上 下
49 / 51
第二章 シルヴェイユ王国編

48.殿下、それは責任感ですか?

しおりを挟む


 その後、鳥の丸焼きやらチョコレートで出来た巨大な城の模型やらを見た気がするけれど、あまり記憶が定かではない。景色はすべて私の目をすり抜けて何処かへ消えた。ロイの説明もほとんど耳に入らず、左から右へ抜けて行った。

「メイ、どうしたんだ?」
「………ううん。何でもない」

 ロイは不思議そうな顔で首を傾げる。
 本当は何でもなくない。

 私の頭は単純な作りなので、たった一回のキスで思い出してしまった。

 記憶の奥底に鍵を掛けて閉じ込めたあの夜のこと。濡れた浴衣から落ちる雫であったり、珍しく真剣な彼の青い双眼を、私はまだ十分に覚えている。婚約者との幸せの頂点に向かって走り出したロイの背中が遠い。こんなに近くに居るのに。

「もう帰りましょうか?」
「疲れたのか?」
「はい。ちょっと疲れちゃいました」

 そう言えばロイは分かってくれる。

 黙って二人で歩きながら、これから自分がするべきことを考えた。ロイの邪魔はしてはいけない。これはもう絶対に、なんとしてでも守るべき約束だ。

 いっそ、イヴァン・ローレライを攻略するルートに向かっても良いかもしれない。王宮の魔法使いって響きはなんだか格好良いし、鬼畜は嫌だけど溺愛でもしてくれたら私の枯れ果てた心も潤うってもので。


「せっかく異世界に来れたし、楽しまないと」
「………何を?」

 小さく拳を握る私を見る目は心配そうだ。
 声が暗くならないように口角を上げて口を開く。

「私、本当にロイの幸せを願ってるの。だから今日みたいな真似はやめてくださいね」

 誤魔化すにしても下手すぎです、と揶揄うように言い添えればロイはもうそれ以上何も言わなかった。反応がないのを良いことに、私の口はするする言葉を紡ぐ。

 馬車の側で待っている御者の姿が見えた。
 またあの揺れを経験するのかと思うと憂鬱だ。

「私も頑張るから。さっきは断ったけど、イヴァンさんを攻略するのも楽しそうだし。まぁ、ちょっと自分の魅力を底上げする必要がありますよね」

 ははっ!と笑ってみたところで返答はなく、一人芝居も虚しくなったので私も黙る。名目上は夕食のための買い物だったので、ロイは購入したフルーツのカゴを御者に渡して、沈黙したまま馬車に乗り込んだ。


「………さっきの話だが、」

 無口な王子が口を開いたのは王宮が見え始めた頃のこと。
 私はやっと機嫌を直した彼が何を言うのか身構える。

「良いんじゃないか、やってみれば」
「何をですか?」
「イヴァンの攻略でもなんでも好きにしろよ」
「…………、」

 前を向いたままで淡々と言葉を吐くロイの顔は、知らない人みたいに冷たく見えた。

「俺は恩人としてお前の世話をする必要がある。この世界に居る間は頼ってくれ」
「………ありがとう」
「でも、メイが誰か他に、お前を支えてくれる人を見つけたら俺はもうお役御免だ。それが、イヴァンだろうと誰だろうと」
「うん…そうですね」

 お役御免。まるで責任感から仕方なく一緒に居るみたい。
 そりゃあそうなんだろうけど。

 こっちだって時間とお金を投げ打って共同生活していたのにそんな言い方は酷いと思う。どうしてあの頃みたいに楽しく会話が出来ないのだろう。なんで、ロイも私も喧嘩するみたいに言葉を吐いてしまうのか。


「メイ、俺もお前の幸せを祈ってるよ」

 何度も自分が押し付けた言葉が、こんなに強い威力を持っていたことに驚きながら、私は「ありがとう」と小さく礼を述べるので精一杯だった。




◆お知らせ

ごめんなさい。もう新年も明けてバレンタインが迫っているのにシルヴェイユはまだ真冬です。亀更新の極みですが鬼畜眼鏡の本領を発揮させるために連載は続けます。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました

柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」  結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。 「……ああ、お前の好きにしろ」  婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。  ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。  いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。  そのはず、だったのだが……?  離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。 ※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。

処理中です...