上 下
64 / 68
最終章 王都サングリフォンの龍

60 戻ってきた日常

しおりを挟む


 目を覚ました三日後、フランが退院した。

 まだ騎士団への復帰は難しそうだけど、家で寝ていてもつまらないという理由から来週にでも顔を出すと本人は言っている。

 プラムはそれはもう嬉しそうで、フランが帰ってからというもの、彼が何処へ行くにもくっついて回っている。昨日なんか寝る前の絵本まで彼に頼んで、大興奮したプラムは十六冊目の本を読み終わるまで寝なかった。

 私はというと、昨日から騎士団としての活動には戻っていて、今日はたまたま休みをもらっていた。おそらくこれもゴアかフィリップあたりからの気遣いなのだろうけど。


「もうすっかりお父さんね?」

 私はコーヒーを淹れながら話し掛ける。
 パンを持ったままフランの手が止まった。

「プラムは……真っ直ぐ良い子に育ってるよ」
「ふふっ、そうでしょう?自慢の娘だもの」
「きっとあんたが今までそれだけ努力したんだろう。ありがとう、感謝する」
「なんだかルチルの湖で性格まで浄化されたみたい」

 褒められるのは慣れてなくて、笑ってフランを見上げる。

 フランは私の方は見ずに自分の手を眺めていた。
 彼が持っていた龍の力は相変わらずその身体に残っているみたいだけど、ラメールからの厳しい言い付けで「絶対に使うな」と言われている。鱗のようになっていた皮膚の一部は、湖から上がったときには消えていた。

 プラムはフランの子だけど、魔物の血は引いていない。というのも、彼自身が黒魔術で龍になっていただけだから、遺伝するものではないだろうというのが有識者の見解だ。ゴアの提案で、フランの件は第三班のメンバーの中だけに留めることになった。


「そういえば、一つ聞いて良い?」
「なんだ?」

 私は顎に手を当てて口を開く。

「ベルトリッケでプラムが攫われたでしょう?貴方、あのときに自分が共鳴したって言ったけど本当?」
「……適当に言っただけだ。実際、共鳴なんて起こっていない。あのまま医者に好き勝手言わせたらプラムとあんたが疑われてたから、」
「フランもプラムも共鳴しないの…?」
「しないよ。たまたま合宿場に現れて、狙いやすい子供を攫ったんだろう。残った足跡がクマのものと似ていたから、川沿いを探したら見つけることが出来た」
「そうだったのね………」

 安心してホッと息を吐く。
 本当は少しだけ恐れていた。プラムがいつか人間でなくなってしまって、何処か遠くへ行ってしまうこと。また彼女の近くへ魔物が寄って来て、連れ去られること。

 下を向く私の頭をポンと叩いてフランが視線を合わせる。
 私は娘と同じ黄色い瞳を覗いた。


「せっかくの休みだ、出掛けないか?」
「………怪我人でしょう?」
「優秀な聖女様が治癒してくれたお陰で、そこまで傷は深くない。いつもより治りも早い気がする」
「貴方の言うことって信用できないんだけど」
「そう言われると返す言葉がないな」

 軽く笑ってフランは立ち上がる。

「……じゃあ、」
「ん?」
「遠出は出来ないけど、近場で買い物ぐらいなら良いかもしれないわ。ちょうどトマトを買いたかったの」
「分かった。晴れてるし歩こう」

 皿を洗い始めるフランの背中を見て、私はそそくさと部屋へと向かった。さすがにこんなルーズな部屋着で出掛けるわけにもいかない。

 だけども、一度彼に私服の残念さを指摘されている手前、変な格好で隣を歩くのも気が引ける。クローゼットの中をジッと睨んで、私はダークグリーンのワンピースを取り出した。

(待って……干し草みたいじゃない?)

 いやでも、無駄に気合いを入れるのも変だ。
 これは無難に今まで彼の前で着たことのある服装を選択するのが良いだろう。特別感が出ないように。


「………何を張り切ってるんだか、」

 姿見に映った自分の頬が紅潮していることに気付いて、慌てて顔を背けた。あのとき病室でフランの気持ちを明かされてから、私は妙に意識してしまっている。

 急に色気付きたくないし、プラムの手前、母親としてきちんとする必要がある。赤い口紅に伸びた手を引っ込めて、いつも通りの薄いピンク色を唇に塗った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

選ばれたのは私以外でした 白い結婚、上等です!

凛蓮月
恋愛
【第16回恋愛小説大賞特別賞を頂き、書籍化されました。  紙、電子にて好評発売中です。よろしくお願いします(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾】 婚約者だった王太子は、聖女を選んだ。 王命で結婚した相手には、愛する人がいた。 お飾りの妻としている間に出会った人は、そもそも女を否定した。 ──私は選ばれない。 って思っていたら。 「改めてきみに求婚するよ」 そう言ってきたのは騎士団長。 きみの力が必要だ? 王都が不穏だから守らせてくれ? でもしばらくは白い結婚? ……分かりました、白い結婚、上等です! 【恋愛大賞(最終日確認)大賞pt別二位で終了できました。投票頂いた皆様、ありがとうございます(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾応援ありがとうございました!  ホトラン入り、エール、投票もありがとうございました!】 ※なんてあらすじですが、作者の脳内の魔法のある異世界のお話です。 ※ヒーローとの本格的な恋愛は、中盤くらいからです。 ※恋愛大賞参加作品なので、感想欄を開きます。 よろしければお寄せ下さい。当作品への感想は全て承認します。 ※登場人物への口撃は可ですが、他の読者様への口撃は作者からの吹き矢が飛んできます。ご注意下さい。 ※鋭い感想ありがとうございます。返信はネタバレしないよう気を付けます。すぐネタバレペロリーナが発動しそうになります(汗)

今まで頑張ってきた私が悪役令嬢? 今さら貴方に未練も何もありません

アズやっこ
恋愛
私、リリーシャには幼い頃から婚約者がいる。この国の第一王子、ルドゥーベル王子殿下。 私はルド様の隣に並ぶに相応しくなる様に、いずれ王太子ひいては国王になる殿下の隣に立つ為に、立派な王太子妃、王妃になるべく、公爵令嬢として恥ずかしくない様に、努力してきた。 厳しい淑女教育、厳しいマナー指導、厳しい王太子妃教育、厳しい王妃教育… 苦手な勉強だって頑張ったわ。 私の教育を担当して下さる先生方の厳しい指導で、何度明け方まで泣いた事か… それでも耐えたわ。 王太子教育も王妃教育も全て終わり、後は婚姻後、国の重要機密を教わるだけ。 15歳になり、王立学院に通う年齢になった時、私の教育を指導して下さった先生方から、「学院に通わず共、卒業出来るだけの学力、能力、淑女の嗜み、全てに秀でてる為、卒業証明の推薦状を書くから、少し休養なさい。長い間良く頑張りました」と言われた時は、涙が出ました。私、本当に頑張ったわ。 それなのに… ルド様は「真実の愛」を見つけて、私は真実の愛を邪魔する悪役令嬢なんですって。 それに、可哀想だから、王妃にはなれないが側妃にしてやる? 側妃として王妃の影として働け? 私、決めました! 悪役令嬢になったつもりもないし、側妃になんてなりたくない! ルド様の事、本当に大好きでした。ルド様の横に並べる様に努力してきました。 私の頑張りを全て水の泡にしたルド様の前から居なくなりたいと思います。 ❈ 作者独自の作品の世界観です。

悪女と言われ婚約破棄されたので、自由な生活を満喫します

水空 葵
ファンタジー
 貧乏な伯爵家に生まれたレイラ・アルタイスは貴族の中でも珍しく、全部の魔法属性に適性があった。  けれども、嫉妬から悪女という噂を流され、婚約者からは「利用する価値が無くなった」と婚約破棄を告げられた。  おまけに、冤罪を着せられて王都からも追放されてしまう。  婚約者をモノとしか見ていない婚約者にも、自分の利益のためだけで動く令嬢達も関わりたくないわ。  そう決めたレイラは、公爵令息と形だけの結婚を結んで、全ての魔法属性を使えないと作ることが出来ない魔道具を作りながら気ままに過ごす。  けれども、どうやら魔道具は世界を恐怖に陥れる魔物の対策にもなるらしい。  その事を知ったレイラはみんなの助けにしようと魔道具を広めていって、領民達から聖女として崇められるように!?  魔法を神聖視する貴族のことなんて知りません! 私はたくさんの人を幸せにしたいのです! ☆8/27 ファンタジーの24hランキングで2位になりました。  読者の皆様、本当にありがとうございます! ☆10/31 第16回ファンタジー小説大賞で奨励賞を頂きました。  投票や応援、ありがとうございました!

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

処理中です...