃんと先生してるんだね」
「もーちろん!聞いた?コレット先生だって!」
思い出すと心臓がむず痒くなったので、口元を手で隠して笑う。ちょっと前までは「クライン先生」だったのが、昨日のことがあってミナからの信頼が高まったのだろうか。だとしたら、これまた良いこと。
コレットのことを初めてポンコツ呼ばわりしたバロンも、今日はそこまで呆れた様子ではなかったし(相変わらず関心は無さそうだったけれど)、なんだか少しずつ良い方向に転がっている気がする。
あの様子だと、アストロとノエルの歪み合いも改善されるだろう。月曜日に話を聞いた後で、二人で話し合う時間を取っても良いかも。
ちょうど時間帯が昼時に差し掛かったので、何か食べようというハインツの誘いに快く頷いた。彼に取ってはランチに当たる食事は、コレットにとっては有難い本日の一食目になる。
話し合った結果、看板メニューにビーフシチューを打ち出している店に入った。
「んん~良い匂い!」
「何にする?やっぱりビーフシチュー?」
案内されたテーブルの上にあったメニューを二人で額を突き合わせて眺める。マダム・ミロワはよく住居人に料理を振る舞ってくれるけれど、なかなか牛肉は登場しない。マダム曰く「高い」からだそうで、おこぼれに預かる身としては仕方がないのだけど。
「そうねぇ。今週は初出勤も頑張ったし奮発しちゃおうかな!遅刻したしここは私が持つわ」
「気にしなくて良いよ。それに初出勤祝いなら僕の方が奢るべきだろう?」
「そんなの要らないわよ!」
言い合っていたところへウェイトレスが通り掛かったので、とりあえずビーフシチューを二つとライスやサラダを追加して注文を終えた。
「遅刻って言うけど、君が遅れて来てくれたおかげで写真の練習をすることも出来たんだ」
「あら、何か良い被写体でもあった?」
「ああ。普段あまり目に掛かれない珍しい生き物とかね。やっぱり街に来ると世界が広がる。狭いアパートメントの自分の部屋の中とは違うね」
「そりゃそうでしょうよ。いつか貴方の撮った写真で個展を開くことがあったら教えて。私が一番に駆け付けるから!」
ふん、と鼻息荒くそう言うとハインツは少し笑う。
「君に僕の芸術が理解出来るかなぁ」
「失礼ね。私はこう見えて学生時代、美術はB評価だったのよ」
「コレット、そういうのはS評価の人が言うんだよ」
優しく嗜められると言葉も出て来ないので、大人しく店の中の絵画を眺めることにした。レストランの壁は爽やかな空色を基調として、ところどころに天使の絵が飾られている。
二人の天使が手を取り合って踊る絵、小さな天使の赤子の誕生を大人達が祝福する絵、中には天国のような場所で多数の天使が食事をする風景もあった。
「天使や悪魔なんて、どうやって線引きをしているんだろうね」
コレットの視線を追ったハインツが尋ねる。
「うーん……悪いことをするかどうかじゃない?」
「天使は人を欺いたりしないのかな?いつも善意を持って相手に接しているの?」
「どうかしら。宗教学は私の母校では選択科目だったから、履修してないの。マダム・ミロワならそういう話って好きなんじゃない?」
飽き性の管理人ミロワ・ポメージュの部屋には、彼女が今までに興味を持ったあれこれに関するガラクタが所狭しと並んでいる。以前家賃を払いに行った際に、天使を模した置物が乱雑に床に転がっていたのをコレットは記憶していた。
「善悪の判断なんて人間に出来るわけない。人知を凌駕する存在を語るのは、愚者がすることだよ」
「ハインツ……貴方、」
コレットの言葉に赤い目がパッと見開かれる。
そして恥じるように「ごめん」と呟いた。
「いいえ。貴方って司祭になりたかったの?ごめんなさいね、私の知識が同等ぐらいあったら語り合うことが出来たんだけど……」
申し訳なく思って素直な気持ちを吐露すると、ハインツは困ったように眉を下げて笑った。
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