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第16章 冒険者な日々〈ヒロトのいない日〉
第108話 sideセイリア
しおりを挟む『御宝屋』を後にして、今度こそ本当の意味でのヒ、ヒロト様と二人きりのデ、デートの時間だ!!
もう一度中央広場まで戻って、駅馬車を待つ。
”中央広場”と言っても、村や街にあるちょっとした広場とは訳が違う。正式には『セントラル・グランベルクパーク』、全長ニケルグ(キロ)幅五百ルグ(メートル)に渡って広がる、首都グランベルクの中心地だ。
”パーク”と名前が付いているように、中央部は市民が憩う公園になっていて、休日になれば多くの市民が集い、バザーの屋台が建ち並ぶ。
広場に面した街区は飲食店やブティックなど、様々な店舗が軒を連ねているが、高級店ばかりでは無くリーズナブルなお店も多い為、通りは家族連れやカップルなど、沢山の人々で賑わっている。
広場を囲むように配置された大通りは、グランベルク各地に向かう駅馬車の発着場にもなっていて、引っ切り無しに馬車が通りを走って行く。
目的地までの馬車の到着にはまだ少し時間があった為、ヒロト様と二人、公園内の露店で飲み物を買い求め、バザーを冷やかして回る。
この中央広場はグランベルクのデートスポットにもなっていて、見ればあちこちに幸せそうに笑う男女の姿が見える。
私はヒロト様に出会うまでは恋愛などには興味は無く、逆に私を巡って学院の生徒達が争うのを見て失望したことにも原因があるだろうが、恋愛などの浮ついた考えには否定的であったのだ。しかし、いざ自分がこうなってみると、何故皆恋人を欲しがるのか?あのようにお互いが隣同士にいるだけで幸せそうに笑い会えるのか?を、やっと理解出来た様な気がしてくる。
今まで、ひたすら毎日が修練の日々だった。武家の娘たらんと自分を戒めてきた。
それなりに充実した日々には違い無かったが、今ほど心が満たされていると感じた事は無かった様に思う。
だから私は今こう思う。ーーーヒロト様に出会えて良かった……私は今”幸せ”だ。ーー と……。
あの日、ヒロト様と出会ってから、夢のような毎日が続いている。だが、楽しければ楽しいほど、ヒロト様への想いが深まる程に強まる”想い”もある。そう、いつか来るであろう”別れの日”のことを……。
ヒロト様は”ヒト族”。私達エルフ族に比べればその寿命はあまりにも短い。一緒に居られるのは長くても後百年、その凡そ十倍という歳月を私はヒロト様のいないまま生きて行かねばならないのだ。
その日が来る事が怖くない訳では無い。寧ろ怖くて堪らないのが正直な心境だ。
だが、その日が来る事を恐れる余り、”ヒロト様のことを諦める”という選択肢は絶対に選びたくなかった。
それに……、例えその日が来たとしても、その時私はきっとひとりでは無い。
ヒロト様が残してくれた、何よりも掛け替えのない”宝”が、きっと私の傍らに居るだろうから。
だから今を、ヒロト様と過ごせる掛け替えのない今この時を、一日一日…いや、”一瞬一瞬”を大切にして心に刻み付けて行こう、そう思っている。
そして、いつか語り合うのだ、あなたの”父上”は、こんなに強かった。こんなに凄かった。
ーーー そして、こんなに優しかったと……。
待っていた駅馬車にヒロト様と乗り込み、目的地である港へと向かう。
王都グランベルクは海に面している為かなり大きな港があるので、二人で海を見に行こうと計画していたのだ。
港に停泊する貿易用の巨大船群を眺めつつ沖を見渡せば、太陽の光をキラキラと跳ね返す波の向こうに、白い帆を立てた小型の漁船がいくつも見える。
そんな海の見える海沿いにあった小さなお店で新鮮なシーフードの料理に舌鼓を打った後、海辺を散策しながらのんびりと過ごし、大分と日が傾いて来た頃、再び中央広場へと戻って来た。
夕方になってもまだまだ人で賑わう通りを抜けて『御宝屋』へと向かう。
「おう、来たか!まあ見てくれ、良~い出来だぜぇっ!」
自信満々に出来上がったピアスを差し出して来るベゼル氏。
ベルベットの様な物の貼られた台座の上で輝くそれは、なるほど、たった半日で仕上げられたとは思えない、ベゼル氏の自慢気な態度を裏付ける素晴らしい出来映えだった。
縁に細かいアラベスク模様が施されたミスリルの台座に、まず磨き込まれた黒曜石のような【黒殻龍蟲】の甲殻が配置され、そこに重ねるようにエメラルドよりも複雑な輝きを放つ【上位竜】の碧麟が取り付けられていた。
素晴らしいのは、ヒロト様の”家紋”『三つ巴』の模様が常に見える表面では無く、裏側から透し彫りをされていて、”光の加減で浮かび上がる”という凝った造りになっていた事だ。
しかも、”ピアス”である以上どうしても突き出てしまう針の部分まで魔術処理されて、装着したと同時に変形して平らになるという、身に着けた者がストレス無く装着していられるように配慮までされていたのだ。
これならば、どんな時でもずっと着けたままでいられるだろう。
「どうだ!? 気に入ったかい、お嬢ちゃん?」
「はい!素晴らしいです。ありがとうございました!」
「ああ、正直驚いた。さすが婆さんの紹介だけはあるな、予想以上の出来映えだよ 」
出来上がったピアスを見て感嘆の声をあげる私達に、どうだ?どうだ!? と得意顔のベゼル氏がこちらを見て来る。
「ぐわっはっはっはっ! そうだろう、素晴らしい素材だったんでな、つい力が入っちまったぜ!こいつぁ間違い無く今の俺の最高傑作よ!!」
そう笑いながらも、妙にそわそわとしながらチラッ、チラッっとヒロト様の方を見て来るベゼル氏。
これは……? ”報酬”を要求したいんだろうなぁ……。
”最高の素材”というか、”最高の報酬”の方に釣られて力が入ったんじゃないだろうか……?
後から聞いた話だが、ことお酒が絡んだ時のドワーフの仕事は、それが何であろうと速度も力の入れようも、それはそれは凄い事になるのだそうだ。
ドワーフって…………っ!?
「分かってるよ、ほら、約束の【龍泉酒】だ 」
「おおっ!! それだよそれっ! いや~、すまねぇな、催促したみてえでよ!」
いや、”したみたい”も何も、「早く出せ!」と言わんばかりの態度でしたよね!?
苦笑しながらヒロト様が酒瓶を取り出すと、半分引っ手繰る様に手に取り、酒瓶に頬ずりをするベゼル氏だったが……? 苦笑をニヤリとした笑みへと変えたヒロト様は、更にもう一本別の酒瓶を取り出して言葉を続ける。
「こちらこそ、我が儘を聞いてくれて感謝してるよ。ところで、ここにセイリアの故郷でもある秀真の幻の大吟醸があるんだが……?」
『どんな依頼でも引き受ける!何でも言ってくれっっ!!!! 』
内容すら聞く事無く了承の叫びを上げるベゼル氏。……さすがはヒロト様、この短時間で、すっかりベゼル氏の扱い方を心得られた様だ……。
結局、二つ数を増やして八個のペンダントを一週間で、しかも仕様は四個は同じデザインで何処かに小さく”三つ巴”の家紋を入れ、当初の注文通りにうち一つは細工の凝った物に。
残りの四個のうち一つは細工の凝った物を、三個は優劣が出ぬ様、共通してシンプルなデザインだが使用する碧麟の部位を変え、光の反射で色目だけがやや違う物になる様に制作することをベゼル氏は約束し、【龍泉酒】と【秀真酒】、二本の酒瓶を抱えホクホク顔のベゼル氏に見送られて『御宝屋』を後にしたのだった。
その後、ヒロト様手ずからピアスを着けて頂いた私は、中央広場の通りにある少しお洒落なお店(クラスメイトが話しているのをこっそり聞いていた)へと食事に連れて行ってもらい、幸せな気分のまま屋敷に帰って来たのだった……。
~~~~~~
「えへ…、えへへへへ……っ!」
過日の出来事を思い返して反芻し、ニマニマとそのまま湯に溶けてしまいそうな程に笑み崩れるセイリア。
だが、その時 カラリと小さな音を立てて湯殿に入って来た者がセイリアへと声をかける。
「姫様、お時間です。朝食の支度が出来ておりますので、そろそろお上がり下さい 」
「……ふぁっ!? わ、分かった! ありがとうラーナ、今出る!」
湯に浸かった事で血色の良くなった事ばかりでは無い理由で顔を赤くして返事をするセイリア。
敬愛する主人の為には喜んでる身を投げ出すほど忠実な家臣であり、可愛い妹分でもある専属侍女は、慌てる主人の可愛い姿にペコリと頭を下げると、クスクスと小さく笑いながら湯殿から退出して行った。
「ふぅ…っ! いけない、いけない。遅刻でもしたら皆に示しが付かないからな、少々急ぐとしよう…!」
緩み切っていた頬の筋肉を引き締め、バシャバシャと顔を洗ってからザバリと浴槽から立ち上がる。
窓から射し込む光が湯殿内の立ち込める湯気に反射して、光のカーテンの様に揺らめく中に浮かび上がるは褐色の裸身。
折れそうなほど腰は括れているにも関わらず、張りのある豊満な乳房にスラリと長い脚。普通のエルフ族とは真逆の、均整が取れた肉感的な肢体。
何処かの『研究室長』の”偽ロリエルフ”が見ようものなら、悔しさのあまり血の涙を流すかもない。
しかし、本来なら褐色の肌と相まって煽情的であるはずのその裸身は、顔と共に気持ちも引き締めたセイリアの静謐な雰囲気と光のカーテンによって、いっそ神々しく、淫靡さなどは欠片も感じさせない。
湯殿を出て脱衣所への扉を開ければ、そこには大きなバスタオルを持って待っていたラーナが。
会話をしながら、ラーナに手伝ってもらい手早く身繕いを済ませ食堂へと向かう。
王都秀真屋敷の朝は早い。既に屋敷の家人、使用人達は全員が起床し、忙しく自分の持ち分の仕事に取り掛かっている。付近の貴族邸宅でもそれは変わらないが、秀真屋敷に於いては更に二時間は早い。なぜなら現在の家主であるセイリアを筆頭に、レイナルドやスケール、カークスも”サムライ”である為、毎朝の鍛錬を欠かさないので非常に早起きであるからだ。
新しく主人の列に加わったヒロト達もこれは同様で、ソニア達も含めて基本冒険者である為、朝は早いのだ。
すれ違う使用人達に挨拶を返しながら食堂に向かうと、残念ながら今日はまだヒロト達は来ていなかった。
食堂で既に控えていたレイナルドが言うには、ヒロトは明日にでも”カーフ”の件で、今は彼の専属侍女となっている狐人族キムチェの故郷である村へと赴く為、何時もより長く、やや厳しめに鍛錬を行なっているとの事だった。
最近はヒロトやソニア達と共に朝食を摂っていた為、僅かな落胆や寂しさを感じながらひとりで食事を済ませ、勢揃いした家人達に見送られながら屋敷の玄関を出ると、レイナルド、ラーナと共に馬車へと乗り込む。
御者台に座るは護衛でもあるスケールとカークス。動き出した馬車の窓から、せめてヒロト達の姿を見ようと中庭を見るが、何故かヒロト達の姿は中庭には無い。
微妙に肩を落としてがっかりしているセイリアへと、彼女の専属執事であり、教育係でもあるレイナルドが声をかける。
「お嬢様、あちらをご覧下さい 」
「え……っ!?」
「セイリア姉ぇ~~!行ってらっしゃぁーーーーい!! 」
「セイリア姉様~~!お気を付けてーー!」
「姐さーーん!勉強頑張ってーーー!!」
「スケさん、カクさん!姐御の護衛頼んだぜーー!! 」
大きな声で馬車に向かって手を振るソニア達。その横には笑顔のヒロトが、セイリアに向かって手を振ってくれている。
セイリアの馬車が動き出したのを見たヒロト達が一旦鍛錬の手を止め、門へと続く中庭の通りに並んで待っていたのだ。
それを見たセイリアは、思わず馬車の窓を開けて手を振って応える。
「皆んな、ありがとう!行って来ます!」
車窓から身を乗り出して、門を通り抜けてヒロトやソニア達が見えなくなるまで手を振るセイリア。
今ばかりはレイナルドもその淑女らしからぬ行動も咎めようとはせず、笑顔のままだ。まあ、やや苦笑成分が含まれているのは仕方ないだろうが。
窓を閉め、席へと座り直したセイリアの表情には、先程までの寂し気な色はどこにも無い。
また耳朶のピアスに手をやりながら、ニコニコと嬉しそうに微笑んでいる。
ちなみに昨夜、セイリアの耳朶に光るピアスを見た時のレイナルドの反応は、片目を瞑りながらチラリとヒロトの方を見た後、『よう御座いましたね、お嬢様 』と、ニッコリと微笑んだだけであったという。
自分からエルフ族にとっての婚約者の証である”耳飾り”をヒロトに求めた事で、また『はしたない!』と叱られるかもしれないと、ちょっぴり覚悟していただけに、爺やのこの反応は少々”拍子抜け”であった。
お説教が無かった事自体は大いに喜んだのは確かだったが。
ガラガラと軽快な音を立てて、石畳の上を馬車が走り抜けて行く。
馬車が目指すは当然、彼女の学び舎である『王立高等魔術学院』。
だが、耳朶に輝くピアスによって、休み明けの学院にまたひと騒動起こる事になるなどとは、幸せそうな顔で微笑む今のセイリアには知る由も無い事だった……。 ーーーーーー
~~~~~~~~~~~~~~~~
お待たせしました、いつもお読み頂きありがとうございます。
つい疲れて寝落ち……、更新遅れて本当に申し訳ありません。
今回はメインヒロインなのに不遇なセイリアの救済回に……なっているのでしょうか?
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