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第三章 エバートン家の令息(ルシウスside)
37.夢よりも夢▼
しおりを挟む気付いた時には、後戻りが出来ないほど深く沈んでいた。
「嫌じゃない…触って」
「……シーア、」
「ルシウスに触ってほしいの」
切望するような声に心臓は大きく震える。
夢だと言われた方が幾分か現実味はあるだろう。
白い結婚であるとか、婚約破棄の前に手を出すのは御法度といった警告はもう頭の隅の方に飛んで行って見えなくなってしまった。何もかもどうでも良いと思えた。
分かるのは、かねてより強く求めていた彼女が、同じように自分に手を伸ばしてくれているということ。
「シーアの声…可愛い」
返ってくる反応も、漏れ出る音も。
煽情的な目もすべて今だけは自分のもの。
柔らかな双丘を吸ったり揉んだりしているうちに、脚に触れる彼女の太腿をとろりとした蜜が降りて来ていることに気付いた。恐怖を感じているわけではないのだと安心する気持ちと、彼女も期待しているのではないかと昂まる興奮がせめぎ合った。
「……っん…ルシウス、」
「シーア…すごく幸せだよ」
何度目かの彼女からのキスを受け入れる。
遠慮がちに舌を入れて精一杯の口付けをするシーアのことを愛しいと思った。トロトロの顔をもっと見たいと思う反面、彼女が望むこと以上はしてはいけないと弁えているので、この辺りが引き際かと考える。
これ以上進んで、もし勢いで流すようなことがあっては悔やんでも悔やみ切れない。
徐々にゆっくりになるシーアの瞬きを見ながら、その背中を優しく撫でていたら、やがて規則正しい寝息が聞こえて来た。ほっと安心してベッドから降りる。振り返ってもう一度顔を見ようと思った矢先、彼女の目の端に浮かんだ涙を見つけた。
「………ロカルド…」
呼ばれたのは自分の名前ではない。
彼女が三年間を投じて追い続けた唯一人の男の名前。
心臓が止まったような気がした。
そう簡単に忘れられるわけがない。そんなことは分かっていたこと。しかし、あんな露骨な不貞の現場を目撃しても、一度も愛情を向けられなくても、それでも尚、シーアの心の中にロカルド・ミュンヘンは居座ることが出来る。
どうしてなのか分からなかった。その献身的な愛が何故三年間も維持されたのか。それがもしも初恋だからという理由だとしたら、どうしようもないけれど。
夢よりも夢のような隔離された二人だけの世界で、唯一存在する地獄。時間が経てば消えてくれるのだろうか。或いは自分の存在で上書きすることはできる?嘘吐きだと拒絶されるなら、そこまでの話。
シーアが求めているのは自分なのか。
それとも、ただ、ロカルドの身代わりなのか。
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