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第二章 男爵とそのメイド

67.残された時間

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「で、どうだったの?」

「えっと……どうとは…?」

 分かってるくせに、と腰に手を当ててイザベラは口を曲げます。私はりんごを小さく刻む作業に集中するために「何のことか分かりません」と突っぱねました。

「旦那様の顔を見たらすぐ分かったわ。何もかも上手くいったんだってね」

「………っ!」

 冷静に在りたい私とは裏腹に、感情通りにすぐ動いてしまう身体は、勢い余って私の指先を包丁で切り落としそうになりました。あと数ミリで確実に切れていたので、私はいったん包丁を置いて興味津々のイザベラに向き直ります。

 何が聞けるのかと目をキラキラさせる彼女に仕事中であることを伝えようと口を開いたところで、厨房の奥でコンロを磨いていたオデットがこちらを見ていることに気付きました。

「オデットさん……?」

「アンナ、アンタは良いのかい?」

「え?」

「旦那様はたしかに雇用主としては最高さ。私だって良くしてもらって感謝してる。だけど……男としてどうなのかは正直なんとも言えない」

 そう言って閉口する老婆を見つめます。
 彼女もロカルドから彼の過去について聞いたのかもしれません。ただれた交友関係や、傷付けてしまった婚約者について、何か知っているのでしょう。


「………そうですね。私にもよく分かりません…でも、何も過ちのない人なんて居ないと思うんです」

 私はオデットの黒い瞳を見つめて話し続けます。

「大切なのは、その罪を認めてきちんと反省できるかどうか。残りの人生を懸けて償うことが出来るならば…周りの人たちは、ただそれを見守ってあげれば良いのではないでしょうか?」

「あんた……甘ちゃんのわりには良いこと言うね」

 ふんっと鼻を鳴らすオデットの後ろでイザベラが「素直じゃないんだから」と笑います。

 ロカルドに婚約を反故された令嬢のことを思うと、もちろん胸は痛みます。自分の立場に置き換えて考えても、絶対に許すことなど出来ないでしょう。

 だけど、己の罪を懺悔して深く悔やむのならば、自分を改める時間を彼にも与えてほしいと思うのです。残された長い人生を生きる者として、ただ罪悪感に沈むのではなく、少しぐらいは笑ったりする瞬間があっても良いと思うのです。

 私は、ロカルドに優しすぎるのでしょうか?


「それに…同じ痛みを味わうのも良いかもしれません」

「同じ痛み?」

「旦那様が今まで女性と派手に遊んで来たのであれば、彼と結婚する女性に同じことをされても文句は言えないはずです」

「アンナ、なんて恐ろしいことを……」

 驚くオデットに尚も説明を続けようとしたら、扉が開いてロカルドが部屋に姿を現しました。

 アドルフが車の鍵を失くしたというから一緒に探してくれ、という頼みを聞いてオデットとイザベラはすぐさま部屋を出て行きます。慌てて後を追おうとした私の首根っこをロカルドが捕まえました。

「んぐっ!」

 咳き込んで睨み付ける私を、主人は涼しい目で見下ろします。

「何やら怖い話が聞こえたんだが、」

「はて…何のことでしょう?」

「君が他の男と遊ぶとかなんとか……」

「あら。だって、旦那様は仰っていたじゃありませんか。私だけは貴方を最後まで軽蔑して、罵倒して、唾を吐いてくれって」

「……少し改悪されているような気がするけども、そうだな。たしかにそう言った。だけど、本当に…?」

 私はロカルドの手をすり抜けて廊下へ躍り出ます。
 心配そうな彼の目を見て「どうでしょうね」と笑うと、イザベラたちに加わるために庭の方へと歩みを進めました。

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