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第三章 ベルトリッケ遠征
36 その意味
しおりを挟む「…………どうしよう」
私はベッドの上に鞄を投げ出す。
フランが求める見返りというものが、おそらく金銭的なものであることは理解出来た。問題は私が今回の合宿にそこまでの大金を持って来ていないこと。
プラムのためにも家族は続けたい。だけど、彼は確か娘のためではなく自分のために選択しろと言ったはず。私のための選択とはいったい。
(特に何も望んでないけど……?)
強いて言うなら、もう少し私の前でも笑ってほしい。
私が見るフランの顔は大抵なんだか意地悪で、怒っているか澄ましているか、嫌味を言ってニヤついているかのどれかだ。自然な笑顔を最後に見たのはいつだっけ。
財布の中身を確認して溜め息を吐く。
なんとも頼りない資金力。
しかしまぁ、べつにここで全てを渡さなくても王都に戻れば銀行で下ろすことが出来る。必要であれば一筆したためても良いし、約束を交わせばフランも疑わないだろう。
ベッドで眠るプラムに目をやった。
柔らかい栗色の毛を撫でてみる。訓練の間は調理師や事務員が交代で遊んでくれたお陰で、なんとかグズらずに一日を終えることが出来た。
サイラスには私たちの複雑な事情を話し、プラムがフランのことを父だと信じていると伝えた。納得はしていないものの了承はしてくれたので、彼の口からプラムが何かを聞くことはないと思う。
とりあえず、問題の一つは解決。
今日は渦中のベルトリッケの街の様子を見て来たけれど、一見では特に問題があるようには見えず、魔物の気配も感じられない。どこにでもある地方都市といったイメージで、人々も平和そうに買い物をしていた。
(あまり時間もないし……行くしかないわね)
重たい腰を持ち上げる。
残る問題に向き合わなければいけない。
◇◇◇
「……つまり、あんたは俺が金の無心をするためにわざわざ部屋まで呼んだと?」
「ええ…はい、その通りで……」
「金に困っているように見えるか?」
「………あんまり」
フランは一人用のソファに腰掛けたまま、片手で顔を覆った。
十時過ぎということで、彼の部屋を訪れるのは緊張したけれど、話があると言ったのはフランの方だし、幸いにもこの階には他の団員の部屋はない。
「ローズ、薄々気付いていたがわざとじゃないんだな?俺はあんたがそういうすっとぼけた顔をするのが趣味なのかと思っていたんだが」
「悪いけどこれは私のデフォルトです」
「なるほど、面倒な装備だ」
あからさまに嫌な顔をして息を吐くと、フランは私の方に向かって手招きをした。
「なんですか?」
「俺の前に来い」
「………?」
いったいどんな罵倒が飛んでくるのかと怯えながらフランの前に立つ。いつも見上げる綺麗な顔が自分よりも下にあるのは変な気分だった。
「もう良い。フリーハグ一回でチャラにしてやる。金の取り立てをするほど腐ってない」
「フリーハグ……?」
「あんたがいつもプラムにしてるやつだよ。安いもんだろう。こっちは日中もあの医者の追求の目を感じて疲れてるんだ、癒してくれ」
冗談なのか微妙なラインだけど、ハグ一つで彼の鬱憤が晴れるのであればそんなに良い話はない。
おずおずと両手をフランの背中に回す。
シャツの首元にフランの毛が触れてくすぐったい。
「あのね…考えてみたんだけど、私たちには貴方が必要だと思う。もう少し一緒に居てくれた方が…私も嬉しい」
恥ずかしさを誤魔化すようにゴニョゴニョと言葉を発してみたけれど、フランはそれには答えを返さずに不満そうに顔を上げた。
「………医者に抱き付いてた時はもう少し勢いがあった」
「見てたの……?」
「嫌でも目に入るだろう。目の前で抱き付かれたら」
「久しぶりの再会だったんだもの。感情が昂ったのよ」
「あんたの気持ちを揺さぶれるのは羨ましいな」
「え?」
思わず下を見るとフランもまたこちらを見ていた。
「俺にも見せてくれたら良いのに」
「フラン……?」
心臓が妙にバクバクする。
私は慌てて右手を重ねて音が聞こえないように願った。
今までだってこんな距離感で話すことはあったし、なんならキスされたことすらある。だけど、今日の胸騒ぎはなかなか治ってくれず、仕方がないので私は「プラムが起きるので今日はこのあたりで!」と告げて逃げるように部屋を出た。
目を閉じて静かな夜に沈みたいのに上手く出来ない。その日は、自分の身体がまるで他人のものみたいに感じた。
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