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第五章 エバートン家の花嫁
【番外編】或る風俗嬢の手記▼
しおりを挟むロカルドの話です。
特に救いも何もないです。
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⚪︎月×日
その日はどんよりとした天気で、一日中気味の悪い雲が空を覆っていました。客足も少ないだろうということで、私は制服に着替えたものの、手持ち無沙汰にベッドの上に腰掛けて思考に耽っていました。
しかし、退屈は長くは続かず、ベルが鳴って三人目の客が部屋へと通されました。
長身の男はすぐにキョロキョロと警戒するように部屋の中に目を走らせ、私にいくつか質問を寄越しました。「プライバシーへの配慮」「カメラの有無」といった内容を問われて、私はこのクラブは完全に会員制であり、客の個人情報が外部へ漏れることは決してないことを伝えました。
ここは表では曝け出せない特殊な性癖を持つ殿方が、ひっそりとその欲を解放する秘密クラブです。
客の情報が流出することなどあってはいけませんし、この部屋の中でどんな過酷なプレイが繰り広げられようとも、一歩外へ出れば私たちは完全に他人の振りをしなければいけません。
意外にも、異常性癖をお持ちの男性は多いようで、上は上流貴族から下は借金をして通い詰めるような貧困層まで、様々な方が来店されます。
その日来店された男性は、初めてのご利用のようで、そわそわと服を脱ぎながら私に名前を尋ねて来ました。私はマニュアルに則って「奴隷に教える名前はない」と答えます。男は怯んだように顔を歪ませて、暫しの間、閉口しました。
しかし、やがてプレイであることを思い出したのか、自分の名前はロカルドだと名乗りました。
ロカルドと云うこの客が、良い家の出であることはすぐに分かりました。着ている衣服や立ち居振る舞い、言葉遣いが、一般層のそれとは掛け離れていたからです。客のプライベートを探ることは御法度なので、私は静かに観察を続けながら、男の求めるモノが何なのかを考えました。
金や名声はあるのでしょう。
女にも困らない見た目です。
では、いったい何故彼はこんなにも疲れ果てて、眠れない夜を彷徨っているような顔をしているのでしょう。美しいこの男を悩ませ、破滅へと導いている原因には興味がありました。
最初は私の椅子として、地べたに手を突かせてその上に座りました。屈辱的な表情の中にも恍惚した笑みを見せる彼にはきっと天性の才能があるのだと思います。相反する二つの感情に戸惑っている姿は、非常に見応えがあり、久しぶりに私も愉しむことが出来ました。
何分が経過したのか分かりませんが、子鹿のように男の両腕が震え出したので、私は椅子の安定性を考えて彼を解放しました。
そして、そのまま良くしなるお気に入りの鞭を手に取って男の背中に打ち付けました。とても良い音がして、男は高い声で啼きました。拒否の声が聞こえた気もしますが、それでもしっかりと根本から立ち上がった陰茎を見るに、本音ではなかったのだと思います。
この秘密クラブで女王として働く人間として、奴隷である男たちを自分の手で悦ばすわけにはいきません。
なので私は、荒い呼吸を繰り返す男に冷たい視線を投げ掛けて、もう一度鞭を振いました。一糸纏わぬ姿となった彼の剛直からは既に透明な汁が流れ出ていたので、とても素直で良い奴隷だと言えるでしょう。
あまりに苦しげな声で啼くので、少し可哀想になって、自分で慰めることを許しました。「ロカルド、貴方は我慢出来ない不出来な奴隷ね」と嘲るように言うと、彼は真っ赤な顔で、しかし男根を扱く手は止めませんでした。やがて短い呻き声と共に吐き出した情欲を、男は薄ら目に涙を溜めて見つめていました。
これこそが女王として働く至高の時です。
富や権力を持った男たちが情けなく果てる姿を、自分の手は汚すことなく見届けることが出来るのですから。
それから私は、涙を流し続ける男をベッドへと誘い、自分の膝の上で少し休ませてやりました。彼がその異常性の先に求めるものが赦しなのか、それともただの快楽なのかは分かりません。けれども、子供のように身を丸めるこの男が、どうか、明日は今日よりも健やかに過ごせるよう願いました。
女王と言えど、その程度の情けは掛けても良いでしょう。
私はこの館を出れば、ただの下働きの下女に戻ります。高貴な身分の男たちには見下され、女たちからは侮蔑の目で見られます。しかし、ひとたび制服を着れば、私は奴隷を従えた女王様になることが出来るのです。
ロカルドと名乗る男はまた来るでしょうか?
確かなことは分かりません。
しかし、私は彼が自分自身を赦さない限り、足繁くこの館へと通う気がしました。どこまで求めても乾く身体、足るを知らないその欲望を埋めるただ一つの方法が、ここにはあるのですから。
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