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第14章 冒険者な日々 1
第85話
しおりを挟むむかーし、むかし、ある山奥に炭焼きの仕事をする父親と二人で暮らす、ゲンノという少年がいました。
二人は貧しい暮らしでしたが、優しいゲンノは、一生懸命父親の仕事を手伝いながら、仲良く暮らしていました。
ですが、ある日、炭にする為の木を切っている時に、父親は怪我をしてしまい、そればかりか、その怪我が元で病気になってしまったのです。
ゲンノは、父親の病気を治してあげたかったのですが、病気の薬は高くて、貧しいゲンノ達では買うことができません。
そんな時、ゲンノは炭を買いに来る商人の話を思い出しました。
ゲンノ達の住む山のもっと奥にある泉には竜が棲んでいて、その竜の肝さえあれば、どんな病気や怪我もたちどころに治る、という話を。
「待っててお父さん、ボクが絶対に治してあげるから!」
ゲンノは、父親の仕事用の鉈を持って、家を飛び出しました。
山の奥へ奥へと行くと、やがて綺麗な泉に着きましたが、そこには話に聞いていた通り、大きな大きな竜がいました。硬そうな鱗はキラキラと輝いて、大きな口にズラリと並ぶ牙は、ゲンノの鉈よりも大きなくらいでした。
ゲンノに気付いた竜が、ゲンノに話しかけて来ました。
「小さな人の子よ、何をしに来た?」
竜のあまりの恐ろしさに震えながらも、ゲンノは一生懸命答えます。
「お父さんが病気になってしまったの。お父さんの病気を治す為に、あなたの肝が欲しいんです!」
怖さを必死で押さえ付けて、ゲンノは鉈を構えました。
「小さな人の子よ、お前は私が怖くはないのか?」
「怖いです。怖いけど、お父さんを助ける為に必要なんです。竜さん、ボクを食べてもいいから、少しだけあなたの肝を分けて下さい!」
ゲンノは逃げ出したくなる心を堪えて、一生懸命竜にお願いしました。
「何と!? 我が身を捨てても父親の為にとは、何たる孝行息子か! 良し、小さな人の子よ、肝はやれぬが、父親を思うその心に報いてやりたい。お前にはこれをやろう」
竜が泉に息を吹きかけると、泉から甘く、いい匂いがして来ました。
「これは『竜のお酒』だ。これを飲めば、お前の父親はきっと元気になるだろう。勇気ある小さな人の子よ、達者でな 」
気がつくと、ゲンノは家の前に立っていました。夢を見たのでしょうか?
いいえ、足元には、大きな樽が置いてあって、中には並々と『竜のお酒』が入っていました。
その後、『竜のお酒』を飲んだ父親は病気もすっかり良くなって、前よりももっと元気になりました。
それだけではありません、樽の底には、キラキラと光る竜の鱗が何枚も沈んでいたのです。竜の鱗は宝物です。その鱗を売ったお金で、ゲンノと父親は仲良く幸せに暮らしました ーーーー
めでたし、めでたし。
……って、これ伝説じゃなくて”昔ばなし”だよね!? でんでん太鼓持った男の子が龍に乗ってるOP系の!
「良がっだ!良かっだね~、ゲンノぉ!」
マーニャが、その大きな瞳からポロポロと涙を流している。まあ、マーニャだけでは無い、資料に添付されていた伝説?を読んでやると、ソニア達四人全員が感動して大泣きを始めてしまった。いや、この程度の昔ばなしで感化され過ぎだろう、お前等!?
いや…、それだけ純粋なのか?今度は『世界名作劇場』系の話でもしてやろうかな?『ク◯ラが立った!?』とかで号泣しそうだな?
あれから必要な物を買い揃え、ライナとサイノを借りて王都を出発した。いくら《空間転移》があっても、アレは”一度行った事がある場所”という制限がある為、どうしても行きだけは自分達で行かなければならない。
だが、一度でも行けば記録されて次からは一瞬で行けるし、帰りも同様に一瞬で王都まで帰ることが出来る。
しかし、いつもいつもライナ達を借りる訳にもいかないだろうし、何か別の移動手段を考えた方が良いかもしれない。《土人形創造》やアイのオリジナル《追加装備》もある。人型に拘る必要も無いんだし、車や二輪なんかを考えてみるか…?
王都を出発し、馬車で合計五日ほど、と聞いていたが、流石はライナとサイノ、僅か三日ばかりで目的地である「ヨウロウ村」に辿り着いてしまった。
ヨウロウ村は、聞いていた通り、黄色い実をいっぱいにつけた、果樹園に囲まれた小さな村だった。所々に見える小さな畑は自給自足用だろうか?
長閑かなはずの村は、今やひっそりと静まり返り、本当なら村の中を駆け回ってで遊んでいるであろう子供達の姿すらどこにも見えない。
「何だか寂しい村だねぇ…?」
「仕方ないわよ、ソニア姉さん。村を捨てて逃げなきゃならないかどうかの瀬戸際なんだから 」
「アーニャの言う通りだな、取り敢えず依頼の代表の村長を訪ねよう 」
途中、何人かの村人に出会ったが、皆一様に暗い表情で、俺達を見る目には苛立ちが滲んでいた。
その中のひとりに道を尋ね、村長の家へと辿り着き、ドアをノックすると、中から初老の男性が姿を現した。
「何じゃアンタ等は?」
「こんにちは、村長さん。俺達は依頼を受けて来た冒険者だ。到着の挨拶と、今の状況を聞きに来た 」
「ふん……、まあ、中に入るがええ 」
俺達を訝しむ目で見た村長は、憮然とした表情を崩しもせずに家の中へと招き入れた。
「改めて、このヨウロウ村村長のベリヌじゃ 」
「初めましてベリヌ村長、俺達は〈ランクB〉パーティ【蒼い疾風】。俺はリーダーのヒロトだ、よろしく頼む 」
「ふん!ランクなんぞどうでもええ、今まで何人もの冒険者が来たが、皆んな大口を叩くだけで、結局逃げ帰ってしまいよった! アンタ等は大丈夫なんじゃろうな!」
今までやって来た冒険者達が、皆依頼に失敗して退却してしまった事で、冒険者に対して強い不信感を持ってしまったようだ。
”スイ竜”という、自分達ではどうしようも無い問題に対しての一縷の望みであっただけに、何人来ようとも依然として変わらない状況に、落胆が激しいのだろう。
「正直な話、今まで幾つものパーティが失敗している前例があるだけに、今のところは”全力を尽くす”としか言えないな。だからこそ情報が欲しい。今のこの村の状況を詳しく教えて貰えないか?」
言葉を止め、俺を睨むように厳しい表情で、ジッと見詰めるベリヌ村長。だが、ふーっと大きく息を吐くと、初めて表情を緩めてこちらを見る。
「済まんかった。アンタ等は今までの口ばかりだった冒険者とはどこか違うようじゃな。ワシに話せる事なら何でも聞いてくれ。頼む!さっきまでの態度は謝る。アンタ等だけが頼りなんじゃ、どうかワシ等を、この村を助けてくれ、この通りじゃ! 」
テーブルに両手をついて、頭を下げるベリヌ村長。さっきまでの八つ当たりは鳴りを潜め、真摯に助けを求める思いが伝わって来る。
「頭を上げてくれ村長。むしろ謝らなきゃいけないのは、冒険者ギルドの方だ。いつまでも結果を出す事が出来なくて本当に済まなかった。まだ確実に、とは言えないが、全力を尽くすことだけは約束する。だから、もう少しだけ俺達を信じてくれ 」
「分かった。アンタ等の言葉を信じよう。あの丘の向こう、白く霧が立ち込めているのが見えるかの?あれが”毒の霧”じゃ。”スイ竜”は彼処に居る。村の状況は、たぶんアンタ等が知ってる事とそれほど変わりないじゃろう。ただ、果樹園の果実の方は、山に近い方に植えてある物が、毒の霧の所為でかなりの本数が汚染されてしまったようじゃ。本来なら鮮やかな黄色い実が、真っ赤な色に変わってしまった……。悔しいが、もうあの果樹はダメじゃろうのう……。飲み水は、溜めた雨水で節約して賄っておる。このまま被害が広がれば、ワシ等は故郷であるこの村を、本当に捨てなければならなくなってしまう…… 」
悔しげに表情を歪めながら、村の状況をベリヌ村長が教えてくれた。生まれ育った大事な村だろう。何とかしてやりたいよな…。
「村長、”スイ竜”の所へ行く前に、その果樹園や、村の中を見て回りたいんだが構わないか? それから俺は《水属性魔法》が使える。各家の水瓶程度なら、全部満タンにしてやれると思うぞ?」
「おお!? それはありがたい!ワシも付いて行くから、是非頼みたい。村の中は、好きに見てもらって構わんよ、じゃが、時々風向きの都合で”毒の霧”が村まで流れてくる時があるから、気をつけんさい 」
「分かった。じゃあ、まず各家を回ろうか?案内を頼むよ 」
その後、先ずはベリヌ村長の先導で村の各家庭を回り、《水魔法》で水瓶いっぱいに水を満たして回った。
水源である小川の水が使えなくなって、本当に困っていたらしく本当に喜んでくれていた。
次に果樹園の方に向かうと、ベリヌ村長が言っていた通り、果樹園の山側約三分の一の実が、黄色ではなくほぼ真っ赤に染まっていた。
「ベリヌ村長、毒の成分を調べてみたい。赤くなってしまった実を十個ほどもらって構わないか?」
「あ、ああ…、そりゃ構わんが…、そりゃもう完全に毒の実じゃ、あまり触らん方がええんでないかの?」
「ありがとう、だが心配は要らないよ。俺はスキルでも体質でも、殆んど毒が効かないんだ。毒消し用の魔法薬も用意して来たし、いったいどんな毒なのか調べてみるよ」
村長の心配をよそに、真っ赤になった実を十個ほど木からもぎ、ぽいぽいと頭陀袋に放り込んで行く。
「こんなところかな?さて、明日の準備がてら、仲間内で作戦を相談したいんだが、俺達は何処で休ませてもらえばいいかな?」
「…!? そ、それなら、今まで来た冒険者達が使った空き家を使ってくれ!あそこに見える、青い屋根の家じゃ、す、好きに使ってくれてええでな!申し訳ないが、ワシは村の衆に用事があるで、これで失礼するでの!」
そう捲し立てるように言うと、そそくさと果樹園から出て行ってしまった。なんだか目も泳いでいたような…? 何か不味い事でも言ったかな?まあ、そこまで気にしなくてもいいか。
だが、滞在場所が決まった事で、村に入ってすぐの場所に停めてあった馬車の所へ、ライナとサイノを迎えに行って、ベリヌ村長に指定された”青い屋根の家”に着いた時に、村長のあの態度の理由が分かった。
馬車から飛び降り、「いっちば~~ん!…んっ!? OX#&@w~~~!? 」 喜んで走って行ったはずのマーニャが、突然鼻を押さえて涙目になりながら逆戻りして来たのだ。
「く!くひゃいくひゃいくひゃい~~~~!? ヒヨト兄ィ、あのおふちくひゃいいぃぃぃぃっ!!!? 」
涙目で訴えるマーニャを宥めながら家の方へと意識を集中すると、ここからでもたしかに饐えたような異臭が漂っているのが分かった。こんな匂いを、獣人族特有の鋭い嗅覚で間近に嗅いでしまっては涙目にもなるだろう。
「なあ、兄貴?先に撤退した冒険者達は、酷い頭痛や吐き気に苦しんだんだよな?」
「ああ、恐らく家の中は酷い事になってるぞ、たぶん…… 」
ゴウナムの問いに肯定の頷きを返す。これだけ匂いが酷いと、きっと家の中は吐瀉物塗れのまま掃除もしていない状態なんだろうなぁ……。
「ヒロト兄さん!私、こんな家は嫌です! 馬車で寝ましょう!」
「いや、アーニャ、任せろ 」
涙目で訴えてくるアーニャを手で制して、アイに《清浄》を頼む。
『アイ、(×10)くらいで念入りに《清浄》を頼むよ、範囲は家全体だ 』
『イエス、マイマスター、お任せ下さい 』
家全体がほのかな光に包まれると、辺りに漂っていた悪臭はもちろん、長年の家の汚れまでもが落ちて、すっかり綺麗になっていた。
「よし、もう大丈夫だろ。中に入って飯の支度でもしよう 」
「はーー、お腹いっぱい!ヒロト兄ィのご飯美味しかったーー! 幸せ~~!」
夕食後のカーフを楽しみながら、ソニア達の方へと目を向ければ、皆んなは思い思いに寛いでいる。
《清浄》で壁のシミひとつ無くなった室内は、非常に快適で嫌な匂いなど少しも残っておらず、今はカーフの良い薫りに包まれている。
実はあれから、地球でのコーヒーを元にして、綿の布を使って濾過する”ネルドリップ”等の知識をキムチェに伝え、ブレンドなどの研究を頼んでいる。
豆の品種だけでなく、焙煎の度合いやミル挽きの粗さひとつで香りや苦味も変わる為、驚きと共に興味を刺激されたのか、キムチェは楽しんで研究をしてくれている。
今楽しんでいるのも、キムチェのそんな研究成果のひとつ、かなり雑味が減ってスッキリとした苦味と味わいに仕上がっていて、この世界に来て初めて飲んだカーフよりも格段に美味くなっている。
これなら、もう少し研究すれば本当にカフェを開けそうかな?
テーブルの上の食器は既に収納済みだが、真ん中に置かれた籠には、この村で採れた黄色く熟した”グレプル”が積まれている。
実はさっきベリヌ村長が尋ねて来て、お詫びのしるしにと置いていったのだ。
なんでも最初のうちは、冒険者達が帰る度にきちんと掃除をしていたのだが、素行は悪いわ、結果は出さないわ、挙句に吐瀉物塗れにしたまま逃げ帰ってしまうわで、とうとう今回は誰も掃除をしたがらなかったらしい。まあ、仕方ないわな。
訪ねて来た当初、汚れたままの家を案内してしまった事に恐縮していたのだが、訪ねてみれば、家はすっかり綺麗になっていた事に非常驚いていた。
《清浄》の魔法で綺麗にしたので問題無いと伝えると、ホッと胸を撫で下ろしていたのだが、せめてものお詫びに、と沢山の”グレプル”を置いていったのだ。
この”グレプル”、実は味も形も、まんま「グレープフルーツ」そっくりなんだが、地球の物よりも果汁が豊富で瑞々しく、非常に美味かった。
だが、ソニア達四人は、こうした酸味のある、ツンとした匂いのする果実は苦手なんだそうだ。
そう言えば、猫ってミカンとか苦手だよな?ソニア達は豹の獣人族、つまりは猫科系だから、同じ様なものかもしれない。
さて……?こうして無事ヨウロウ村へと到着した訳だが、事前の情報や、村の中の様子から、気になった事がいくつかある。
明日、問題の”スイ竜”にアタックする訳だが、その前に、ソニア達にもその辺の事を確認しておこう。
「四人とも、そのままでいいから聞いてくれ。気になった事がいくつかあるんだ………… 」
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