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第12章 それぞれの結末
第75話
しおりを挟むノアを呼び出し、冒険者ギルドから《空間転移》で秀真屋敷まで帰って来た俺は、先ずレイナルドに事のあらましを説明した。
レイナルドは俺からの報告を聞くと、すぐ様それをジオン王への手紙に認め、遣いの者に手渡し、王城へと届けさせた。
「陛下には、全てに決着をつけてから王城へと赴き、改めて直接口頭で報告すると致しましょう 」
レイナルドと相談した結果、「秀真の國」へ行くのは、俺、婆さん、シイラ、レイナルドの四人という事になった。セイリアとラーナちゃんは拉致事件の当事者ではあるが、学院での授業もあるし、何より俺もレイナルドも『こんな事にはまだあまり関わらせたくない』と意見が一致し、同行はさせない事にした。
ソニア達【蒼い疾風】の四人も、昨夜の違法奴隷に関する犯罪組織の一斉摘発、壊滅作戦の為に明け方まで走り回っていた為、帰って来たのは殆んど世が明けてからだったそうで、今は四人とも部屋に戻って爆睡中らしい。
一晩中頑張っていたそうなので、今起こすのは可哀想だろう。同行は無しにすると共に、今日ぐらいは訓練も休みにしておいてやろうかな?
「まず冒険者ギルドへ婆さん達を迎えに行く」と説明すると、ライナとサイノ達、長距離移動用の馬車の準備に行こうとしたので、慌てて呼び止め、レイナルドに”目を閉じろ”と指示する。
訝しがるレイナルドを「いいから!」と、強制的に目を閉じさせて、ノアに”念話”で冒険者ギルド本部の婆さんの部屋、「最高ギルド長室」へと《空間転移》の指示すると、瞬きのうちに影が”闇”へと変わり俺達を包み込むと、次の瞬間には「最高ギルド長室」へと転移していた。
「もう目を開けてもよろしいですか、ヒロト様?何やら魔力波動の高まりを感じました…が…っ!? な、な、な!何じゃこれはっ!? こ、此処はセイレン様のお部屋ではござらんかっ!? こ、こ、これは如何した事でござるかヒロト様! 」
ーーぷっ…ククッ! …っシャあっ!やってやったぜ!ーー
いつも澄ました顔でアレコレと”やらかしてくれる”レイナルドに、ちょっとしたイタズラ心からの仕返しのつもりだったんだが、予想以上に大成功だったみたいだ。
目を開けた途端に、居場所が婆さんの部屋に変わっていた為、驚き過ぎていつもの”デキるイケメン執事”から、口調まで森の中で初めて会った時の”爺言葉のお侍さん”という素の状態に戻ってしまっているようだ。
「喧しいねっ!何騒いでるんだい!レイナル……ド? ………ぷふっ!?」
「も、申し訳ありませぬセイレン様!い、いや!某にも何が何やら…っ!? 」
今だキョロキョロと部屋中を見回して、動転しているレイナルドを見て笑っていると、騒ぎを聞きつけたのか、着替えを済ませたシイラを伴った婆さんが部屋へと入って来たのだが、いつもは微笑みを絶やさず泰然自若としたレイナルドが、オロオロと右往左往している様子に目を丸くし、次いで婆さんまでが吹き出していた。
狼狽えるレイナルドに、ノアの能力である《空間転移》の事を説明しながら実際にやって見せてやる。部屋の外に出るだけのごく短距離の転移だったんだが、目の前で影に飲み込まれて消えた俺が、ノックと共に再度部屋の中に入って来ると、レイナルドばかりかシイラまでもが目を丸々と見開いた驚愕の表情をしていた。
何故かその後、大興奮した二人から大拍手を貰ってしまったんだが、どうやら二人共”あり得ない”光景を見て、何だか変なテンションになってしまったらしい。
ーー閑話休題……ーー
興奮冷めやらぬレイナルドとシイラを宥め、予定通り婆さんを含めた四人で改めて「秀真の國」へと《転移》での移動を開始する。
”伝説”でしかなかった転移魔法を体験出来るとあって、シイラまでもが期待に満ちたワクワクとした表情を見せていた。
まあ、気持ちは分かる。俺もノアが《空間転移》が使えると分かった時には『よっしゃああっ!《◯ーラ》ゲットーーっ!! 』と思ったしなぁ…。
だが、シイラにとって、こんな事で”気晴らし”となるのなら、それに越した事はない。良い気分転換にもなるだろう。
「秀真の國」に行けば、マーシャスの顔を再び見る事になる。自分から決めた事とはいえ、嫌な思いも、辛い思いもする事になるのだから……。
「よし、じゃあノア頼むよ 」
「御意にございます 」
足元から広がったノアの闇が立ち上がって、一瞬俺達を包み込むが、次の瞬間にはすぐ闇は晴れて、俺達は「秀真の國」の、ある場所へと《転移》していた。
「ほい!到着~~!」
「本当に一瞬だったね…!? うむ、確かに部屋の造りは秀真のようだけどねぇ…?」
「……!? 何だか一瞬 フワッとしましたが、これで終わりなんですか? 」
「おぉ…っ!? …これが《空間転移》ですか…!…しかし…、何やら見覚えのある部屋ですな? 」
婆さん、シイラ、レイナルドの反応は三者三様、だが、あまりにも呆気なく転移してしまったせいか、拍子抜けしてしまったようだ。
「な、ななっ!何じゃお前らっ!? 一体何処から湧いて出たんじゃっっ!!!? 」
おや?背後から妙に聞き覚えのある声が……? なーんて、本当は分り切っているんだけど。
振り返れば、刀の柄に手を掛けて、今にも鯉口を切らんとした姿勢のまま、固まっている【黒き武神】こと爺さんの姿が。
「よっ!爺さん、久し振りだな!」
「ヒロト…に、レイナルド! セイレンまでおるではないか…っ!? 突然部屋の中で魔力波動を伴った闇が膨れ上がったと思えば、いきなり現れおって…!? いったいどういう事じゃ!? 」
そう、俺がノアに指示した転移先とは、爺さんの私室だったのだ!
いやいや、毎回毎回、俺ばっかりが驚かされたり慌てさせられたりと、とにかく振り回されっぱなしだったから、今日は爺さんやレイナルドの慌てふためく姿を見られて大満足だ。やっほぅ!
「ではヒロト様、我はこれにて 」
足元から、ノアが話しかけてきた。セイリアは今日も学院での授業がある為、《転移》だけ頼んで、これからまたノアは護衛の為にセイリアの元へと帰るのだ。
まあ、本人的にもセイリアに抱かれたり、膝の上で撫でられたりするのが気に入っているらしく、嫌々ではないそうなので大変ありがたい。
ちなみに、帰る時になったらまた〈念話〉で呼び出して、迎えに来てもらう予定である。
「ノア様、ありがとうございました 」
「ありがとうございました。ノア様、お嬢様をお願い致します 」
「ネコちゃん、ありがとね 」
「ありがとな、ノア。んじゃ、また帰りはよろしく頼む 」
「心得まして御座います。では…!」
皆が口々にノアに礼を言い、それに頷きだけで応えると、俺に向かって頭を下げた後、トプンッ!と影に沈み込むようにノアの姿が消えた。
「お主ら、こっちを向かんかいっ!儂の話を聞かんか!…と、言うか、先ず靴を脱げぇーーーーーーーーっ!!!! 」
丸っ切り無視をされて、一人地団駄を踏む爺さんの叫びに、「あっ!?」と言う顔で改めて気付いて足元を見る、シイラ以外の俺、婆さん、レイナルドの三人。
そうでした、ここは秀真なんだから当然和式、土足厳禁である。
ごめんよ、爺さん…っ!?
その後、すっかりムクれてしまった爺さんを宥め、今日、秀真を訪れた事の詳細を説明する。
ふむふむと頷きながら話を聞いていた爺さんだったが、シイラの件に触れると、痛ましげに眉をしかめ、詫びの言葉をシイラへと告げた。
「そうじゃったか……。我が里の者がトンデモない事を仕出かしてしまった。済まなかったの、娘さん。何と詫びれば良いのか、言葉すら出て来ぬよ…、償い切れる物では無いが、儂に出来る事ならばどんな事でもさせてもらう。この通りじゃ、本当に申し訳なかった ……」
「そ、そんな!? ど、どうか頭をお上げ下さい、武神様! 」
真摯な言葉と共に畳に両手を着き、深々と頭を下げる爺さん。
すると、爺さんのすぐ横でもう一人、両手を着いて、畳に頭を擦り付ける程深く頭を下げる男性が現れる。
「いや…我が父の言う通りだ。我が里の者が犯した不始末、全ては当主である私の不覚と致す処、一族に成り代わり、この通り伏してお詫び申し上げる。実に申し訳なかった 」
爺さんを宥めている間に、レイナルドが呼びに行った「秀真の國」当主、いや、”キサラギ辺境伯領現領主”「ランド・ラル・キサラギ辺境伯」その人だった。
同じダークエルフとはいえ、シイラは一庶民でしかない。だが、目の前で土下座をして謝罪しているのは片や知る人ぞ知る”大英雄”と、もう一人は雲の上の”大貴族”だ。
すっかり恐縮してしまったシイラは、どうして良いか分からなくなり、オロオロとしてこちらに救いの目を向けて来た。
「ほらほらアンタ達、気持ちは分かるけどその辺にしときなよ?詫びるどころか、すっかり困らせちまってるじゃないか。この娘はね、詫びてもらいたくて来た訳じゃないんだよ。辛い経験を乗り越える為にここまで来たんだ。だったら、やらなきゃいけない事があるだろう?」
婆さんの言葉に、やっと顔を上げる爺さんとランドさん。そんな爺さん達を見詰め、躊躇いながら、だが、強い決意を込めた想いをシイラは口にする。
「セイレン様にも言いましたが、皆さんを恨んでなどおりません。私は…私達をあんな目にあわせたあの男の結末をしっかりと見詰めて、私自身が立ち直る…いえ、生まれ変わる為に秀真まで来たんです。ですから、もうそんなに謝らないで下さい 」
ぎこちなく、だが、今出来る精一杯の笑顔でそう答えるシイラ。そこには哀しみや苦しみを、必死に乗り越えようとする女性の、確かな美しさがあった。
「強い娘じゃのう……。あい分かった。ならば最早言葉は重ねまい。じゃが、これだけは覚えておいておくれ。今後、何があろうと、どんな時でも儂らはお前さんの味方じゃ。もしも何か助けが必要な時は、いつ如何なる時でも、この秀真の全サムライがお前さんの元へと馳せ参じよう。それを忘れないでおくれ…… 」
「ありがとう…ござい…ます 」
シイラの手を取り、優しく包み込みながら、切々と爺さんは語りかける。それを聞いたシイラは、肩を震わせて静かに嗚咽を漏らすのだった。
『お爺さん、やっぱり優しい方ですね… 』
『まぁ…な? いつもこうだと良いんだけどなぁ…… 』
爺さんが慕われている理由のひとつはコレだろう。いつもは悪戯好きで、人を振り回す困ったイメージばかりだが、反面、仲間思いで情に厚く、懐が深い。これなら里の皆から慕われるのは当然と言えるだろう。
正に理想の英雄像なのだが、普段振り回されている者からすれば「いつもこうなら…!?」と思ってしまうのは仕方ないよな?
「ほら、分かったならサッサとしておくれ!この娘はね、昨夜助け出されたばっかりなんだよ。立っての願いで連れて来ちゃいるが、本当ならまだまだ休んでいなきゃダメなんだ。ボヤボヤしてんじゃないよ!」
「分かった、分かったからその様にが鳴り立てるで無いわ!まったく…、十年振りだというに、せっかちなのは変らんのぅ… 」
「アンタにだけは言われたくないんだよ!」
会話だけを聞いていると、熟年夫婦のそれなんだが、目の前で会話しているのは中学生くらいの美少年と妙齢の美女の二人。エルフ族では普通の光景なのかもしれないが、違和感が半端無い……っ!?
「はぁ、…まあ良いわ。ランド!早急に遣いを出してフェルンド家の者達を呼べ。後は…そうじゃな?タテワキめも呼んでおいた方がいいじゃろう 」
「畏まりました。…誰かっ!誰かある!」
ランドさんが家人の者を呼び、二言三言交わすと、家人はランドさんに一礼して退出していった。
爺さんに言われた通り、事件の張本人であるマーシャスの家族と、家老のひとりであるタテワキのおっさんを呼びに行ったのだろう。
「では父上、私は”裁きの間”の用意をして参ります。では、これにて 」
ランドさんは、こちらにも頭を下げると、ひとり部屋から退出していく。
「さて……、すぐにフェルンド家の者やタテワキめも駆け付けて来よう。皆には”裁きの間”の控え室の方へと御足労願おうかの。では、儂が案内致そう… 」
よっこらしょ、とそこだけはジジ臭い掛け声と共に立ち上がった爺さんに連れられて、俺達も部屋を後にするのだった。
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