上 下
46 / 51
第二章 シルヴェイユ王国編

45.殿下、それは鬼畜眼鏡では?

しおりを挟む


 メイド服。
 それはメイド喫茶やらでコスプレ衣装として着られるもの。某激安の殿堂などでその服は見たことがあるけれど、まさか自分がこの年になって着ることになるとは。

「良いですか、見習い。ロイ坊っちゃまは朝はゆっくりされる方です。間違えても寝室に勝手に入るなどはしてはいけません!」
「………はい」
「朝食の前に薔薇の花びらを浮かべたお風呂に入ることがありますから、その際は浴槽を掃除する際にすべての花弁をまずは取り除くこと」
「薔薇の花びら…?」

 思わず吹き出しそうになった。1LDKの風呂の狭さに文句を垂れていた彼はこの世界では大層な生活をされているようだ。花びらを掬うネットの場所を聞きながらボケっとしていたら、アビスという名の年配のメイド長の逆鱗に触れたようだった。

「見習い!聞いているのですか!?」
「私の名前はメイです」
「見習いは見習いです!坊っちゃまはグーテンベルグ家の跡継ぎなのですから、無礼がないようにしてください」
「分かりました。ロイ…様に呼ばれているのでそろそろ行きますね。失礼します」

 アビスがまた何か言い出す前に私は踵を返してロイの部屋へと向かう。自称皇太子というだけあって王族の彼の家は部屋数も多いし、使用人の教育も徹底しているようで。

 私は膝丈でひらひらと旗めく自分のスカートの裾を見ながら長い廊下を走る。壁に掛かっている肖像画はこれまでのグーテンベルク家の当主たちなのだろうか。金髪に王冠を被っていかにもな表情でこちらを見据える男たちは、ロイによく似ていた。

 とんでもない場所に来てしまった。
 でも、それはかつての彼も同じ思いだったはず。

 私は初めて出会ったロイを完全に不審者だと思ったし、ごはんこそ提供したものの、警察に突き出すかどうかも悩んだりした。

 彼はよく私の部屋で粛々と生きていたものだ。今日の夜、私は安眠出来るのだろうか。慣れないベッドで何度も寝返りを打つ自分の姿は容易に想像出来る。

 考えごとをしていたせいで、勢いよく曲がった角先で人に激突した。相手は驚いた様子で一歩下がり、私は慌てて舞い落ちる書類に手を伸ばす。シルヴェイユ王国の文字なのか、何やら見慣れぬ文字が羅列された紙の束を手で整えて顔を上げた。


「すみません、私のせいで!」
「見ない顔ですね。新しく雇用された方ですか?」
「はい。あの……?」

 差し出した書類を受け取った男は黒縁の眼鏡の下に笑みを浮かべたまま、私の手を離さない。にこにこした優しい笑顔と裏腹に結構な力を入れて掴まれているので、どうしたものかと焦った。

「ごめんなさい、手を…えっと……」
「あ!そうですね、あまりにもお美しい方だったので」
「………はい?」
「どちらの部屋へ向かうのですか?ご案内しましょう」

 びっくりして言葉が出なかった。
 転生したら乙女ゲームの主人公でした、的な展開ならば納得するものの、私は見た目も中身も変わらずただの平凡な女だ。むしろ転移して来た皇太子を追ってこの世界に来たのですが……

 未だに手を離さない男の姿を観察する。

 足首まである長い濃紺のローブはフード付きで、少し長めの黒髪に黒縁眼鏡。一見穏やかそうだけど、こういうタイプって乙女ゲーム界隈では意外とヒロインに執着してネチネチと追い掛け回したりする。一昔前にブームの去った黒縁眼鏡だけど、この容姿に心臓撃ち抜かれる層もまだ一定数は存在すると思う。かく言う私もその類なので。

(………というか、この顔どこかで……)

 既視感のある立ち絵に、顎を手に当ててそろりそろりと全体を眺めていると後ろから聞き覚えのある声が飛んで来た。


「メイ!」

 振り返るとロイが険しい顔でこちらに向かって走って来る。それを見て私は、自分がロイの部屋に行く途中だったことを思い出した。いきなりのインテリ眼鏡の登場で停止していた思考がゆっくりと動き始める。

「イヴァン、彼女は俺の専属メイドだ。手を離してやってくれ」
「なんと……それはそれは。ロイ様のお世話は今までメイド長のアビスが自らすべて行っていたと聞いていたので、正直驚いています」
「気が変わったんだよ。アビスばかりに任せてられない」

 彼女の後継者も必要だろう、ともっともらしい言い訳を平然と言い放つロイの顔を見据えて眼鏡の男はまた少し笑った。

 なんだろう、この見たことある感じ。
 あり得ないのだけれど私は彼の顔をとてもよく知っている気がする。優しそうなのに目の奥が笑ってないこういう笑顔をなんて言うんだっけ。

「メイさんと言うんですね。また近々お話しましょう」
「え……あ、はい」

 何を?という疑問を私に残してイヴァンは去って行く。
 風を受けて耳にかかった黒髪が揺れた時、耳に付けた個性的なピアスが目に入った。キラキラ光る青色の小さな宝石が揺れている涼しげなデザイン。

 そうだ、私はこの男を知っている。


「『鬼畜眼鏡の溺愛ラビリンス』のイヴァン・ローレライ!?」

 口から飛び出した声は想像したより大きく廊下を震わせた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました

柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」  結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。 「……ああ、お前の好きにしろ」  婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。  ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。  いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。  そのはず、だったのだが……?  離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。 ※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。

処理中です...