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第二章 シルヴェイユ王国編
49.メイ、それは本心か?◆ロイ視点
しおりを挟む「………ロイ様?」
静かな空気を揺らす鈴の音のような声に顔を上げる。
食卓についた全員がこちらを見ているから、もしかすると何度か彼女は自分に声を掛けたのかもしれない。目だけで「どうしたんだ」と訝しむ父に憂鬱になりながら口を開いた。
「すみません、ブリジット様。考え事を少々…」
「まぁ。随分と思い悩んだお顔をされていたから、心配しました。よろしければ内容を伺っても?」
「つまらないことです。貴女のお耳に入れるほどではない」
「ならば良いんですが……」
ブリジットはそう言って身を引く。
実際、彼女に意見を仰ぐようなことではなかった。
食事の最中に考えていたのは、終始空気の悪かった買い物からの帰り道のことで、別れの挨拶もそこそこに足早に自室に引き返した自分の子供染みた態度に呆れていたのだ。
メイは今頃アビスに付いて王宮のあれこれを教わっているところなのだろう。どういう流れで彼女がシルヴェイユに来てしまったのかは分からないが、彼女が居た世界に比べると随分と後進的な国だから、きっと帰りたくて堪らないはずだ。あの発展した世界と比較すると、何も面白いものなどないだろうから。
そこまで考えて、イヴァンのことが浮かんだ。
イヴァン・ローレライは自分よりいくつか年上の王宮魔術師だが、驚くことに彼はメイのプレイするゲームに登場するキャラクターらしい。正直信じがたいが、彼女のうっとりした顔を思い返すに、真実なのだと思う。
(イヴァンの攻略か………)
なんだそれは。そんな軽い気持ちで動くのか?
彼女にとっては自分の存在も単なるキャラクターの一人で、過ごした時間も暇つぶし程度だったのだろうか。寂しさを紛らわせるために利用されるなら本望だが、代えのきくその他大勢であったというならショックではある。
しかし、だからといって物申す権利はない。
彼女がイヴァンに興味を持って、その結果恋愛関係になったとしても、意見する立場にないのだ。だって自分には婚約者が居るのだから。
「アナベル様、そちらがシルヴェイユの涙ですか?」
ブリジット王女の無邪気な声に顔を上げれば、彼女の目は母であるアナベルが身に付けた青い指輪に向いていた。王妃に代々受け継がれるその宝石は、今日も美しく輝いている。
「ええ。よくご存知ね」
「ブリジットはこちらを訪問する前から指輪のことを気にしていましてね。願いを叶えることが出来るとは本当で?」
ブリジットは実父の隣で嬉しそうに頷く。
母アナベルは困ったように笑った。
「単なる言い伝えに過ぎないわ。なんでも願いを叶えるならば、私はとっくに自分の老化を止めているもの」
「またまた!宝石に負けず劣らずの美貌を誇るアナベル様が言うと嫌味に聞こえますぞ!」
地響きのような笑い声が食卓を揺らす。
皆が各々の飲み物を飲んだり、談笑する様子を見ながら、心が落ち着かなかった。こんな場所で何をしているのだろう。メイを見知らぬ世界で使用人として働かせて、どうして自分は平然と食事をしているのか。
「すみません、先に部屋に戻ります」
「そんなに急ぐ用事があるのか?」
立ち上がってそう告げると背中に低い声が刺さった。
振り返ると父がこちらを睨み付けている。
「………はい」
「来賓の前だぞ。あとで私の部屋へ来て説明しろ」
「申し訳ありません。ブリジット様…埋め合わせは必ず」
バルバソ王国から来た二人は不思議そうに頷く。
こんなに不誠実な婚約者で申し訳ないと思う。
メイに確認しなければいけない。彼女の気持ちを聞いて、自分の気持ちをもう一度伝えて。それでもまだ「貴方の幸せを祈る」なんて言われれば、大人しく自分の役割を演じよう。
だけど、もしも。
彼女が受け入れてくれるなら、その時は───
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