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36 一方通行
しおりを挟むネロがあまりにも何も言葉を発しないので、オリヴィアは徐々に恥ずかしくなってきた。自意識過剰な女だと思ったのだろうか?
だけど、こんな場所まで自分を探しに来てくれて、話をしたいだなんて、好きか嫌いかで言うと何かしらの好意はあるのではないかと思われた。人としてとか、話し相手として、とか。
「す、すみません!なんだか勘違いだったかもしれないのですが、嫌われてはないのかなと思って……!」
「好き……?」
「いえ、なので、べつに恋愛に限定した話ではなく!友愛とか家族愛とか!世の中には色々な好意があるので、皇帝陛下も何かしらの良い気持ちを私に対して持ってくださっているのかと、」
思った次第です、と消え入りそうな声で続けた。
青い目を宙に向けてただ茫然とした顔で動かないネロが徐々に心配になってくる。そんなに深い意味で聞いたわけではないのに、いったい何故彼はこうもショックを受けているのだろう。
大通りから一本入っているからか、部屋の中までは外の喧騒が届かない。オリヴィアは自分が寝泊まりしていた部屋の薄い壁を思い出して、改めて宿の格の違いを感じていた。
「オリヴィア、」
ようやくネロが口を開いたのは、オリヴィアが黙ってから五分ほどが経過した頃で、彼が受けた驚愕はいくぶんか落ち着いたように見えた。
「はい……?」
いつまでもベッドの上で伸びているわけにもいかないので、とりあえず上体を起こした上でその顔を見つめる。
「お前に言われて気付いたんだが……もしかして俺はお前のことが好きなのか?」
「え?あ……そうですね、お気に入りのダッチワイフ的な感情はあるかと思います」
「いや、それだけではなく……なんというか………オリヴィアを見ていると抑え難い欲望は湧いてくるけれど、同時に……なんだこれは?」
「陛下?」
額に手を当てて再び俯くネロを眺める。
オリヴィアは少し心配になっていた。
変に彼の気持ちを刺激するようなことを言ってしまったせいで、皇帝は自分でも理解出来ない感情に混乱している。彼自身が分からない気持ちをオリヴィアが知る由もないのだが、責任は感じていた。
「俺は、お前がデニスと居残りで料理研究をすることが嫌だった」
「あ、そうなのですか?」
「そりゃそうだろう。二人っきりで男と女が密室に何時間も籠るんだぞ?絶対に何か破廉恥なことが起きるに決まっている」
「………は?」
「アイツは優男みたいな顔をしているが、実はとんでもない野心家なんだ。デニスの父親がその昔王宮で働いていた関係でよく一緒に遊んだが、暇さえあれば父親の真似をして料理を作って母に届けていた」
「母って?」
「皇太后だよ」
オリヴィアは驚いて目を見開く。
まだ子供のデニスが、恐れ多くも皇太后に料理の試食を頼んでいたというのは想像が出来なかった。オリヴィアの中の皇太后のイメージは、気が強く、厳しく、子供の遊びに付き合う人ではなかったから。
いつの日かデニスが語っていた、彼が料理人になったきっかけのことが浮かんだ。「ある人に認められたくて」と彼は言っていたけれど、それはもしかして若かりし日の皇太后だったのだろうか。
「とにかく、嫌なものは嫌だ。だいたい、今の厨房は男が多過ぎる。お前の夢ゆえに仕方がないことだが、本来であれば俺の専属の──」
「陛下?」
「なんだ?」
「そ、それって……嫉妬とかじゃないですよね?」
ネロの顔からまたスンッと表情が消えた。
暫しの沈黙が部屋に流れる。
どういうわけか冷や汗が止まらないオリヴィアの前で、皇帝は「なるほど」と溢して納得したように二度首を振って頷いた。
「嫉妬かもしれない」
「………っ!」
「自分で考えていたよりも俺はお前のことが気に入っているようだ。これは肉体的な欲求に付随するものだと思っていたが、多分違う」
「と、言いますと?」
「オリヴィアが好きだ」
至って真顔でシンプルな告白を済ませると、皇帝はその剛腕でオリヴィアをベッドに押し倒した。抵抗する間もなく荒い口付けが降ってくる。
オリヴィアは堪え切れず、人生初の平手打ちをかました。
「陛下……!恋は一方通行では成り立たないのですっ!私はまだ自分の気持ちをお話していません!」
◆おしらせ
こちらがまだ完結していないのですが、短編を一つ書いたのでアップしました。淫紋術師がしくじる話で、9話ほどで終わります。内容は薄めですが、お時間あればどうぞ。
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