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第三章 二人の冷戦編

53.リゼッタはお茶を飲む

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ノアの母であり、国王の妻でもあるマリソン王妃からお茶会の誘いがあったのは舞踏会の翌日のことだった。

空はどんよりと曇っていて、今にも雨が降り出しそうだ。私はヴィラと二人で並んで廊下を歩きながら、窓の外を気にしていた。強い風に吹かれて、庭に植えられた木々たちが大きく揺れている。

「大荒れね、木が折れちゃいそう」
「ええ…そうね」

怯えたようにギュッと私の腕を掴むヴィラに頷きながら、嫌な胸騒ぎを覚える。昨日は何故か上手く寝付けなくて、短い眠りを繰り返してしまった。途切れ途切れに見る夢の中で、何度も求めたノアの後ろ姿を見た気がする。手を伸ばせばそれは煙のように消えて、掴めなかった。

こんな気持ちになるのは、慣れない態度を彼に対して取っているからだろうか。小心者の自分の単なる思い過ごしであってほしいと願った。


「ねえ、ノアのことを今日見た?」
「ん~?見てないわ。ウィリアムと一緒じゃない?」
「そうかもしれないわね……」

猫のようなノアのことだ、きっと私が心配する必要なんかない。ここ数日だって毎日顔を合わせていたわけではないし、静かな対立を繰り広げている今、彼の動向をいちいち私がおもんばかるのもおかしな話。

マリソンの部屋の扉をノックしながら、息を吐いた。



「久しぶりね、こうして顔を合わせるのも」

マリソンはスミレの砂糖漬けを摘んで、カップに注がれた紅茶の中に落とした。砂糖が溶けてカップの中の色を変えていく。私はその様子をどこか夢のように眺めていた。

「リゼッタ、貴女のこと最初は認められなかったわ」
「……それは仕方がないことです」
「ノアが連れて来た初めての恋人が隣国で婚約を破棄されて娼婦になった人だなんて、正直受け入れ難かった」
「………、」

カップに添えられたままのマリソンの指は僅かに震えていた。私は黙って、綺麗な唇から紡がれる言葉の続きを待つ。隣に座るヴィラが厳しい顔をしているのが目に入った。

「でも…貴女にも事情はあった。偏見や自分の価値観だけで判断したこと、本当に申し訳なく思うわ…ごめんなさい」
「王妃殿下、謝罪など止めてください。お気持ちは伝わっています…私は恨んでなどいません」

ノアが国王夫妻に婚約の許しを請うたあの日、マリソンは「婚約破棄された隣国の娼婦なんて!」と憤慨した様子を見せた。王妃として、母親として、反対するのも当然だと理解出来た。

それでもマリソンは、少しずつ私に歩み寄ろうとしてくれた。自らの時間を割いて、王族としての生き方を私に教えてくれた。初めこそ堅苦しかった彼女の態度が、徐々に親しみを帯びてくるにつれて、私自身も彼女のことを好きになっていった。


「貴女のこと、娘みたいに思っているの」
「そんな…勿体無い御言葉です」
「ノアには貴女しか居ない。こんなこと言える立場じゃないと分かっているわ、でもお願い…側に居てあげて…」

涙を溢すマリソンを前にして、私は狼狽えた。
彼女がノアと血の繋がりが無いことは知っている。それでもノアのことを育て上げ、惜しみなく愛を与えるその姿は、確かに一人の母親だった。

「マリソン王妃殿下、教えてください」
「何かしら?」
「殿下にとっての愛とは何ですか?どうして国王と共に生きようと思われたのですか…?」

マリソンは目を閉じて、少し考える素振りを見せた後、口を開いた。

「愛は取引するものよ。与えるばかりでも、貰うばかりでも上手くはいかない。少し与えたら、同じだけ搾り取るの」
「取引……?」
「たくさん貰ったら、もちろんたくさん返してあげて。私がオリオンと結婚したのは、彼以上に自分が愛せる相手など居ないと思ったから」

長い睫毛の奥で、澄んだ瞳が私を見据えた。
それは揺るぎない彼女の本心。






◆お知らせ

次二話ほど残虐な意味でのR18が続きます。
苦手な方は読み飛ばしていただけたらと思います。
続きは流れの関係で12:20、19:20に更新します。

余談ですが、マリソンの台詞を考えるにあたってGoogle先生に相談したら「愛は取引じゃない」という無条件の愛を推奨する記事がたくさんヒットして軽く凹みました。




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