43 / 68
第二章 シルヴィアの店編
40.リゼッタは本質を知る
しおりを挟む「カーラ!何でお前が此処に居るんだ!」
大きな声で名前を呼びながら縄を解こうともがくエレンの前で、転がったカーラは怯えたような目で何かを伝えようとしていた。口にはテープが貼られており、その用意周到さに私の背中を冷や汗が流れ落ちる。
こんなことが出来る人間は一人しか居ない。手際良くことを運んで片を付ける。昔の私は鈍感も良いところで、自分の知らない間に行われた数々の制裁を、単なる偶然と流していた。今なら、そうではないと分かる。
「……お前ら、動くなよ!ノアが来てるはずだ!」
叫ぶように発せられたエレンの声に男たちは騒然とした。
「何だって!?足止めするって話だろう!」
「妹がこんな状態で戻って来ている、何かあったに違いない。備えろよ!数はこっちが上なんだ!」
「おい、約束が違うだろうエレン!タダで王子の女に好きに出来るっていうから俺たちは来たんだ」
「言ってる場合か!」
「しかし…戦争狂いのイカれた王子が来るんじゃ、俺たちも命の危険を感じる…!」
内輪で揉め出す男たちは私に構っている場合ではないようで、各々の持ち場を離れて抗議の声を上げている。はだけた服を直しながら、息を潜めて成り行きを見守った。
会話の中で拾ったのは、カーラがエレンの妹であるという情報。初耳である上によく出来た話だ。それならば最初から、カーラは兄の手先としてノアに接近したのだろうか。婚約者を差し置いて時間を共にすることが出来たのだから、彼女のハニートラップは成功したと言える。
周囲の音に邪魔されながら考えに耽っていると、フッと部屋の灯りが消えた。
「何処に居るんだ!出て来いよ!」
焦ったようなエレンの声が部屋に響き渡る。
擦れる服の音や、足音に混じって私は風を切るような微かな音と小さな呻き声が聞こえた気がした。それはたぶん気のせいではなくて、確かにこちらに近付いて来る。一番近くに立っていた男が、短い悲鳴を上げて床に倒れ込んだ。
「ブレーカーは廊下だ!」
「退け、俺が行く!」
バタバタと足音がして何人かの男たちが部屋を出て行く。私はただ、身を縮めて何処かに居る彼の気配を感じ取ろうとした。この部屋の中に、きっとノアは居る。
ジジジッと数回点滅した後で、蛍光灯が部屋を照らす。床に伸びた男たちの向こうに、私は見慣れた銀髪を見つけた。懐かしい赤い瞳が私の姿を捉える。
「お洒落してるね、リゼッタ。俺のためじゃなくて残念だ」
込み上がってくる涙を堪えた。一生懸命に選んだ黒いワンピースは裾が裂かれてボロボロになっているし、シャツだってもう原型を留めていない。お洒落だなんて、よく言えたものだ。
ノアは部屋の入り口に立つエレンとその傍らに転がるカーラを見据えた。感情が消えたような表情を見て怖くなった。きっとこれがノアの本質。時折見せる戯けた態度や、かつて私に向けてくれた甘い笑顔は、あくまでも一面。
「……ノア!よくもカーラに…!」
「なぁエレン、軍隊で習った縄の結び方は妹にも教えてやるべきだったな。お陰でここまでの道案内もして貰えたけど」
「お前…!」
「シスコンも大概にしとけよ。テープだけでも剥がしてやったらどうだ?彼女、顔が赤くなってる」
口に貼られたテープを剥がされると、カーラは勢いよく咳をしながら恨めしそうな目をノアに向けた。
「……この男、悪魔よ!頭がおかしい。前情報では女に手を出さないって聞いてたけど、頭突きするし頭は殴るし…よくそれで王子なんて名乗れるわね!?」
ノアは不思議そうに首を捻った。
「なんで?そんな嘘の情報信じて、君はターゲットに情けを掛けてもらおうと思ったの?」
「………っ!」
「お前たちは誤解している。べつにこの手が今更少し汚れても、俺は気にならない。ただ、これ以上罪を重ねるとリゼッタに本当に嫌われてしまうから」
手加減はしたんだ、と私を振り返って笑う。私は底知れないノアの恐ろしさを感じながら、その目を見つめ返した。
私の元婚約者であるシグノー・ド・ルーシャに続いて義両親であるアストロープ子爵夫妻までも手に掛けたノア。それが私を思っての行動だとしても、手を叩いて喜ぶようなことではなかった。これ以上人を殺めないでほしい、という私のお願いはどうやら彼の中にもまだ残っているようだ。
「でもね、ここで転がってる男どもは別だ。だって、俺が死ぬほど苦労して手に入れた女を何の努力もせずに抱こうなんて、図々しいにも程があるだろう?」
ニコニコした笑顔を貼り付けたまま、ノアは気絶した男の一人にまたがって懐から小さなナイフを取り出したから、私は慌ててその手を止めた。
「ノア!待って、やめて…!」
「どうして?君を傷付けた人間だ」
「それは……それは、貴方だって同じよ!」
サッとノアの顔が陰るのが見えた。
赤い瞳を覗き込みながら私は慎重に言葉を選ぶ。
「私は暴力を望んでいない。私のためだと言うなら、今すぐその物騒なものを置いてください」
「殺すんじゃない、男として生きられないようにするだけだ。それでもダメなの?」
「ノア、私はやめてほしいと言ったの」
「……分かったよ」
ノアはナイフを再び仕舞い込みながら、エレンとカーラに向き直った。エレンはノアの視線に応えるように睨み付け、縄を解かれたカーラは身体を抱えながら震えている。
その他の男たちは自分たちがエレンに加勢すべきなのか、それともこの場を見守るべきなのかをまだ判断しかねているようだった。
「じゃあ、平和的解決といこうか。俺と手を繋いで遊んでくれていた友人がどうしてこんな小芝居を打つに至ったか教えてくれるかな?」
ふざけたように両手を広げたノアを見て大きな溜め息を吐くと、エレンはポツリポツリと語り出した。
13
お気に入りに追加
1,478
あなたにおすすめの小説
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
散りきらない愛に抱かれて
泉野ジュール
恋愛
傷心の放浪からひと月ぶりに屋敷へ帰ってきたウィンドハースト伯爵ゴードンは一通の手紙を受け取る。
「君は思う存分、奥方を傷つけただろう。これがわたしの叶わぬ愛への復讐だったとも知らずに──」
不貞の疑いをかけ残酷に傷つけ抱きつぶした妻・オフェーリアは無実だった。しかし、心身ともに深く傷を負ったオフェーリアはすでにゴードンの元を去り、行方をくらましていた。
ゴードンは再び彼女を見つけ、愛を取り戻すことができるのか。
子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる
佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます
「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」
なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。
彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。
私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。
それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。
そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。
ただ。
婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。
切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。
彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。
「どうか、私と結婚してください」
「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」
私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。
彼のことはよく知っている。
彼もまた、私のことをよく知っている。
でも彼は『それ』が私だとは知らない。
まったくの別人に見えているはずなのだから。
なのに、何故私にプロポーズを?
しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。
どういうこと?
============
番外編は思いついたら追加していく予定です。
<レジーナ公式サイト番外編>
「番外編 相変わらずな日常」
レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。
いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。
※転載・複写はお断りいたします。
公爵夫人は国王陛下の愛妾を目指す
友鳥ことり
恋愛
カルサティ侯爵令嬢ベルティーユ・ガスタルディは、ラルジュ王国の若き国王アントワーヌ五世の王妃候補として有力視されていた。
ところが、アントワーヌ五世はロザージュ王国の王女と政略結婚することになる。
王妃になる道を閉ざされたベルは、王の愛妾を目指すことを決意を固めた。
ラルジュ王国では王の愛妾は既婚者であることが暗黙の了解となっているため、兄の親友であるダンビエール公爵オリヴィエール・デュフィの求婚に応え、公爵夫人になって王宮に上がる計画を立てる。
一方、以前からベルに執心していたオリヴィエールは半年の婚約期間を経て無事結婚すると、将来愛妾になるための稽古だと言いくるめて夫婦の親密さを深めようとして――。
国王の愛妾を目指すために公爵と結婚した令嬢と、彼女を溺愛する公爵の微妙にちぐはぐな新婚生活の物語。
あなたのつがいは私じゃない
束原ミヤコ
恋愛
メルティーナは、人間と人獣が暮す国に、リュディック伯爵家の長女として生まれた。
十歳の時に庭園の片隅で怪我をしている子犬を見つける。
人獣の王が統治しているリンウィル王国では、犬を愛玩動物として扱うことは禁じられている。
メルティーナは密やかに子犬の手当をして、子犬と別れた。
それから五年後、メルティーナはデビュタントを迎えた。
しばらくして、王家からディルグ・リンウィル王太子殿下との婚約の打診の手紙が来る。
ディルグはメルティーナを、デビュタントの時に見初めたのだという。
メルティーナを心配した父は、メルティーナに伝える。
人獣には番がいる。番をみつけた時、きっとお前は捨てられる。
しかし王家からの打診を断ることはできない。
覚悟の上で、ディルグの婚約者になってくれるか、と──。
伯爵は年下の妻に振り回される 記憶喪失の奥様は今日も元気に旦那様の心を抉る
新高
恋愛
※第15回恋愛小説大賞で奨励賞をいただきました!ありがとうございます!
※※2023/10/16書籍化しますーー!!!!!応援してくださったみなさま、ありがとうございます!!
契約結婚三年目の若き伯爵夫人であるフェリシアはある日記憶喪失となってしまう。失った記憶はちょうどこの三年分。記憶は失ったものの、性格は逆に明るく快活ーーぶっちゃけ大雑把になり、軽率に契約結婚相手の伯爵の心を抉りつつ、流石に申し訳ないとお詫びの品を探し出せばそれがとんだ騒ぎとなり、結果的に契約が取れて仲睦まじい夫婦となるまでの、そんな二人のドタバタ劇。
※本編完結しました。コネタを随時更新していきます。
※R要素の話には「※」マークを付けています。
※勢いとテンション高めのコメディーなのでふわっとした感じで読んでいただけたら嬉しいです。
※他サイト様でも公開しています
【完結】ひとりぼっちになった王女が辿り着いた先は、隣国の✕✕との溺愛婚でした
鬼ヶ咲あちたん
恋愛
側妃を母にもつ王女クラーラは、正妃に命を狙われていると分かり、父である国王陛下の手によって王城から逃がされる。隠れた先の修道院で迎えがくるのを待っていたが、数年後、もたらされたのは頼りの綱だった国王陛下の訃報だった。「これからどうしたらいいの?」ひとりぼっちになってしまったクラーラは、見習いシスターとして生きる覚悟をする。そんなある日、クラーラのつくるスープの香りにつられ、身なりの良い青年が修道院を訪ねて来た。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる