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第二章 男爵とそのメイド
66.待ち人来たる
しおりを挟む到着したターミナルにはすでに多くの乗車客が待っていました。田舎町であるヴィラモンテにここまで人が集まるのは、今日が週末だからでしょうか?
「実は、もう一人待ち合わせをしている」
両手を擦り合わせながらバスの到着を待っていると、ロカルドがそんなことを言い出しました。私は不思議に思って首を傾げます。べつに誰が来ても構いませんが、もう迫りつつある出発時刻に、はたしてその人は間に合うのかしらと心配になりました。
談笑するルシファーとコリン夫妻を見ながら黙って立っていると「来たな」とロカルドが短く言って、私の肩を突きました。私は彼が指差す方を振り返ります。
そして、驚きのあまり言葉を失いました。
「………嘘でしょう…?」
それは信じられないことでした。
私の視線の先で、窺うようにこちらを見ていたのは、もう二度と会うことはないと思っていた弟のニックでした。
最後に顔を会わせたのは、忘れもしない三年前の冬のこと。彼は夜遅くに帰宅した私に泣きながら仕事のことを問い詰めて、翌朝にはすでに家に居ませんでした。
「ニック?ニックなの……?」
「ごめん、姉さん……僕、」
私は震える手を握り締めて主人を見上げます。
ロカルドが頷いたのを見て、前へ踏み出しました。
久しぶりに抱き締めた弟は三年前よりも背丈も伸びて、身体付きもしっかりしています。満足できるだけの食料を与えてあげられなかったあの頃と違って、今は十分な生活を過ごしているのだろうと安心しました。
「ミュンヘン男爵が、連絡をくれたんだ。王都へ姉さんを連れて行くから、少しでも良いから会えないかって。本当は昨日会う予定だったんだけどね」
「あ……ごめんなさい、あれは私が…」
「あのね、ずっと手紙を遣り取りしていたんだ。初めて連絡が来たときはすごく驚いたけど、嬉しかった。あんな形で出て来たから、僕からは連絡出来なくて…本当にごめん」
涙が込み上げて、上手く前が見えませんでした。
諦めていた唯一の家族がこんな形で姿を現すなんて、信じられないのです。本当は今だってずっと、それこそ昨日の夜のことから何もかも全部、夢ではないかと思うのです。
言葉が出て来ない私の代わりに、ニックは何度も私の手を握って「また会いに行くからね」と伝えてくれました。彼は今、王都で写真家の見習いをしていて、独り立ちするために勉強中だと教えてくれました。
出発を知らせるバスの運転手の掛け声に、ニックは慌てて私の背中を押します。私は目をゴシゴシ擦りながら、ロカルドの手を借りて再びバスへと乗り込みました。
「………旦那様はいつも、私の想像もつかないことをやって退けますね」
走り出したバスの中から、手を振るニックを見つめて私は溢します。
「君が思っているよりも俺は良い雇用主なんだよ」
「じゃあ、メイドにはみんな同じように接するのですか?」
「いいや……君は特別だ」
言ったあとすぐにロカルドは口元に手を当てて「今のは言わされた感がある」と赤面しました。私は少し笑って空いた方の彼の手を握ってみます。自分よりも大きな手を包み込んで、口付けました。
「私も貴方が特別です」
顔を上げたら我が主人はどんな顔をしているでしょうか?
それはそれは可愛らしい反応を見せてくれると思うのです。
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