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第11章 イオニディア・ゼロ
第72話
しおりを挟む『マスター、敵性反応、残り”三”、二名ほどが建物内に逃げ込んだ模様です。周囲は残り一つを除いて全て沈黙、中庭の制圧はほぼ完了しました 』
『了解、アイ。”救出対象”は問題無いな?』
『イエス、マスター。個体数三十六で変化ありません。三十三が三グループに分けられ一箇所に、二名がそれぞれ建物内二階の個室に、残る一名が…… 』
『ああ、分かってる。「秀真の國」でマーキングしたままの奴と一緒だな、確認してるよ。……さて、捕まってる子達が可哀想だし、とっとと終わらせるか 』
悪党共が「誰だ!?」「何だ!?」と喚き散らして煩かったが、どうせ全員始末するので会話などしてやる必要もなく、こうしてアイとだけ会話しながら連中を処理していた訳だが…。
実を言えば〈気配察知〉と〈索敵〉を組み合わせ、更にアイがマップ表示してくれた反応に対して、誘導式の《魔弾》を一斉射して、全員の頭を一遍に撃ち抜きでもすれば、もっと早く状況は終了したし、簡単に事は足りた。
だが、俺はそんな簡単に死なせてやるつもりなどさらさら無かった。そして、何故わざわざこんな風に城壁をブチ破って派手な真似をしたかと言えば、こいつらに自分達の”罪”を、仕出かした事の”報い”を、思い知らせてやりたかったからだ。
爺さん子飼いの【影疾】や、婆さん独自のギルドの密偵、ジオン王の諜報員は非常に優秀で、既に相当数の違法な人身売買の証拠を集めている。今回の手入れで押収した資料や契約書を元に、追える限り、出来る限り、正規の交渉から政治圧力、果ては脅迫紛いまで、正攻法から裏技まで裏表併せた有りとあらゆる方法を用いて奴隷に堕とされた人々を救い出す予定だと言う。
だが、買い取ったのはロゼルダ商国家連合の奴隷商だ。当然、その目的は更に高値を付けて売却する事であり、顧客はおそらく主に他国の富豪や貴族達だろう。いくらレアで高価な品物であろうと、眠らせたままでは利益は出ない。「商国家連合」と名が付くならば、嘗て地球に居た頃に籍のあった『企業連合国家”大和”』と同じく利益至上主義の筈、つまりは”儲けてナンボ”だろう。ならば、同じ様な考えの商人ばかりである同国内に居る可能性は低く、今まで攫われた者のほとんどが、既に諸外国へと売られてしまっているとみて間違いない。
ヒギンズとかいうクソ親父は、それと分かる範囲でもおよそ五年程前から違法奴隷の売買に関わっていたらしいし、ロードベルク王国と直接交流のある国ならばともかく、更にその先となると、どこまで消息を掴めるかは正直分からないだろう。生還率は良くて三割、ヘタをすれば二割も行かないかもしれない。
だが、それでもジオン王や婆さんは『救える者は徹底して救う』と決意している。二人のこの思いが嬉しく、好ましかった俺は、この件に関しては、俺も積極的に関与するし、それこそ”無償で構わない”と婆さんに伝えたところ、「馬鹿だねぇ、アンタも……。でも、ありがとうよ…… 」と、苦笑しながらも婆さんは嬉しそうだった。
しかし、犠牲となった者たちを、無事に親や家族の元へと取り戻したとしても、その心には治し難い深い傷を負っている事だろう。ましてや喪われた者は二度と戻らないのだから……。
だから、俺は犠牲となった者達の痛みを、苦しみを、絶望を、千分…いや、万分の一でもこいつらに味あわせなければ気が済まなかったのだ。例えそれが俺の自己満足に過ぎなかったとしても……。
「……さて……、そろそろいいだろう?出て来いよ『マーシャス・フェルンド』」
大鎌を肩へと担ぎ直し、開いたままになっているアジトの出入り口の扉へと顔を向ける。本人は息を殺し、上手く隠れているつもりだろうが、感度を上げた聴覚デバイスには、しっかりと二人分の鼓動が聞こえている。息を止める事は出来ても、さすがに心臓までは止める事は出来ない。
まあ、それ以前に秀真での”大宴会”の時にマーキングして、とっくに枝付きにしてあるから、何処に居ようと居場所はバレバレなんだが。
一瞬鼓動が跳ね上がった後、自分を落ち着けるように息を吐くのが聞こえる。どうやら思った通り小心者らしいな?
扉の陰から、マーシャスがゆっくりと出て来るが、一人じゃない。もう一人、ダークエルフの少女の首に腕を回して羽交い締めにし、その首に刀まで押し当てて、少女を盾にしてその陰に隠れるようにしてだ。
何と言うか、ホントにゲス野郎だなコイツ。
「……何者だ? ロードベルク王国、ジオン王の手の者か?」
「……答えてやる必要は無いんだがな?まあ、そんなところだ。どちらかと言えば最高ギルド長の方だけどな 」
「……くっ!? 【炎禍の魔女】、セイレンか……っ!? 」
何とか平静を装っているつもりだろうが、動揺しているのが手に取るように分かる。あーあー、必死に大物ぶろうとしてるくせに、もうボロが出てやがる。
「お前には”違法奴隷売買”や秀真の國を壊滅させようとした罪、それらを始めとする数々の”国家反逆罪”でロードベルク王の名の下に捕縛命令が出ている。最高ギルド長から、貴様の捕縛の指名依頼を受けて俺が来た。ちなみに条件は『生死を問わず』だ。抵抗しても構わんが、結果は変わらんぞ?」
声に抑揚を付けず、淡々としたトーンで宣告してやると、小さくビクッ!ビクッ!と反応している。裏から色々手を回して黒幕を気取ってはいるが、その実、やっぱり気が小さい男のようだ。
そうそう、ちなみに今の俺の声はいつもの俺の声では無く、アイのメモリにあるデータから、ある人物の声を選んで音声サンプリングで再生、変更している。
誰の声かと言えば、【零】の時の副隊長「アラン大尉」の声だ。常に沈着冷静、”冷酷”と言われる程の状況判断、”冷徹”な機械の如き作戦指揮に、付いた二つ名が【アイスマン】。
実際、俺と相棒である大輔の作戦成功率は高かったものの、作戦途中での行動や言動等は全てモニターされ記録されている。大輔のバカがよく突っかかって来た所為で、作戦行動中だってのに、しょっちゅう喧嘩になっていたもんだった。おかげで作戦終了後には作戦の成否に関わらず、作戦中の俺達の会話ログや記録映像を繰り返し見せられながら、アラン大尉からありがた~い”御指導”と言う名の説教を延々とされ続け、無傷なのに疲労困憊、満身創痍、「HPはゼロよ!?」な状態での帰還ばかりだった。
あれなら親父にど突かれてる方が数倍マシだったなぁ……。
そんな訳で、〈ランクSS〉冒険者『零』の声として、俺が選んだのは「聞いてるだけで威圧感を感じる声」ナンバーワン(俺比)のアラン大尉の声だった。どーだぁっ!聞いてるだけでガリガリと気力ゲージが減って行くだろう!ふはははははははははっ!
うーむ…?しかし、自分自身が発している声ながら、過去のトラウマがチクチクと刺激されて俺自身の気力ゲージまで減っていってるような…?
あれ…?もしかして一番ダメージ受けてるのって俺!? これって失敗じゃね!?
どう見ても、声を出してる自分自身の方がダメージがありそうな事に、今更ながらに気付いて内心冷や汗が流れるが……、ま、まあ、今は”狼骨の仮面”も着けてるし、どれほど微妙な顔をしていても表情は読まれないだろう。
ーー(次からはアラン大尉の声真似は絶対にやめよう!)ーーと、秘めたる決意をする俺だったが、さすがは【アイスマン】の声と言うべきか、低く硬質な冷たい感じの声は確実にマーシャスを威圧し、動揺を増幅したようだ。
「く…っ!? うぅっ……!」
「どうする?抵抗しようがしまいが、どっちでも構わんが?」
「まっ!?待て!セイレンの手の者ならば、冒険者だろう!どうだ、私と”取り引き”しないか!? 」
おや?切羽詰まった挙句、”取り引き”と来たか。よくあるパターンと言えばパターンだが、多分テンプレな事を言い出すんだろうなぁ……?
「取り引き?面白い事を言う……。まあいい、言ってみろ。聞くだけは聞いてやろう 」
どんな事を言い出すのか、ほんの少しだけ興味を持ってそう言ってやると、交渉の余地を見付けたと思い込んだようで、勢い込んでマーシャスが喋り出した。
「どうだ、私と組まないか?さっきの連中を始末した腕前から見て高ランクの冒険者なんだろうが、私ならば、ギルドの報酬よりもはるかに高額の報酬を約束しよう!それだけじゃ無い、ありとあらゆる贅を愉しみたくはないか?女はどうだ? そうだ!? 手始めにこの女をやろう!些か使い古しだが、滅多に手に入らないダークエルフだぞ?なに、飽きたら売ればいい、どうだ、抱きたくはないか!? 」
……何と言うか……、ここまでパターン通りのセリフを宣うとは……。もしかして”お約束の神”なんてのも居るんじゃないか?と思ってしまうな?
「同じダークエルフだろう?同種族なのに、仲間を売るのか?」
「はっ!仲間?私に仲間などいない!この世界では「強者」である事が全て!そして、その「強者」すら、”金の力”の前に膝を屈する。ならばーー『金こそが力』ーーなのだ! どうだ?私と来れば、今までとは比べ物にならない金が手に入るぞ!? 」
「……下らん 」
「は?」
「『下らん』と言ったんだ。その辺りの事には充分満足しているんでな 」
そう言って、ゆっくりとマーシャスの方へと歩を進める。
「ま、待てっ! 何でも望みを叶えてやる!それならいいだろう!? 」
「”望み”…か?俺の望みは、貴様等のような人を喰い物にする屑共に、相応の報いを与えてやる事さ 」
ゆっくり、ゆっくりとマーシャスの奴に近付いてやる。この男が少しでも多く恐怖する様に。少しでも深く絶望する様に。
「く…っ!? 来るなっ!こ、この娘がどうなってもいいのか!? 」
交渉の余地無しと見るや、今度は羽交い締めにした少女の首に刀を押し当てて、姑息な手段でその命を盾に取りこの場を切り抜けようとするマーシャス。
「……馬鹿か、貴様は…?所詮、縁も所縁も無い初対面の小娘ひとり、この俺に対して人質になる筈が無いだろう?」
「ひぃっ…っ!? 」
ゆっくりと、歩みを止めないままそう言い切ってやる。せいぜい怖がれ。
まあ、「人質にならない~」は当然ハッタリだ。マーシャスのバカが焦って本当に少女の首を傷付けないか冷や冷やモノだ。
『アイ、あのバカが本当に女の子を傷付け無い様に、いつでも《魔弾》を撃てる様にしておいてくれ。トリガーは任せる 』
『イエス、マイマスター。照準はヘッドショットですか?』
『いや、爺さん達は”生け捕り”を望んでいる。両手足にしておいてくれ。万が一に備えて、俺も糸を伸ばして奴の刀に巻き付けておく』
『イエス、マイマスター、《魔弾》発射準備完了、ターゲットロックしました』
『ん、ありがとうアイ。ああ、一応《治癒》の準備もしておいてくれ』
『イエス、マイマスター、《治癒》の魔法回路も起動しておきます』
これで備えは万端。もしもマーシャスが彼女を傷付けたとしても、即座に治療が可能だ。
しかし、その時だった。意外な人物の、その口から思ってもみなかった言葉が飛び出したのは。
「……殺して………」
「なに…?」
それは、マーシャスの人質となって羽交い締めにされているダークエルフの少女の口から出た一言だった。
抵抗する素振りすら見せなかったダークエルフの少女は、ここで初めて口を開いた。
少女は、ついさっきまで無理矢理陵辱されていたのだろう、素肌の上に薄手のシャツを羽織らされただけの姿で、前のボタンすら留めていない。その為に、その滑らかな腹や、その下の淡い草叢までが夜気に晒されていた。
だが、少女はそんな自分自身の姿を恥じらう事も無く、隠そうともせずに、ただマーシャスのされるがままになっていた。よほど非道い扱いを受けていたのだろうか? エルフ族の特徴でもある整った顔だちに表情は無く、その瞳は絶望に暗く染まり切っていた。
そんな彼女が、初めて感情らしいモノを見せ、今まで焦点の定まらなかった瞳が色を持ち始め、俺を見詰める双眸から涙が溢れる。
「お願い……、コイツごと、私を殺して……! 」
「……っ!? だ、黙れっ!! 何をふざけた事をっ!? 」
「あぐ……っ!?」
【隷属の首輪】の効果なのか、マーシャスの言葉に反応して、苦痛の表情に顔を歪める少女。だが……、
「……お願い…、私…、女としてだけじゃ…ない、人間として、こんなに…、こんな、に、穢されてしまった……っ!……もう、もう家族の所になん…て、帰れない…。こんな首輪の所為…で、死ぬ事も出来ない!…お願い、殺して!コイツごと私も殺してえぇぇぇぇぇぇっ!! 」
体を苛む苦痛に苦しみ、滂沱と涙を流しながらも、ダークエルフの少女は慟哭の叫びを上げたのだった………。
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