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第二章 シルヴィアの店編

12.リゼッタは一人で歩く

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早朝、まだ日が昇らないうちに王宮を去ることにした。

ノアの静かな寝息を聞きながら、もう二度と触れることのない銀色の髪を少しだけ指に絡める。初めてアルカディア王国に来たときは、まさか自分が彼と婚約するだなんて夢にも思わなかった。そして、更にその幸せの先にこんな結末が待っていたなんて。

一緒に居ることで、ノアはいつも私に見たことのない景色を見せてくれた。手を取り合って優しく抱きしめられると、まるで自分は特別な存在であるような気がしたし、初めて人生の主役になれたようなおごりさえ覚えた。他人の顔色ばかり窺って、自分の感情を殺すことを当然としていた私に、そんな必要はないのだと教えてくれた。

シンデレラの魔法がいつか解けるように、私も本来のルートに戻るだけ。ただ、少しだけ魔法が解けるのは早かったから、私はお姫様の衣装を着ることは出来なかった。二度も婚約破棄した女なんて、逆に自慢できるだろうか。

「……さようなら。ありがとう、ノア」

誰にも拾われない声が部屋に響いた。目が覚めて、隣に私が居ないと分かった時、少しだけで良いから慌てて欲しいと思った。顔を合わせても悲しいだけなので、国王夫妻やヴィラに向けての手紙は部屋の扉の前に置いておくことにする。

短い間だったけれど、こんなに煌びやかな場所で彼の婚約者として過ごした数ヶ月間は、本当に夢のようだった。



◇◇◇




ひんやりとした空気が肌を刺す。

鶏もまだ鳴かないような時間なのに、きちんと門の前で仕事を務める門番は立派だと思う。何か問われると面倒なので、言い訳を考えながら早足で庭の中を進んだ。

「…リゼッタ様、どうされましたか?こんな時間に」

案の定、面食らったような顔を向けて私をマジマジと見る門番に「実家で急用ができたので」と俯いたまま伝えた。それは大変だ、と門を開きながら男は「お気を付けて」と私を送り出してくれた。

ノアと一緒でもなく、夜明け前に逃げるように宮殿を去る私に対して多少の不信感は覚えただろう。私の義両親であるアストロープ子爵夫妻が既に帰らぬ人となっていることを、おそらく彼は知らない。それらしい理由が疑われずに承認されて、内心ほっとした。

(これから何処に行こう……)

貰った服や装飾品を持って来るのも気が引けたので、ほとんど着の身着のまま出てきてしまった。先ずは何か仕事を見つけて寝床や食事の確保をしなければいけない。

ヴィラが以前、皿洗いなら日雇いでも雇用してくれると言っていたのを思い出したので、とりあえず飲食店を探そうとまだ暗い道を歩き出した。

街頭に照らされて長く伸びた影は一人分。

美味しいものを食べても、美しい景色を見ても、隣で笑ってくれる人はもう居ない。ノアの記憶が戻ったら、と馬鹿のようにまた湧き上がる期待を頭を振って追い出した。

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