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第17章 強制レベルアップ祭り in 魔の森
第127話 side 三人娘
しおりを挟む【宮殿近衛騎士団】の面々が、ヒロトによる地獄の生存トライアルを受けていた頃、ラーナ、キムチェ、シイラは【炎禍の魔女】セイレンから直接手解きを受けていた。
「まだまだ魔力の収束が緩い!もっと練り込みなっ!」
「「「 はい!」」」
「もっと魔力の流れに注視しな!動く前には必ず予備動作のように必ず魔力波動がある!そこを読むんだ!」
「「「 はっ、はいっ!」」」
「何やってんだいっ!魔獣が魔素を吸い込み始めたら”大技”が来るに決まってんだろうっ!しっかりしなっ!!」
「「「 はい~~~~っ!!!? 」」」
最初は伝説の英雄に、直接戦闘の指導をしてもらえることを”望外の幸運”と喜んでいた三人だったが、その考えは全くもって甘かったと、すぐに思い知る事になる。
確かに戦闘経験が八百年を超え、伝説の英雄とすら謳われる人物から指南してもらえるのだ、”稀”という言葉すら追い付かぬほどの超貴重な体験、それはまるで自分までもが物語の主人公にすらなったかと思える程の出来事だろう。
だが、思い出してほしい。そうした物語に登場する主人公達は、例外なく師事した人物に「ハードモード」と呼ぶ事すら生温い試練、訓練を課せられていたのではないだろうか?
”何かを成す”為には、当然ながら『対価』が要る。それは、”強くなる”こと、でも同様。そして支払う対価は ーーーー 、
ーーー ガカッ!バリバリバリバリッ!ドドオォォォォォォォンッ!! ーーー
「「「 キャアアァァァァァァァァァァァァぁぁぁっ!!!? 」」」
ーーーー 体力、忍耐、そして”覚悟”だろうか?
「あ~~、もうっ!何やってんだい!そんなたかが牛一匹に梃子摺ってんじゃないよっ!! 」
巨大な双角から放たれた雷撃に吹き飛ばされ、更には追加効果で《雷属性》による〈麻痺〉の状態異常までも喰らってしまった三人に、セイレンの厳しい檄が飛ぶ。
だが、あえて三人を擁護させてもらえるなら、”この場”でそんな事が言えるのは、セイレンただひとりくらいだと言っておこう。
今現在、ラーナ達三人が相手をさせられているのは、〈ランクB〉中位の魔獣〈雷角牛魔〉 。その姿は牛頭人身である通常の〈牛魔〉と違い、牛と人、いや、牛とゴリラの中間のような姿をしている。牛魔のように戦斧などの武器を使える程知能は高くはないが、太く長い両腕は牛魔を遥かに凌ぐ怪力を誇る。また巨大な双角は全体重を乗せた牛系魔獣が得意とする突進だけでなく、”雷角”の名が示す通り《雷属性魔法》を発生させて落雷と同規模の放電攻撃を放つ事が出来る。この攻撃はたとえ直撃は避けることが出来たとしても、魔法耐性が低い場合、今の三人のように放電によって〈麻痺〉という状態異常を引き起こされてしまう。
このような強力な魔獣の前で〈麻痺〉などしてしまえば結果は火を見るよりも明らか、パーティ単位でも限りなく高い確率で全滅の憂き目に会うだろう。そんな非常に厄介な魔獣なのである。間違っても”たかが”などと簡単に言える相手ではないのだ。
ーー ブモオォォォォォォォォォォォォォッ!! ーー
「うぅ……っ!」「か、身体が……っ!?」「くう…っ!」
まるで陸上選手が取るクラウチングスタートのように両腕を地面につけ、ザシッ!ザシッ!と闘牛のように後脚で地面を掻く〈雷角牛魔〉。
牛系魔獣でこの予備動作、次に来るのは当然 ーーー 突進である。
〈麻痺〉の状態にして満足に動けなくしてから突進で蹂躙する、言ってみればこの魔獣の”必勝コンボ”だ。
ーー ブモオォォォォォォォォォォォォォッ! …… ドドドッ!ドドドッ!ドドドッ!! ーーー
地響きを蹴立て、雄叫びを上げながら三人娘へと迫る〈雷角牛魔〉。このままでは三人を待つ運命は無残に踏み潰されるか、〇リケーン〇キサーのように天高く弾き飛ばされるかしかない。
「まったく……、仕方ないねぇ、スケール!カークス!」
「「はっ!! 」」
今だ倒れ伏す三人の前に、万が一の為に”護衛”として随行していたスケールとカークスが割って入る。
だが、〈雷角牛魔〉は怯まない、益々逆上して口から涎を飛び散らして狂ったように突っ込んで来る。
「何の捻りも無いただの突進が、俺達に通じると思うなよっ!」
「食らいやがれっ!! 」
ーー ゴツッ!! …斬ッ!ーー
カークスが構えた槍の穂先を反転させて石突き側で牛魔の横面を殴り飛ばす。突進の勢いを強制的にズラされヨロける牛魔の片方の角を、スケールが風の魔力を纏わせた斬撃で根本から斬り飛ばす!
ーーーモゴアァァァァァァァァァァァァッ!!ーー
悲鳴を上げて苦悶にのたうち回る牛魔。角の付け根から激しく血を噴き出して、見るからに大きなダメージを負ったようだ。
それもそのはず、鹿などと違い、牛の角は生え変わる事は無い。牛の角は蹄などと同じで皮膚が変化して行ったもの、硬いのは表面だけで内部には肉や神経が詰まっているからだ。
人間で言えば、生爪を無理矢理剥がされた状態の何十倍もの痛み、といったところだろうか?
「う…っ、ゴメンなさい、スケさん、カクさん…… 」
「申し訳ありません……っ!」
「大丈夫か、ラーナ、キムチェ?」
「スケールさん、ありがとうございます 」
「なぁに、気にしないで下さいシイラさん。もう”痺れ”は取れましたか?」
「は、はい!もう…、平気です!」
「いざとなったら、貴女は俺が守ります!思いっ切りやって下さい!」
「はい!ありがとうございます!」
何とか状態異常から回復し、ふらつきながらも立ち上がるラーナ、キムチェ、シイラ。守るように牛魔の前に立ち塞がっていたスケールとカークスだったが、今度は主役を譲るように左右に別れ、三人の脇へと控える。
「キムチェさん、最大火力で魔法をお願いします。その隙に私は右、シイラさんは左から!」
「「はいっ!! 」」
小太刀を構え直したラーナが、素早く指示を出す。年齢的にはラーナが一番年若いが、セイリア直属であること、また戦闘センスが最も高かったことから、『秀真の國』に来て訓練を始めてから自然とこの形になった。
「燃え盛る業火の槍よ、我が敵を穿ち焼き尽くせ《炎槍》!!」
《火属性魔法》を得意とするキムチェの詠唱によって、突き出した両手の先に轟々と燃え盛る炎が生まれ、それはたちまち二メートルを超す槍へと形を変える。だがそれだけではない、燃え盛る炎はやがて凝縮され、赤熱化した鉄の槍が顕現したかのような《炎槍》が、その高熱によって周りの空気すら歪めながらキムチェの前に浮かんでいる。
もともと《火属性》を得意とするキムチェだったが、あの”里帰り”の折に【玖珂流魔闘術】の呼吸法をヒロトに習い、それからずっと〈魔力操作〉の鍛錬に励んできた。この世界の魔法は魔力込めれば込めるほど威力が上がる。だが、ただ込めるだけでなく”圧縮””凝縮”することで、さらにその威力は跳ね上がる。
「行けっ!! 」
ーーキュンッ!! ーー
キムチェの鋭い声とともに、空気すら切り裂いて飛翔する《炎槍》。凝縮され、あまりの高熱の為にオレンジ色のネオンのような光の軌跡のみが網膜に残る。その光景はまるで魔法ではなく”曳光弾”、いや、もっと言うなら”ビーム〇イフル”か”熱線砲”にすら見えた。
そしてその威力は ーーーー、
ーーー シュンッ、ゴバァァァァァァァァンッ!! ーーー
ーー ブモオォォォォォォォォォォォォォンッッ!!!? ーー
そこいらの冒険者の剣ならば、苦も無く受け止める鋼の筋肉の鎧を、超高熱によってあっさりと貫通、内部で凝縮された威力を解放し、一気に膨張した炎が爆発を引き起こす。
いくら高い防御力を誇る筋肉も、その内側で直接爆発されたのでは堪らない。
咄嗟に身を捻り、分厚い肩の筋肉の部分で受けた牛魔だったが、爆発によってその強靭なはずの筋肉も、鋼鉄のような骨もズタズタに引き裂かれ、今や怪力を誇る自慢の剛腕も皮一枚でブラブラとぶら下がっているだけの状態になっていた。
片角に続き、片腕をもぎ取られ苦悶と憎悪に発狂したかのように牛魔の目が真紅に染まる。これも牛系魔獣に特有のスキル〈狂暴化〉だ。一定以上のダメージを食らうと発現する。知能はさらに低下するが、筋力も耐久力も爆発的に向上し、命の続く限り、敵味方関係なく暴風の如く暴れ回るのだ。
だが、爆発によって出来た決定的な隙を、残りの二人が見逃すはずもない。
少しだけ毛色の違う”銀光”が、〈雷角牛魔〉の左右から高速で迫る。
右からは小太刀を構えたラーナが喉笛を、左からはショートソードを閃かせたシイラが延髄を、それぞれ魔力によって切断力を〈強化〉した得物で交差しながら斬り裂く!
タイミングはほぼ同時。〈狂暴化〉の為にわずかに硬直状態になっていた〈雷角牛魔〉には避ける術も無く……。
ーーー ゴトリ……ッ、ブシャァァァァァァァ! ズ、ズウゥゥゥゥンッ!ーーー
首を落とされ、噴水のように血を噴き上げていた身体が、やがて首から上を失った事を思い出したように崩れ落ちる。
百パーセント自分達の力のみ、とはいかなかったが、暴威を振るう格上の魔獣を何とか倒した三人娘だった。
ーー ジュウウゥゥゥゥゥ! パチパチパチッ!ーー
焚き火の上に置かれた網や鉄板の上で、大小様々に切り分けられた肉から、脂の焼ける香ばしい匂いが立ち昇る。
そんな鉄板の前に陣取り、次々と焼けた肉を箸で摘み、手元の小皿のタレに浸して口の中に放り込み、グイッと酒と共に嚥下する女傑がひとり。
「…ん、ん、ぷはぁ~~っ!うぅ~ん、いいねぇ!やっぱり〈ランクB〉以上の牛肉は格別だね、酒が進むよ!」
女傑の正体はセイレン、当然のように差し出した空の盃に、横に控えたラーナが酒を注ぐ。そしてまた口の中に肉を放り込んでは酒を飲み干す。
美味い酒に美味い肉、ご機嫌である。
シイラはそんな焼けた端からセイレンの口の中へ消えていく肉を注ぎ足し、キムチェは網の上で厚切りにした別の肉を調理していた。
「ありがとうよ、ラーナ、キムチェ、シイラ。後は勝手に手酌で飲るから、アンタ達も食べな 」
「いえ、セイレン様にそのような……!」
「いいんだよ、直接自分で好きなように食って飲むのが、野営の醍醐味さ。せっかくアンタ達が頑張って狩った獲物だ、一緒に食べようじゃないか。……そうだね、スケール!カークス!周辺警戒はもういい、アンタ等もこっちに来て一杯飲りなっ!」
セイレンの声に、やや離れた位置で左右に別れ、魔獣の類いの警戒に当たっていたスケールとカークスが焚き火の方へと歩み寄る。
「よろしいのですか、セイレン様?」
「いくら美味くったって、ひとりで飲み食いしててもツマらないさ、それにね、アンタ等気付いてないのかい?食事の準備に入ってから、ヒロトが結界を引いてるよ、今ここは全くの安全地帯さ 」
「……なんと!」
「誠ですかっ!?」
「誠も誠、あいつもこの娘等の様子見に、おっつけ顔を出しに来るだろうさ。だから大丈夫、安心して付き合いな」
「【宮殿近衛騎士団】の教導をしながらこちらまで気を配っておみえとは……っ!? 」
「さすがはヒロト様、相変わらず”規格外”な御方ですな…!」
「まあねぇ、些か過保護な気はするけどねェ? まあいいさ、それならそれで、楽しませてもらおうじゃないか、ほれ 」
「「ありがたく頂戴致します 」」
ある意味ヒロトの”規格外”に慣れてしまっているこの場の面々は、もはや最近では多少驚きはしても”さすが”だの、”ヒロト様ですから”と、当たり前のように済ましてしまう。
ヒロトにすれば不本意極まりないだろうが、”規格外”なのは本当の話なので、ヒロトが何を言っても仕方ないだろう。
「…しかし、三人共、随分強くなりましたなぁ」
セイレンと酒を酌み交わしながら、焚き火の側でキャイキャイと楽しそうに肉をつつく三人娘を見てカークスが呟く。
「ふふん、このアタシが手解きしてるんだ、当たり前だろう? ……と、言ってもあの娘ら全員、ヒロトから【玖珂流魔闘術】の呼吸法やら〈魔力操作〉を習ってるからね、魔素の取り込みや魔力の収束なんかが格段に違うよ。普通に教えてたらこうは行かないね 」
グイッっと盃をあおったセイレンが、ほうっと酒精を含んだ吐息を吐きながらカークスの言葉に答える。
「……と・こ・ろ・でぇ…! ねェ、スケール、『貴女は俺が守ります』だっけぇ?アタシはそこんところを詳しく聞きたいねェ?」
「あっ!いやっ!?それは…っ!? 」
先ほどの戦いの中で、わずか一言スケールが発した失言を聞き逃さなかったセイレンが、ニタァっと笑いながらスケールを弄り始める。酔った時のセイレンの数ある悪いクセだ。
我関せず、と微妙に距離を取るカークス。酔っ払った厄介な上司の相手をこれ幸いと同僚に押し付けるとは、カークスも実は中々イイ性格のようだ。
焚き火に照らされながら、今日の戦いを反省し合う三人娘を見る。めきめきと実力をつけてきた三人だ、今日は僅かに助けに入ったが、今日の失敗や悔しさを糧に、明日はもっと強くなるだろう。
ここが【魔の森】だとは思えない落ち着いた雰囲気の中、ひとり盃を傾けて酒を愉しむカークスだった……。
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