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第12章 それぞれの結末
第78話
しおりを挟むーーロゼルダ商国家連合 首都【グリゼルダ】ーー
人口は約六十万とも、七十万とも言われる、ロードベルク王国の王都【グランベルク】にも勝るとも劣らない大都市である。
大陸のほぼ中央部に位置し、数多の商人達が各国から仕入れた名産や特産物が集まり、また、この都市を中継基地として、諸国へと品物が流れていく東西交易の要衝でもある。
また、ロゼルダ国内には”迷宮”も二箇所存在し、沢山の命知らずな冒険者達が、一獲千金を目指して集まっているらしい。迷宮の周りには冒険者相手に商売をする者達も集まって、今では「迷宮都市」と呼ばれる規模まで発展しているという。そこで発掘された数々の”魔導具”の中でも価値の高い物は、冒険者達によって【グリゼルダ】へと持ち込まれ、さらに巨万の富を商人達へともたらしている。
商人を志す者や冒険者の多くは、一度は必ずこの都市での成功を夢見るという、”商国家”と銘打つロゼルダにおいても最も繁栄している都市だ。
だが、金と物が集まると言う事は、人々の欲望もこの都市に集まると言う事に他ならない。
いつの頃からか、活気溢れる表の顔とは別に、もうひとつの名でもこの【グリゼルダ】は呼ばれる事になる。
ーー 【魔都】ーー と………。
資金さえあるならば、希少種の奴隷から超レアな魔導具まで、”手に入らない物は無い”とまで言われ、そこに群がる魑魅魍魎の如き者達の蠢く大都会。
そんな表と裏の両面を持ちながら、発展し続ける欲望と飽食の街、それが【グリゼルダ】である……。
で、現在俺達はそんなグリゼルダに漸く到着し、目抜通りである大通りを通行中な訳だが……、
「今朝採れたばかりの新鮮な魚だよ~っ!! どうだい、そこの旦那!お安くするよっ!」
「さあさあ見てってくれ!新進気鋭の魔道具職人達が作った名品ばかりだよ!」
「お泊まりは是非『赤猫の寝ぐら亭』へ!サービス満点!食事も最高ですよーー!!」
……と、大通りに面した商店からは、活気に溢れた威勢の良い客引きの声が、引っ切り無しに聞こえて来る。
しかも、この大通りはグランベルクの物よりも広く、ライナやサイノ達の様な大型の馬達ですら、余裕で何台もすれ違える程道幅があるのだ。
さっきなんて、ライナ達よりも更に巨大な亀の様な超大型の馬?に引かせた、十トントレーラーのような馬車まで通って行った。
「さすが、聞きしに勝る賑わいだな…!? 」
「そうさね、”商国家”の名は伊達じゃないさ。麦や米なんかの穀物から、珍しい魔獣の肉類、酒や煙草なんかの嗜好品、武器に装備にアイテム、魔道具、性奴隷から宝飾品に美術品、売れる物なら何でも御座れ、さ。賑わしいのは嫌いじゃ無いが、いけ好かない街だよ、まったく 」
雑多な街並みは多くの人々が行き交い、何ともエネルギッシュだ。
売買の交渉だろうか?ある店先では喧々諤々で言い争っているのも見えた。
そんな街並みの様子を馬車の窓から眺める婆さんは、俺の言葉に、何処か不機嫌そうに答える。
「どうしたんだ?何か機嫌が悪そうだな?」
「……ふん!どうせ分かってるんだろ? 確かに此処は大陸中の富が集まる街さ、活気だってある。だけどね、それと住んでる人間が皆んな幸せかどうかは別の話さ 」
窓の外では、そんな婆さんの言葉を証明するかの様に、停車中の馬車に近付き”物乞い”をする、いわゆる”ストリートチルドレン”達の姿が見えた。
この世界では、〈命の価値〉は押し並べて低い。ましてや利益至上主義のこの国では、儲けに繋がらない者の命の価値など、有って無いような物だろう。
「綺麗事だってのは分かってるさ、けどね、気に入らないものは気に入らないんだよ 」
憮然とした表情で呟く婆さん。『全てを救うなんて事は不可能』と、頭では分かっていても『だから仕方ない』と割り切って考えれるかどうかは別問題だ。口は悪いし、色々と困った婆さんだが、実は爺さんと同じで優しいからなぁ……、色々と複雑な思いがあるんだろう。
馬車の室内に、ちょっとだけ気まずい空気が流れる。そんな事を考えながら、少し遣る瀬無い思いをしていたところで、どうやら目的の場所に到着したようだ。御者をしてくれている側近の男性から声がかかった。
「セイレン様、『グリゼルダ議事堂』に着きました。御用意下さい 』
「ああ!分かったよ、御苦労さん。……さて、伏魔殿に到着したようだよ?いよいよ屑共の親玉と対面だ。交渉はアタシがやるから、アンタ等は精々連中をビビらせてやんな!」
獰猛な”嗤い”を口許に貼り付けて艶然と微笑む婆さん。ダークエルフの美貌と相まって、ゾッとする程の色気が滲むが、逆に手を出そうなんて考える奴はいないだろう。そんな笑みだ。
「了~解です~♪ 」
「〈威圧〉しっ放しで良いんだな?」
クランプは”道化師モード”に入りながら、俺はアイテムボックスから取り出した骨面を装着しながら婆さんに応える。
やがて馬車は完全に停止し、外から側近の男性がドアを開けて、恭しく頭を下げる。
「ああ、好きにおやりよ。……さあ、行くよ!」
俺達は、婆さんの掛け声と共に立ち上がり、完全にアウェーである議事堂に乗り込むのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「グソーク様、冒険者ギルド最高ギルド長 セイレン様がお着きになられました 」
ゆったりとした服を着た秘書が、窓際に立つ私へと報告の声をかけて来る。
「ああ、分かっている。今、見ていたところだ。評議員達は皆、集まっているか?」
「ドンナ様、ロイズ様が商談の為、他国に出向かれている為お見えになりませんが、他の皆様は既に第一会議室にお集まりに成られております 」
「分かった。儂も直ぐに向かう。セイレン様も会議室の方にお通ししろ 」
「分かりました。それでは失礼致します 」
此処は「グリゼルダ議事堂」の最上階にある”最高議長室”だ。一礼し、部屋から退出して行く秘書から目を離し、窓から今着いたばかりの赤い馬車に視線を戻す。
「ふん耳尖りの魔女め、わざわざ乗り込んで来るとは、酔狂な事だ 」
直接の配下では無いが、いくつかの商会の連中が組んで、ロードベルク王国からエルフ族や、希少種族の獣人を攫って来ていたのは知っている。
随分、危ない橋を渡るものだとは思っていたが、他の国のエルフ達は森の奥の結界に引き篭もり、ヒト族至上主義を掲げる国家の多い小国家群では、在り来たりなイヌネコの獣人ばかりで、そもそも珍しい種類の獣人など既に存在していない。
無いほど欲しがるのが人間というもの、連中から何人か都合させた奴隷達は、確かに商談の役に立ってくれた。だが、儲けさえ出るならば、奴隷の出自などどうでもいい事だ。
しかし、こうして直接乗り込んで来たという事は、何か確実な証拠でも掴まれたという事、少々惜しい気もするが、ここらが潮時だろう…。
なに、奴隷の仕入れルートなど幾らでもある。ロードベルクの奴らに尻尾を掴まれた”間抜け”共だけ切り捨てればいいだけの話だ。
そう考えながら、ほくそ笑んでいた時だった。御者の男が馬車のドアを開け、恭しく頭を垂れる。
最初に馬車を降りたのは、侍女らしきダークエルフの女、次に現れたのは、道化師の如き姿の女、〈ランクS〉冒険者で、確か名前は「クランプ」だったか……? 相変わらず気味の悪い女だ。
そして、”魔女”様のお出ましか? まったく忌々しい!森の中でおとなしくして居ればいいものを、耳尖り如きが出しゃ張りおって。……まあ良い、適当に相手をして土産でも持たせて追い返せばいい。
だが、もう一人の護衛らしき冒険者が馬車を降りて来た時に、安穏と構えていた気持ちは微塵と散った。
「……っ!?……な…、何っ!? あの女、どんな化け物を連れて来たというのだ…っ!? まさか…、本気で儂等と事を構えるつもりか……っ!?」
最後の男が降りた瞬間、叩き付けるように放たれた膨大な魔力波動。一瞬で抑えられたものの、最上階にあるこの部屋の窓ガラスまでもビリビリと震わせ、直接向けられた訳でも無いのに、この儂までも目眩を覚えた程だ。
見れば、至近距離でそれを浴びたであろう警備兵達は、皆一様に腰を抜かして脅えるばかりか、気を失っている者までいた。
〈ランクA〉とは行かないまでも、高い給金で雇い入れた、それなりに高ランクの冒険者や傭兵達だったはずなのだが……。いや、今の議事堂を覆わんばかりの魔力波動では仕方が無いかもしれん、何しろ”桁が違う”。
長年、金の亡者共や王侯貴族等の権力者達と、対等に渡り合って来た筈の、この儂の手まで震えているのだから……!?
陽の光の下にも関わらず、まるで其処だけ”闇”を人の形に切り取ったかの様な黒尽くめ。先に降りたクランプの、道化師の様な恰好に劣らぬ異様な風体、何より不気味なのは、その顔を隠す獣の骨を模した仮面を着けている事だろう。
クランプが”道化師”ならば、この男はさしずめ ーー『死神』ーー とでも呼ばわる可きか?
「く……っ! こうしては居れん、儂も会議室に急がねば!? 」
慌てて部屋を飛び出し、評議員達の集まっている会議室へと向かう。扉を開け放ち中に入れば、既に集まっていた七人の評議員達は皆、案の定騒然としていた。
「おお、グソーク様! 今の魔力波動は一体…!? 」 「何処かの輩の襲撃ですかっ!? 」 「警備兵!警備兵共は何をしとるんや!? 」
「皆、落ち着けいっ!襲撃などでは無い! ……だが、少々我々の考えは甘かったようだ。 さっきの魔力波動は、冒険者ギルド最高ギルド長、セイレンが連れて来た護衛の者が放った〈威圧〉だろう 」
「〈威圧〉…!? アレがですか!? 」
「せや!この会議室におる儂等にまで届きましたんやで!? 」
「信じられんのも無理は無い。だが、儂は窓から直接それを見ておったのだ。つまり、”魔女”めは、それだけ”本気”で乗り込んで来たという事。対応を間違えば、最悪、ロードベルク王国だけでなく、冒険者ギルドまで敵に回すという事だ 」
『『『『………っ!!!!?? 』』』』
儂の放った一言に、絶句し、評議員全員が表情を強張らせる。
それもそうだろう、ロードベルク王国だけならばまだ良い。外交ルートを使えば、多少こちらが損をする程度で何とかなるだろう。
しかし、冒険者ギルドを敵に回すという事は、採取や討伐の依頼が出せなくなるばかりか、せっかく発展させて来た迷宮の探索、魔導具の発掘が出来なくなってしまう、という事だ。そればかりか、各国を結ぶ隊商の”護衛”までが居なくなってしまう。
いくら売るものがあろうと、客の所へ持って行けなければ商売は出来ない。魔獣や盗賊の犇く荒野を、護衛無しでなど渡っては行けないのだから。
勿論、冒険者や傭兵の中には、金の為にロゼルダに付く者達も居るには居るだろう。しかし、そういった者達は大体において押し並べて質が低い。大幅な業務縮小や利益の低下は免れないであろう。
このロゼルダ商国家連合にとって、外交や防衛、そして攻撃までも経済力こそが要、「金こそが力」そのものなのだ。だが、今回はそれを逆手に取られたと言える。
何しろ「金の力」でのし上がった我々が、その最も頼る可き”経済力”をタテに脅されているのだから、完全に足元を掬われた形だ。
今、その国の根幹に関わることそのものに、我々は揺さ振りをかけられている、と言う事に、この場に居る評議員全員が、今更ながらに気付かされたのだ。他でもない”セイレン自身”が乗り込んで来たのが、その証左、疑う可くもない事実なのだろう。
(「くそっ!返す返すも忌々しい!”あの男”に脅されるまで、そんな事にも気付かないとは、儂も耄碌したものだ!」)
「ともかく、今回ばかりはジオン王も”本気だ”と言う事だ。これは我々の商売の屋台骨を傾けかねない事態だ。セイレンの対応は儂がしよう、幾つかの商会は消える事になろうが、必要経費と心得るのだ。また、この場はもちろんのこと、”軽率な行動”は厳禁とする! 分かったな!」
評議員達が一斉に頷く。さすがに【十大評議員】に成り上がった者達だ。この中には、”例の件”に関わっている連中が直接傘下に居る者もいる。だが、これだけの説明で事態の重要性を理解し、各々の今後の対応を考えているのだろう。そうでなければ、このロゼルダでのし上がる事など出来はしない。
「間も無く【炎禍の魔女】が来る。皆、「超大口の商談」と同義と捉えよ。では、定位置に着け!」
慌てて自らの席へと戻る評議員達と同じく、自分も最高議長席へと向かいながら考える。
(「しかし、あれ程の者を、セイレンはいったい”何処から”連れて来たのだ? 如何に他国であろうと、あそこまでの実力者ならば、儂の耳に入って来ない筈は無いというに……?」)
まあ良い、それも後から調べれば分かる事、他に先んじて情報を得る事は商売の基本、その為に、この国の情報部は並みの国の諜報を上回る実力を持っている。
先ずは、この局面を、少しでも不利益を出さぬ様に乗り切らなくては…!
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