4 / 68
第一章 マルイーズの穢れた聖女
02 彼女の父親
しおりを挟む「え……喧嘩ですか?」
私の言葉に施設長のルルは困った顔をする。
「ええ。いつもはこんな事ないんだけど、今日は別の女の子と遊んでるときに一悶着あったみたいでね。私が見た時にはプラムちゃんが相手の子の髪を引っ張ってて…」
「そんな……ごめんなさい、相手の方は?」
「子供同士の喧嘩だからってお咎めは無かったわ」
「………そうですか」
私は隣に立って私のスカートの裾を握るプラムの顔を覗く。小さな両目に涙をたくさん溜めて、娘は顔を赤くして歯を食いしばっていた。
私は知っている。
これはプラムが何かを我慢している姿。
施設長ルルに別れを告げて帰宅する道中、プラムは一言も言葉を発しなかった。いつもその日あったことを嬉しそうに連絡してくれるのに、今日は何も話さない。
家に帰って夕食の準備をしている間も、静かにお人形遊びをしているだけで、私は不安になって夕食の場でついに声を掛けてみることにした。
「プラム、何かお話することはある?」
ぶんぶんと大きく頭が振られる。
「そっか。じゃあママからお話するね。ママは今日、広場の教会で建物を浄化するお仕事をしたの。古い建築物は昔掛けた祈祷が弱まっているから、一度浄化して悪いものを追い出してから新しく祈祷し直すのよ」
「……そうなの?ママ明日もお仕事行く?」
「ええ。でも祈祷はすぐ終わるから」
「プラム、明日もルルさんのとこ?」
「うーん…そうねぇ」
私の返事を聞いて、プラムの顔が再び陰る。
同時に止まったピンク色の持ち手のスプーンを見ながら、私はそっと娘の顔を覗き見た。
「プラムは今日、どんな一日だった?」
「…………」
「ママに何かお話することある?」
「………プラム、けんかした」
「喧嘩?」
「キャサリンちゃんが、プラムの家にはパパが居ないって。パパが居ないのはへんだって言った」
私はビックリして掛ける言葉を失った。
しかしすぐに、気を取り直して娘の手をさする。
「そうなのね。それで髪を引っ張ったの?」
「………うん」
「あのね、プラム…キャサリンちゃんが言ったことは良いことじゃないけど、髪を引っ張るのはダメだよ」
「でも…!キャサリンちゃんが!」
「うん。プラムが悔しい気持ち分かるわ。だけど、何を言われても手を出してはいけないの。プラムのこのおてては、大切な人を守るためにあるから」
黄色い瞳を涙で濡らして、プラムは小さな手に目をやる。
「明日、ママと一緒に謝りに行こう?」
「うぅっ……ごめんなさいする…」
ポタポタと透明な雫が机の上に何滴か落ちた。
自分には母親しか居ないと、寂しい思いをさせていることは分かっている。まだ幼い娘に片親である事実を理解させるのは酷だとも思う。
プラムはいつか、私のことを恨むかもしれない。
身勝手な母だと罵って家を出て行く可能性もある。
「プラム、パパは遠くに居るの。きっと私たちのことを見守ってくれているはずよ」
「ほんとう?パパはプラムのこと見てるの?」
「ええ。ママも貴女のこと大好きよ。プラムは?」
「………プラムもママがすき」
「ありがとう」
ぎゅっと指先を握って、柔らかな顔に頬ずりをする。
それから私たちは星型に切ったニンジンの載ったサラダを食べ終えて、食後のケーキを二人で囲んだ。プラムの好きなイチゴのショートケーキを食べながら、私は討伐遠征に参加する決意を彼女に伝えた。
「遠征の間、しばらく会えない。だけどママの友達のメリルが預かってくれるって言うから、バニラやサルートも居るし寂しくないわ」
「ママ……帰って来る?」
「うん、一週間で戻る予定よ。もっと早くなるかもしれない。ママが戻ったら……」
一緒にこの街を出て行こう。
その言葉は言えずに、私はプラムの栗色の毛を撫でた。
223
お気に入りに追加
573
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる
佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます
「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」
なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。
彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。
私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。
それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。
そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。
ただ。
婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。
切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。
彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。
「どうか、私と結婚してください」
「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」
私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。
彼のことはよく知っている。
彼もまた、私のことをよく知っている。
でも彼は『それ』が私だとは知らない。
まったくの別人に見えているはずなのだから。
なのに、何故私にプロポーズを?
しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。
どういうこと?
============
番外編は思いついたら追加していく予定です。
<レジーナ公式サイト番外編>
「番外編 相変わらずな日常」
レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。
いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。
※転載・複写はお断りいたします。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる