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第13章 間話、野営にて
第82話 間話 2
しおりを挟むーー 月が綺麗だ……。ーー
湯気の向こうに浮かぶ月を見上げながら、湯槽の縁に背中を預ける。
ああ~、やっぱり風呂は良いなぁ~。
血行を良くしてコリを解すとか、汗や体臭など身体の汚れを落として~~とかは、全身義体の俺にはハッキリ言ってもう関係無い事なんだが、この熱い湯に全身を浸してゆったりするとか、暖かい蒸気を吸い込んだ時の感じとかの癒やされる感覚ってのは、生身だろうと義体だろうと変わらないと思う。
和人(日本人)は風呂好きだ。だが、きっとこれはもう、体を清潔に保つとか何とかの理屈じゃなくて、和人の一部として欠かせない生活文化なんだろう。
まあ、その他にも火山帯の多く温泉が湧きやすい等の地理的な条件や、水源が豊富で水質も軟水、という諸問題が奇跡的に合致したというのはあるだろうが。
”ユーロ連合王国”とかだと、水質が硬水な為に、女性であっても週に一~二回しか風呂には入らず、しかもそれすらシャワーで済ましてしまうなどで、バスタブに湯を溜めてゆっくりと浸かるという事は殆んどしないのだとか。
こうなると、つくづく最初に訪れたのが「秀真の國」で良かったと思う。何故かは分からないが、大体において秀真は”和風”文化に通じていたからだ。
おかげで、風呂はおろか、”愛読書”の主人公達が苦労の末に辿り着く味噌や醤油などの調味料どころか、米にまでも、易々と巡り合ってしまった。
まだ地球に居た時に、海外での作戦行動の時にも痛感したが、各国それぞれにも「ソウルフード」と呼ばれる物が必ずある様に、”食”の問題というのは、結構馬鹿にできないのだ。
まあ、それでも彫りが深く、西洋人顔で褐色肌のダークエルフ達が、着物や袴姿なのは違和感ありまくりだったのだが……、ダークエルフ達の髪型が、「ちょんまげ」じゃなくて本当に良かった……っ!?
「ふぃぃ~~、絶景かな、絶景かな♪っと! いや~!美味ェもんをたらふく食って、その上、こんな荒野のど真ん中だってぇのに、露天風呂で月見酒まで楽しめるたぁ!? ありがとうごぜぇやす、旦那ァ!最高ですよぉ!! 」
ウッガが、魔道具のランタンでボンヤリと照らし出された風呂の縁で、眼下を見降ろしながら、盃を掲げて上機嫌で礼を言って来る。
「そうか、喜んでもらえて何よりだ。それより、あんまり調子に乗って身を乗り出すと、落っこちるぞ?」
「へへっ! ご心配なく、そんなヘマはしやせんよ!…しっかし、さっきの”唐揚げ”といい、この露天風呂といい、ヒロトの旦那には本当に驚かされてばっかりだ!」
そう、俺が用意した”もうひとつのお楽しみ”とは、この荒野のど真ん中という大自然の中で楽しむ「露天風呂」だったのだ!!
しかし、ただの露天風呂では面白く無い! せっかくやるのなら徹底的に!!
……と、いう訳で、御用意させて頂きました、「展望露天風呂」でございます!
露天風呂を造る事は決定事項だったのだが、安全確保の為に、周囲を《岩槍壁》で囲ってしまった所為でロケーションは最悪、開放感は全く無し。
そこで俺が考えた解決策とは、「じゃあ、壁より高い位置に風呂場を作っちゃえばいいんじゃん!」だった。
《岩槍壁》の要領で地面を隆起させて、壁の一部の広さを拡張して整地、一辺が三十メートル程の台地を作り上げた。
壁際三十センチほどの厚みを残したまま、中心部の二十メートル四方を陥没させて、《水魔法》で満たした後に《火弾》を維持した状態でお湯を沸かし、男湯と女湯、それぞれの脱衣場など、いくつかに仕切った状態に壁を成形。
後は、雰囲気を壊さない程度に照明用のランタンを数個設置して、転落防止用に手すりと階段を作って完成だ!
こうして作り上げた「展望露天風呂」からは、月明かりに照らし出された、彼方にまで続いているかの様な、広い草原がよく見える。
夜闇の中、月の光を浴びながら風にたなびき、うねりながらキラキラと輝く草原は、まるで夜の海を見ているかの様で、ウッガの言葉通り、まさに「絶景」と言っていいだろう。
こだわりのポイントとしては、男湯と女湯の他に、もうひとつ、湯を溜める場所が作ってある。
コレは、愉しんでいる内に湯が冷めてしまわないように、アイに頼んで常に湯を適温を保ち、各浴槽に循環させる為に作った”湯沸かし槽”だ。
元々が補助AIであるアイなら〈並列思考〉による同時タスクは”お手の物”、俺も手放しで風呂を満喫出来るし、アイ自身も楽しむことが出来る。
そして、最後に俺が作ったのは…、
「はいよセイリア、果実水のお代わり。ここに置いとくぞ 」
「ありがとうございます、ヒロト様 」
露天風呂やジャグジーなんかの楽しみ方のひとつに、湯に浸かりながら、冷たい飲み物を飲む、というものがある。
そこで、男湯と女湯を隔てる壁に、直接はお互いの姿が見えないように、凹状の窓を作り、アイテムボックスから取り出したポットとグラスを、セイリア達女性陣に渡していたのだ。
当然ながら、ポットの中やグラスには《氷魔法》で生成した氷を入れて、キンキンに冷やしてある。
ちなみに男湯の方は「秀真酒」だ。米を発酵させた、いわゆる日本酒だ。
俺的に、いくら冷えてても、露天風呂でビールではあまりにも”風情”が無い。風呂ならやっぱり日本酒だろう、と思って、よく似た秀真酒を用意した。
「美味し~~! ヒロト兄ィありがと!」
「いや~、こんな風にお湯を溜めた”風呂”ってヤツには初めて入ったけど、気持ちいいもんだねぇ……!」
「そうね、ソニア姉さん。でも、本当にヒロト兄さんには吃驚させられてばかりだわ…… 」
マーニャとアーニャ、ソニア達の声が聞こえてくる。それぞれ楽しんでくれてるようだ。
「でも、私までこんな贅沢して良かったのでしょうか、セイリア様?しかも侍女である身でセイリア様とご一緒させて頂くなんて…… 」
パシャ、とお湯を弾く音と共に、ラーナちゃんの声も聞こえてきた。
はい、皆さーん! 黄◯様シリーズで恒例の、”◯銀さん”のお風呂シーンですよ~!
カメラさん、寄って寄って~……とは…ならない。
ここまで映像は全て男湯。女湯の様子は、全て音声のみでお送りしております。
悪しからず。
「気にするで無い、銀狼族の娘よ。ヒロト様が、『皆で一緒に』と仰ったのだ。せっかくの我が主からの心尽くし、今はきちんと”楽しむ”のも仕える者の心得ぞ?……しかし、心地良い…、”風呂”とはこの様に良い物であったか…!? あ”~~~~~~ 」
「ふふふっ、ラーナ、…ノア様の仰る通り、気にしなくとも良い。ヒロト様からの素晴らしい『さぷらいず』、共に存分に楽しむとしよう 」
おっ!? ノア、ナイスフォロー! ラーナちゃんは、いつでも主人であるセイリアに対して一歩も二歩も引いた態度を貫こうとするから、セイリアよりも更に立場が上のノアがそうやって言ってやった方が、気が楽になって素直に楽しめるだろう。
セイリアは元々、ラーナちゃんの事を侍女というより妹のように思っているようなので、一緒に楽しめることが嬉しいようだ。
やっぱり楽しい事は皆んなで一緒に共有してこそだよな!
「ほれ、カクさん、盃が空いてるぞ?」
「おっと、忝ない。……しかし、こんな素晴らしい露天風呂で月見酒とは……、ここが荒野のど真ん中だという事を、忘れそうになってしまうなぁ、スケさん 」
「まったくだ…。魔獣や獣、盗賊共を警戒する必要も無く、美味い物を食べて酒を飲みながら風呂にまで入れるなんてなぁ……、アイテムボックスのお陰で荷物の積み降ろしも楽だし、本当にヒロト様々なんだが……、これに慣れてしまうと後が怖いような…… 」
この二人は前に俺が話してやった英雄譚『【水戸◯門】異世界バージョン(笑)』を聞いてから、お互いの事を「スケさん」「カクさん」と呼び合っているようだ。
よっぽど気に入ったようで、あれから何度となく皆んなから続きを強請られている。
まだまだレパートリーはいっぱいあるから、酒の席での余興にでも、色々話してやろうと思ってるけどな、『暴れん坊王様』とか『遠山のゴールド』とか?
すると、そんなスケールとカークスの会話を聞いていたレイナルドさんが、まるで独り言のようにボソリと呟く。
「なるほどのぉ……『楽過ぎて困る』と……?ふむふむ 」
だが、誰に聞かせる為に言ったのか?など決まり切っている。
ビクッ!として、慌てて声のした方向を向くスケさん、カクさん(笑)。
視線の先では盃を傾けながら、レイナルドさんが笑みを浮かべていた。
「レ、レイナルドさ…、いえ、ゴーロゥ公様………!? 」
「ふむ、お主等を連れて来たのは、姫様の護衛であると共に、主等の武者修行の為でもあったのだが? ちと甘やかし過ぎたのかのう?」
そう言いながら、チロリ、と二人の方を見るレイナルドさん。
「ならば、お主等二人は修行の為にも、今からでも壁の外で夜を明かすか?」
「はぁっ!? …え!あっ! …いや、ゴゴゴゴ、ゴーロゥ公様っ!? 」
先程までの、のんびりリラックスした雰囲気とは一転、湯船の中で姿勢を正し、大慌てのスケールとカークス。
その慌てまくった二人の様子を見て、にわかに相好を崩すレイナルドさん。
「…………ぷふっ! すまぬ、冗談じゃ、二人が余りにも気の抜けた顔をしてたもので、つい、な? 許せ 」
「「い、いえ!滅相も御座いません!…ゴボ!ガボッ!?…うぇふ!がっはっ!」」
慌てて頭を下げるスケールとカークスの二人だが、ここは風呂の中。よほど焦っていたらしく、湯の中だという事も忘れて頭を突っ込み盛大に咽せる。
「まったく……、人が悪いですよ、レイナルドさん?」
「おお!? これは忝ない。いやいや、一番浮かれているのは儂のようですな、この様な宴は八百年生きておる中で初めてです。………くくっ! この事を先代様がお知りになったら、嘸かし悔しがる事でしょうなぁ……! 」
空になった盃に酒を注ぎながら窘めると、さも愉快そうにレイナルドさんが笑う。
確かに、あの何事にも”面白さ”を優先する爺さんなら、地団駄を踏んで悔しがるに違いないだろうなぁ…?
「楽しんで頂けているようで何よりです。でも、まあ頼みますよ? 今日のこれは、俺が勝手にやった事なんで、あまりあの二人を叱られると、もう出来なくなっちまいますからね?」
「むうっ!? それはちと困りますな!」
「ははははっ!じゃあ、大目に見てやって下さい。それに……、明日からは、間違っても”楽~”なんて言ってられなくなると思いますよ?………なあ、スケール?カークス?」
”ニタリ”と嗤いながら、二人の方を見る。
「………ひぃっ!? お、お手柔らかにお願いします!」
「よ、酔いが一発で醒めた………!? 」
「わははははははっ!ご愁傷様でやすねぇ、スケールさん!ま、頑張って下さいや!」
「く…っ! ウッガぁ~、お前他人事だと思って~~~~っ!? 」
「実際、他人事でやすからねぇ? ヒロトの旦那ぁ、ビシッバシ鍛えてやっておくんなさいよ~~!」
いつもとは逆になって、此処ぞとばかりに、嬉しそうにスケールを揶揄うウッガ。
スケールは言い返したくても、レイナルドさんの手前、何も言い返せずに、ぐぬぬっと唸るばかりである。
「まあ、頼まれた以上は、手加減は抜きだ。楽しみに覚悟しておけよ? それから、そこで他人事みたいに見てるゴウナム!良かったな、明日からは良い訓練相手が出来たぞ? お前も楽しみにしておけ 」
「ぶふうぇっ?俺っ!? 」
ひとり”我関せず”を決め込んで、呑気に笑っていたゴウナムに、突然話の水を向けてやる。
秀真酒は、飲み慣れないと悪酔いしてしまう為、ゴウナムとソニアには度数の低い果実酒を渡してあったのだが、突然話を振られて驚いたゴウナムは、口の中にあった果実酒を吹き出してしまう。
「スケールもカークスも、こう見えても今のお前達に比べたら遥かに格上だ。二人しての連携もなかなかのもんだぞ?しっかり学ばせてもらえ 」
「”こう見えても”は無いでござるよ、ヒロト様………… 」
「あっはっは~~!スケールさん、なんてぇ顔してんだい!」
スケールの情けない表情と言葉に、ウッガがまた大きな笑い声を上げ、他の皆んなも釣られて笑い出す。
こっちに飛ばされてから、なんだかバタバタと騒がしい事ばかりだったが、こんな”ノンビリ、まったり”した夜もいいもんだ…。
それからしばらくの間、賑やかながらも和やかな、ひと時の宴は続いたのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ノンビリ、まったり。
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