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第二章 シルヴィアの店編

42.王子は頭を下げる

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「なるほど。お前の主張は分かったよ。可愛い妹を送り込んでまで俺に伝えたいことがあったんだ」

茶化すように喋るノアから目を離さずにエレンは口を開く。

「落馬して記憶を失ったのは想定外だった。カーラが上手いことお前に気に入られて王宮に入り込めればラッキーと思っていたけれど、随分と簡単に攻め落とされたらしいな?」
「………、」
「婚約者にまで逃げられたんだろう?妹から情報は受け取っていたが、まさかシルヴィアの店で俺が出会うとは思わなかった。これは二つ目のラッキーだ」
「俺にとっては最高にアンラッキーだよ」

吐き捨てるように言うノアを、カーラは大きな瞳を震わせて見ていた。ノアはやはり私が王宮を出た後も彼女を匿っていたようだ。私への言動から、ノアの記憶がおそらく戻っていることは分かったが、それならば何故カーラを側に置いて私の元へは来なかったのか。

エレンはノアを追い返したと言っていたけれど、本当に私のことを心配していて探しに来たのなら、そこで引き下がるとは思えなかった。私だったら、何日でも赦しを請うために会いに行くと思う。無碍むげにされても身を引かずに一心に説明しようと努力すると思う。

沸々と、身体の中から言い表せない気持ちが沸いて来るのを感じた。黒く淀んだ考えが頭を支配する。ノアとエレンが話し続ける間も、私は初めて感じる強い感情に集中していた。


「しかし、お前もボケたな。何故妹を王宮から追い出さなかった?昼間はリゼッタを探しているフリをして、夜になったらカーラに慰めて貰おうとでも思ったか?」
「興味がないからだよ」
「はぁ?」
「俺にとってはリゼッタを見付け出すことが最優先の課題だった。その他は全部どうでも良い」
「そんなどうでも良い女に眠らされて良く言える」

エレンは嘲るように笑った。

「記憶喪失だかなんだか知らないが、リゼッタからお前が行った溢れんばかりの失態を聞いたよ。救いようのないクズな本質が婚約者にもバレたようだな」
「………、」
「国民を欺き、婚約者をも甘い言葉で騙し込んだ。そろそろ俺たちも限界だ。自分の尻は自分で拭いてくれ」
「……そうだな」
「土下座して詫びてくれよ!最低の王子だってな!」

高らかに吠えるエレンの声を聞いて、周囲の男たちもゲラゲラと笑う。私は向き合っていた自分の内情から距離を置いて、その様子に目を向けた。

エレンの前に立ち尽くしていたノアが片脚を引いた。左膝を突いて両手をコンクリートの上に置くと、最後に残った右膝がゆっくりと床に触れた。皆が息を呑むのが分かる。それは、いつもヘラヘラしているノアが見せる真摯な姿。


「エレン、お前の言う通りだよ。俺は本当に大馬鹿だ」
「……ようやく口の利き方が分かったか」
「被らせた罪のこと、申し訳なく思う。悪かった」
「お前が素直だと怖いよ。なぁ、どう思う?」

男たちの方を気にしながらエレンは問い掛けた。

「議会参加に関しては、俺の方から父に提案して話を通す。来週中には正式に発表しよう」
「信じられないな…通る確信でも?」
「もしも嘘だった場合は、お前ら全員で俺の首を取りに来ていいよ。門を開けて歓迎するさ」

ノアはそう言って、その額を床の上に付けた。
ざわついていた男たちの声が静まる。

「アルカディアの王子として…謝罪させてくれ。貴方たち反王党派の不信感を煽るような振る舞いをして悪かった」


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