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最終章 王都サングリフォンの龍
60 戻ってきた日常
しおりを挟む目を覚ました三日後、フランが退院した。
まだ騎士団への復帰は難しそうだけど、家で寝ていてもつまらないという理由から来週にでも顔を出すと本人は言っている。
プラムはそれはもう嬉しそうで、フランが帰ってからというもの、彼が何処へ行くにもくっついて回っている。昨日なんか寝る前の絵本まで彼に頼んで、大興奮したプラムは十六冊目の本を読み終わるまで寝なかった。
私はというと、昨日から騎士団としての活動には戻っていて、今日はたまたま休みをもらっていた。おそらくこれもゴアかフィリップあたりからの気遣いなのだろうけど。
「もうすっかりお父さんね?」
私はコーヒーを淹れながら話し掛ける。
パンを持ったままフランの手が止まった。
「プラムは……真っ直ぐ良い子に育ってるよ」
「ふふっ、そうでしょう?自慢の娘だもの」
「きっとあんたが今までそれだけ努力したんだろう。ありがとう、感謝する」
「なんだかルチルの湖で性格まで浄化されたみたい」
褒められるのは慣れてなくて、笑ってフランを見上げる。
フランは私の方は見ずに自分の手を眺めていた。
彼が持っていた龍の力は相変わらずその身体に残っているみたいだけど、ラメールからの厳しい言い付けで「絶対に使うな」と言われている。鱗のようになっていた皮膚の一部は、湖から上がったときには消えていた。
プラムはフランの子だけど、魔物の血は引いていない。というのも、彼自身が黒魔術で龍になっていただけだから、遺伝するものではないだろうというのが有識者の見解だ。ゴアの提案で、フランの件は第三班のメンバーの中だけに留めることになった。
「そういえば、一つ聞いて良い?」
「なんだ?」
私は顎に手を当てて口を開く。
「ベルトリッケでプラムが攫われたでしょう?貴方、あのときに自分が共鳴したって言ったけど本当?」
「……適当に言っただけだ。実際、共鳴なんて起こっていない。あのまま医者に好き勝手言わせたらプラムとあんたが疑われてたから、」
「フランもプラムも共鳴しないの…?」
「しないよ。たまたま合宿場に現れて、狙いやすい子供を攫ったんだろう。残った足跡がクマのものと似ていたから、川沿いを探したら見つけることが出来た」
「そうだったのね………」
安心してホッと息を吐く。
本当は少しだけ恐れていた。プラムがいつか人間でなくなってしまって、何処か遠くへ行ってしまうこと。また彼女の近くへ魔物が寄って来て、連れ去られること。
下を向く私の頭をポンと叩いてフランが視線を合わせる。
私は娘と同じ黄色い瞳を覗いた。
「せっかくの休みだ、出掛けないか?」
「………怪我人でしょう?」
「優秀な聖女様が治癒してくれたお陰で、そこまで傷は深くない。いつもより治りも早い気がする」
「貴方の言うことって信用できないんだけど」
「そう言われると返す言葉がないな」
軽く笑ってフランは立ち上がる。
「……じゃあ、」
「ん?」
「遠出は出来ないけど、近場で買い物ぐらいなら良いかもしれないわ。ちょうどトマトを買いたかったの」
「分かった。晴れてるし歩こう」
皿を洗い始めるフランの背中を見て、私はそそくさと部屋へと向かった。さすがにこんなルーズな部屋着で出掛けるわけにもいかない。
だけども、一度彼に私服の残念さを指摘されている手前、変な格好で隣を歩くのも気が引ける。クローゼットの中をジッと睨んで、私はダークグリーンのワンピースを取り出した。
(待って……干し草みたいじゃない?)
いやでも、無駄に気合いを入れるのも変だ。
これは無難に今まで彼の前で着たことのある服装を選択するのが良いだろう。特別感が出ないように。
「………何を張り切ってるんだか、」
姿見に映った自分の頬が紅潮していることに気付いて、慌てて顔を背けた。あのとき病室でフランの気持ちを明かされてから、私は妙に意識してしまっている。
急に色気付きたくないし、プラムの手前、母親としてきちんとする必要がある。赤い口紅に伸びた手を引っ込めて、いつも通りの薄いピンク色を唇に塗った。
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