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報告書 1

日報 9

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 ーー「緊急依頼です!只今”次空震”が発生しました!震度はレベル3です!よろしくお願いします!」

「おぉっ! 行くぜ!」
「”レベル3”だと”クラス”だな、女の子が襲われたら大変だ、急げ~っ!」

 響き渡るサイレンの音に続き、ギルド職員の緊急依頼の声を聞いた冒険者たちが、次々と冒険者ギルドの建物から飛び出して行く。

「な、何だっ!? システィーナさん、皆んないったいどうしたんです?”次空震”っていったい何なんですかっ!? 」
「『何?』ってキュウトさん、”次空震”ですよ!”涌き”じゃないですかっ!? 」

 突然の状況の変化に訳が分からなかった救人は、システィーナに事態の説明を求めたのだが、返って来たのは更に訳が分からなくなるような答えだった。

「え?えっ!?『涌き』? 涌きって何なんですか?」
「…っ!? ごめんなさい、そういえばキュウトさんは【迷宮都市ここ】と全然違う場所から”飛ばされて”来たんですものね。”迷宮の中”では、モンスターは繁殖して増えるのでは無くて、突然壁や床から浸み出す様に現れる事は知っていますか?」
「ええ…、ま、まあ… 」

 システィーナの言葉に、よく分からないながらゲームや漫画でのモンスターとのエンカウントが現実になったなら、そんな感じなんだろうな、と返事を返す救人。

「ここメイズロンドは【迷宮都市】です。迷宮からはモンスターの素材や”コアストーン”、隠された財宝など、上手く行けば莫大な利益を得る事が出来る為、”一攫千金”を目指して毎日多くの冒険者達が命の危険と引き換えに迷宮へと挑んでいます。そして、そんな冒険者達を中心にして、宿屋や武器屋、アイテム屋から、迷宮から持ち帰られた物品の買い取りをする商人達など、どんどん人が集まって出来ていったのが【迷宮都市】と呼ばれるようになり、大陸各地に存在する迷宮の側には必ずここと同じような【迷宮都市】が存在しています。…ここまではいいですか?」
「はい… 」
「話を元に戻しますが、普通はその現象は”迷宮の中のみ”で発生するだけなんですが……、これは後から判明した事なのですが、どうやらこの街の近くにある迷宮は及ぶ相当な広範囲の巨大迷宮だったようなんです。それで、迷宮機能の誤作動エラーなのか、時々地下にしか出現しないはずのモンスターが地上に現れて来るんです。その様子が地面から現れて来る為、通称”涌き”と呼んでいるんですよ 」

 嘗て救人も読んだ事もあるファンタジー物の小説の中にも、【迷宮都市】の様な街の描写があった。
 迷宮に挑む数多の冒険者やそこに群がる商人達などで賑わい、迷宮からもたらされる莫大な利益によって大きく発展する反面、時には迷宮からのモンスターの氾濫スタンピードに曝される危険も併せ持つ街だった。

 そうした街の多くは、物語ので実際に氾濫したモンスターの大群によって壊滅の危機に陥いるのだが、多数の犠牲を出しながらも主人公やその仲間が街の冒険者や騎士団と力を合わせて見事撃退してハッピーエンド、もしくは主人公が”チート能力”にモノを言わせてであっと言う間に殲滅して武勇伝第1章完、というのがだいたいの流れだった。
 この世界でもモンスターが存在する為、どんな小さな村であっても、例えそれが小規模であったとしても、必ず居住エリアの周りにはモンスターの侵入を阻む為の堀や防御柵、防御壁が設けられている。
 つまり、街や村は、このモンスターが跋扈する世界にあって唯一、子供や老人など戦う力の無い一般人が安心して生活できる”安全地帯”なのだ。

 だが、今聞いた話はそれよりもに感じる。救人が読んだどんな話でも、村や町がモンスターに襲撃される時は、必ずだった。モンスターの氾濫も、津波や地震の様な災害的な意味では大問題には違いないが、この”涌き”という現象は、その唯一の安全地帯の中に突然モンスターが現れるのだ。その危険性は計り知れないだろう。

(何てこった!? 街中にいきなり【イーヴィル】の戦闘員や怪人が現れるのと変わらないじゃないか!……いや、タチが悪いか……っ!?)

 そう、救人が危惧する通りだ。【イーヴィル】の怪人達は、確かに破壊も虐殺も厭わない。だが、彼等の最終目的は”世界征服”、命令以外で無差別、無闇矢鱈に一般人に襲い掛かることは無い。
 だが、モンスターは違う。これは、いきなり街中に虎やライオンなどの猛獣が現れる事と同じなのだ。命令も理屈も関係無く人に襲い掛かるだろう。

(おいおい…、大変じゃないかっ!? しかも、確かさっきって言ってたよな!?)

「大変じゃないですかシスティーナさん!いくら街中を冒険者達が討伐に走っても、もしに涌いていたら!? 」
「あ、それは大丈夫です 」
「へっ?」

 救人の危惧を、アッサリと切って落とすシスティーナ。そこには全くの焦りは無い。

「でも!突然涌いて出て来るんでしょ!? 家の中に突然涌いて出て来たオークに、抵抗する間も無く女の子が捕まっていたら、外からじゃ気付けませんよっ!?」
「いえ、大丈夫なんです。路上にしか涌きませんから 」
「…………は?」
「迷宮機能の誤作動で涌いて来るせいか、地下の迷宮に接したんです。ですから、屋内には今まで一回も”涌き”が発生した報告は無いんです 」

 ”涌き”に関する新事実。モンスターは屋内には発生しない。取り敢えず夜寝ている内に寝室内などに突然モンスターが現れて、住民に被害が出るという事は無さそうだ。

「で、でも、涌き出したモンスターが家屋に侵入することだってあるんでしょ?だってっ!? 」

 救人が焦るのも無理は無い。そう、オーク。だってオークなのだ!
 
 日本に於けるファンタジー作品では、もはや大定番、誰もが知ってる知名度No.1のモンスターである。
 その性質は強欲にして悪食、性欲旺盛にして如何なる種族とでも性交し、繁殖が出来るという、女性にとっては正に悪夢の様なモンスター。

 いったいいつからそうなったのかは知らないが、『クッ!?殺せ!』、そう、俗に言う『クッコロ』の名台詞と共に、女騎士の天敵として超有名なあの豚頭人身のモンスターである。

 最近ではゴブリンもそういった扱いが多いが、豚というデップリと太った体型や突き出たメタボ腹が、脂ぎった中年のオッサンを想起させるからだろうか?美女との対比に於いてや、嫌悪感を掻き立てるモンスターと言えばやはりオークが他の追随を許さないだろう。

 ”オークと言えば女騎士”、”女騎士と言えばオーク”、この二者はもはや『魔王と勇者』の如く切っても切れない関係に……っ!!

(おーーーい、ナレーター!返ってこぉーーーい!? )

 ーーーはっ!? 失礼しました!

 と、ともかく、”レイプ”とは最低最悪の犯罪だ。例え相手が人間であろうと、身体だけでなく、心にまで深い傷を残す。それがもしも相手が醜い怪物であったなら?さらにはその怪物の子供まで孕まされてしまったなら、なまじ命があるだけに長い間苦しみ続ける事になるだろう。救人はそこを危ぶんでいるのだ!

(誤魔化しやがったな…?)

「あ、あのキュウトさん?何でそんなに慌てているんですか?相手は”オーク”ですよ?」
「システィーナさんこそ何でそんなに落ち着いてるんですか!”オーク”なんですよ!?」

「…………………………?」
「…………………………?」

 どうにも会話の噛み合わない救人とシスティーナ。しばし無言で見詰め合った後、おずおずとシスティーナの方から口を開く。

「あの、キュウトさん? ”オーク”って、どんなモンスターかご存知ですか?」
「もちろんです!どんな種族の女性も無理矢理襲って繁殖相手にしちゃう豚頭に人身のモンスターでしょう?」
「繁……っ!? そ、そんな事しませんっ!な、何言ってるんですかっ!? 」
「え……っ!? 」

 真っ赤な顔になって、救人の答えを否定するシスティーナ。そのあまりの剣幕に、救人は間抜けな声しか出せない。

「”オーク”は確かに豚頭ですが、体長は30㎝くらいの猿の様な身体です。食料を食い荒らしたり、店舗を壊したり、噛み付いたり引っ掻いたりはしますが、間違っても、じょ、女性にそんな事はしません!」
「はっ? でも、だって!さっきギルドから出て行った冒険者が、『女の子が襲われたら大変だ』って!? 」
「実はですね、オークの”大好物”が、なんです……。その所為で、オークに襲われた女の子は、路上で衣服を素ッ裸にされてしまうんです……っ!」
「何、その変態生物っ!? 」

 救人、絶句……!?  この世界の”オーク”は、野生の猿程度の危険性はあるものの、どうやら命の危険もも無さそうだ。
 ただ、女の子相手にエロい真似をする、という”変態性”だけは共通しているようだが……。

「あと、あの冒険者の人達が急いで出て行ったのは、女の子が心配、というよりも、たぶん上手くすれば”女の子の裸”が見れるかもしれないから、だと思います…… 」

「なんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? 」

 さらに顔を真っ赤にしながら、オークについて説明してくれるシスティーナ。

 そういえば、飛び出して行った冒険者達は、何だか妙に気合いが入っていた事を思い出す救人。

 出て来たモンスターがモンスターなら、そんな理由で討伐に向かった冒険者も冒険者で大概である。

 斜め上の方向に、何ともメイズロンドのモンスター事情。本当は内心盛り上がっていた救人のファンタジー世界への期待や憧れが、ガラガラと音を立てて崩れていくのだった ーーー。






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