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第一章 娼館セレーネ編
21.巡る知らせ
しおりを挟むシグノー・ド・ルーシャが自害した。
その知らせは王国中を駆け巡り、次の日の朝には娼館にも届いた。第一王子の影に隠れてあまり目立った露出はなかったものの、自国の王族が自ら命を絶つというショッキングなニュースに様々な噂が飛び交った。
私がその話を聞いたのは、食堂で配膳を受けるために列を成していた時のこと。やっと左手で食べることにも少しは慣れてきて、何時ものようにヴィラと話をしていた。
「………嘘でしょう?」
有り得ない。あのプライドの高いシグノーが自殺?一年ほどしか一緒には居なかったが、彼が自死するような人間であるとは思えない。自分を可愛がることはモットーとしていても他人を思い遣るようなことは絶対にない。人間関係で悩むような繊細さを持っているとも思い難い。
泣き叫ぶ私を気にも止めずに抱き続けるような男なのだ。骨を折っても助けも呼ばず、口答えすると力で押さえ付けようとする。他人を死に至らしめることはあっても彼自身が死を選ぶなんて、想像が出来ない。
「でも、今朝の朝刊に書いてあったのよ。自分の部屋で首を吊っていたって」
「そんな……」
「王宮だし、警備が付いているでしょう?外部から人が入る可能性は低いわよ」
「それはそうなんだけど、」
シグノーに対して愛情などは全く持ち合わせていなかったが、短い期間だとしても婚約者として共に過ごした相手がそのような最期を迎えたことは私の気持ちを暗くした。
透明な器に盛られたヨーグルトを受け取りながら、食欲はどんどん低下して行く。国王や王妃、兄のヴァイタン第一王子はどう受け止めているのだろう。別れてしまったとはいえ、元婚約者である私の家にも何か連絡は届いたのだろうか。アストロープ子爵夫妻がうまく誤魔化してくれていると良いけれど。まさか、娘と絶縁しただなんて彼らも言えないはずだ。
「食べないの?」
席に座っても食事に手を付けない私を訝しむようにヴィラが見つめる。素直に「食欲がない」と答えると、ヴィラは私のトレーからデザートのヨーグルトを取って行った。
「元気出しなよ、貴女酷いことされたんでしょう?」
「それとこれは別よ。死んで良い人じゃないわ」
「私だったら、清々するけどね」
確かに、シグノーが生きている限り私は彼の影に怯えながら生きていくことになる。娼館セレーネで働いていることもバレたことだし、彼がまた客を装って私を痛め付けに来る可能性は否定できない。
しかし、食堂を出ても、部屋に戻っても、その日はずっと何とも言えない不安が胸の中で渦巻いていた。
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