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第6章 蒼い疾風

第41話

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「旦那!あそこ、あそこの店の串焼きが絶品らしいですよ!安くて美味くて酒も良い!と三拍子揃った良い店なんだそうでやすよ、さあさあ!早く行きやしょう!! 」

 まさか俺から誘われるとは思ってなかったらしく、最初は驚いていた三人だったが今はとても楽しそうだ。

 いつの間にか道行く人達からオススメの店を聞き出していたウッガを先頭にして一軒の酒場に入る。店内は肉の焼ける香ばしい匂いと煙が充満し、さっき晩飯を食べたばかりなのに、強烈に食欲を刺激してくる。

 四人掛けのテーブル席へと案内され、ホロ鳥の焼き串の他、オススメの焼き串を四人前とビールを注文する。

「「「「乾杯ーーーーいっ!!」」」」

 暫く待って出てきた待望の”ホロ鳥の焼き串”を肴にビールで乾杯、一気に流し込むっ!?

 美味いっっ!! く~~~~っ!? 最高だぁっ!! 焼き鳥片手にビールで一杯。イオニディアに来てまでコレを味わえるのは思っていなかったので、喜びもひとしおだ。だが……!?

 「どうしたんです、旦那?そんな難しい顔をして?」

 眉根を寄せて空になったジョッキを見つめる俺を見て、ウッガが不思議そうに尋ねてくる。

「いや、な…? 」

 俺が難しい顔をしていた理由。それはビールが温い・・・・・・事だった。
 地球のビールの歴史は古く、なんと紀元前四千年頃にメソポタミア文明のシュメール人によって造られたらしい。その後、ローマやギリシャ、エジプトに、ヨーロッパ等の各地へと広まっていったらしいのだが、ビールは原料に麦を使う事からも別名「液体のパン」と呼ばれ、当初は酔いを楽しむ為の飲料ではなかったそうだ。歴史が進むにつれ、酔いを楽しむ嗜好品となっていったのだが、現代で飲まれているような”冷えたビール”という物は、冷蔵技術が進歩した二十世紀も半ばを過ぎてからと、人類とビールの長い歴史から見ればほんのつい最近、という事らしい。もともとビールとは常温で飲むのが当たり前、それどころか、種類によっては温めて・・・・飲む物まであるという。

 しかし、俺は生粋の大和人、俺にとってビールとは冷えていて当然・・・・・・・の飲み物なのだ……。

 ウェイトレスの女の子にお代わりを四つ注文し、すぐ様手を伸ばそうとした三人を引き留めて新しく来たビールのジョッキに手をかざす。

『アイ、頼むな 』
『イエス、マイマスター、任せて下さい! 』

 直後、テーブルに置かれた四つのジョッキの表面が白く曇り、その後にはびっしりと表面が水滴に包まれる。

「旦那?いったい何をしてらっしゃるんで?ビールに何かしたんですかい? 」
「俺のオススメの飲み方だよ。まあ、騙されたと思って飲んでみな?ただし、グッ!と半分は一気に飲むんだぜ? ほらほら、乾杯~~い!」

 怪訝そうな顔の三人だったが、冷たくなったジョッキに驚きながらも言われた通りにその手に持ったジョッキを傾ける。

ーー「「「……っ!? 」」」ーー

 喉を鳴らし、そのまま一気に飲み干した三人は、ダンッ!と空になったジョッキをテーブル置き…、

「「「く~~~~~~~~っ!?」」」

 感極まった声を上げる。

「何ですか!ヒロト様これはっ!? 」
「美味いっ!!冷えたビールが喉を通って行くのが堪りません!? 」
「おーい、ねえちゃん!もう一杯、もう一杯お代わりだ、早く持って来てくれ!!」

 そして届いた三杯目のビールを前に、キラキラと期待の目で見つめてくる野郎が三名。うんうん、気に入ってもらえて何よりだ。やっぱりビールはこうでなくっちゃな!!
 俺は再度ビールのジョッキに手をかざし、アイに頼んで飲み頃の温度に冷やしてもらい、

「「「「乾杯~~~~い!!」」」」

 俺達は高々とジョッキを掲げ、本日三度目となる乾杯を交わしたのだった。
 そうして暫くたわいない話で盛り上がりながら、男四人で飲んでいると……、

「あ~~っ!やっぱり兄貴だっ!? 」

 店の入り口でそんな声がして、背後からタタタッと軽い足音。ガバッと抱き着かれるのと同時に、”むにゅり!”と背中で潰れる柔らかい”何か”の感触。

 ……いや、まあ”何か”の正体は分かってるんですけどね?

「兄貴~~っ!会いたかった!! 店の前を通りがかったら、兄貴の匂いがしたから覗いてみれば!?やっぱりアタイ達はつがいになる運命なんだなぁ~!ゴロゴロゴロ…… 」

 背中から俺に抱き着いて、スリスリと頬っぺたを擦り付けながら、まるで大きな猫のように嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らすソニア。

「やあ、お兄さん、さっきぶり~~!」
「こんばんは、ヒロトさん 」

 続いてマーニャとアーニャも店に入って来た。相変わらず良く似た双子だ。マーニャは溌剌とした雰囲気のショートヘアーの蒼髪、アーニャはお淑やかな雰囲気に良く似合うやっぱり蒼髪のロングヘアー。背は同じくらいだし、出逢ってまだ二日、その違いが無ければ判らないかもしれないくらい良く似ている。
 そして最後に、男ひとりだから黒一点?ゴウナムも大きな身体を揺らして俺達のテーブルに近付いてきた。

「よう、ゴウナム。今報告の帰りか?」
「ああ、”兄貴”達のお陰で護衛の依頼としては達成出来たが、馬を一頭死なせちまったからな…。正直、報酬が出るか心配だったんだが、死にかけた御者のおっさんを助けたってことで、文句を言われるどころか、逆に【駅馬車組合】から御礼まで言われて、減額どころか報酬の割り増しまでしてくれたよ。これも”兄貴”達のお陰だな、ありがとうよ 」
「いや、それは別にいいんだが…、何でお前まで”兄貴”呼びなんだ? 」
「そりゃあ、姉貴の番なら俺にとっても”兄貴”だろうよ?」

 「当然だろ?」という顔で、さらっとトンデモない事を言ってくるゴウナム。

「ちょっと待て!?俺はまだソニアとつがいになるとも何とも一言も言ってないぞ!? 」
「いやあ、もう無理・・・・だと思うぜぇ?こんな姉貴だが見てくれだけは良いからな、俺達【蒼豹族】の村では皆んな姉貴と番に成りたいって奴ばっかりだったんだ。だが姉貴は「自分より弱い奴の番にはならん。オレが欲しけりゃ勝負して勝ってみろ!」ってな。結局、求婚して来た村の雄を全員叩きのめしちまった挙句「つまらん!!オレは冒険者になる! オレより強い奴に会いに行く!!」って、皆んなが止める暇すら無く村を飛び出しちまったんだ。姉貴一人じゃ心配だし、ちょうど俺も冒険者になるつもりだったからな、一緒に村を出て来たんだよ。村を出た後も姉貴目当てに近付いて来る奴は山ほど居たが、やっぱり全員ブッ飛ばしてな。その姉貴が自分から「つがいにしてくれ」なんて、正直俺は自分の耳を疑ったぜ ?」
「ボク達は小さい頃からゴウナムの番になるって決めてたから~~ 」
「はい、私達も一緒に村を出て来ました。でも、ゴウナムの言う通り、本当にこんな猫みたいになったソニア姉さんは初めて見ます 」
「そうそう!「アタイ」とか急に言い出しちゃってさ~、ボク思わずヘンな物でも食べたか?とか思っちゃったもんね!? 」

 何だそれ!?「オレより強い奴に会いに行く!!」って、どこのジャ◯プの主人公だよ!?  しかも、結構酷いなお前ら!? ソニアの事を言いたい放題だが、もともと幼馴染でそれだけ仲が良いって事なんだろうけど。

「はぁ……、まあ、つがいになるとかどうとかは取り敢えず置いといてだな、お前ら飯はもう食ったのか?まだだったら何でも好きな物頼んでいいぞ。モヒカン共の代金を貰ったからな、どうせついでだ、奢ってやるよ 」

「マジ!?やったぁ!さ~すがボク達の”お兄ちゃん”!」
「いいんですか?じゃあ、ご馳走になります、ヒロト”兄さん” 」
「有難い!ゴチになるぜ”兄貴” 」
「さ~すがアタイの・・・・”ハニー”!ますます惚れ直したぜ!」

『てれれってってってー♪ 「ヒロトは弟が出来た!」「ヒロトは妹が2人出来た!」「ヒロトは”嫁”が増えた!」「ヒロトのハーレムレベルが4上がった!」』

 おい!? 何でもう全員が兄さん呼び!?しかも、おいソニア!ドサクサに紛れて、ちゃっかり呼び方を”ハニー”にしてんじゃねえよっ!?

 ところで、アイさん?…もしかして怒ってます……?

 まあ、それはともかく、【蒼い疾風ブルーソニック】の四人を加えた八人で再び乾杯。冷やしたビールに吃驚したり、やたらとソニアが引っ付こうとしてくるのを適当にあしらいながらも楽しく飲んでいると、またもや入り口から声が聞こえて来た。

「あぁ~~っ!?なぜソニアがヒロト様と一緒に居るのだっ!!」

 いつの間にレイナルドさんの”監視”を潜り抜けて来たのか、店の入り口にラーナちゃんを連れたセイリアが立っていた。しかもそれが間が悪いことに、ちょうどソニアが俺の左腕を取り、その”巨大戦略兵器”を使用して大攻勢に出ていた瞬間だったりする。
 みるみる涙目になったセイリアはダダダッ!と駆け寄ってくると、ガッ!と反対側の右腕を取ってギュっと抱きしめる。
 その仕草はお気に入りを取られまいとする幼い子供のようで可愛らしいが……。

「ひ、ひどいですヒロト様!わ、私はお留守番なのに、ソ、ソニアとだけ、あんなに楽しそうに!? 私だって、もっとヒロト様と、いだいのに~~!ふえぇぇぇぇん! 」

 と、とうとう泣き出してしまった。

「待て、セイリア。ソニア達とは偶々ここで会っただけだぞ?待ち合わせとかをしてた訳じゃないし、セイリアを仲間ハズレにしたりする筈ないだろ?」
「でもぉ~~~~~~っ!」

 俺の説明にもなかなか納得せず、グスグスとグズり続けているセイリア。そんなセイリアの姿を見て、カークス達が苦笑する。

「いやぁ、さっきのアーニャ達の言葉ではないですが、我々もこんな姫様は初めてです 」
「真に。ヒロト様に会う前の姫様は、武家の名門の子女たらん、と常に凜としておられましたからなぁ…… 」
「いやぁ、でも、あっしは良い事だと思いやすぜ?常に気を張ってるってなぁ、疲れますからね、旦那に出逢って、姫様も年相応に娘らしく振る舞える様になって良かったんじゃないですかい? 」

 ウッガの言う通りかもしれないな、出逢った頃のセイリアは、何だか無理をして背伸びしていたような気がする。だが、今はその反動なのか逆に精神年齢がエラく下がってしまったようにも感じるんだが……?甘えられてるって事なんだろうか?

「もう泣くなよセイリア。まあ、来ちゃったものはしょうがないし、せっかくだからセイリアとラーナちゃんも何か好きな物を頼みな。こうなったら楽しまなきゃ損だぜ?レイナルドさんには俺も一緒に怒られてやるからさ 」
「やった!本当ですか!? えへへ、ヒロト様ぁ…!」
「我儘を言ってすいません。ありがとうございます、ヒロト様…。(いいなぁ…姫様……) 」

 泣いたカラスがもう笑う。頬を緩ませて、ピトリとくっついて幸せそうに笑うセイリアと、お礼を言いながらもどこか不満気?なラーナちゃん。

「じゃあ、仕切り直すか。ラーナちゃんも座って、ウッガ!追加のビールと何か美味そうな物を適当に頼んでくれ。…あっ、セイリアとラーナちゃんにはアルコールはダメだぞ!帰った時に余計にレイナルドさんに怒られちゃうからな 」

 矢継ぎ早に指示を出し、場の雰囲気を切り替える。ラーナちゃんもセイリアの隣へと腰掛け、そうこうしている内に追加のビールとセイリア達用の果物を搾ったジュース、美味しそうに湯気を立てる料理が運ばれて来た。

 期待に目を輝かす一同の要望に応え、手を翳して飲み物を冷やしてやる。そして全員がジョッキやグラスを手に取ったところでジョッキを掲げ、

『『『乾杯ーーーーーーい!!』』』

 改めて、今日何度目になるかも分からない乾杯を交わしたのだった。

 セイリアとラーナちゃんを加え、更に人数を増やして賑やかさを増しながら、イ・ズモスでの夜は更けていくのだった…。

 ーーちなみに…… 、俺達はこの後、かっての大戦乱の英雄の一人【微笑みの剣鬼】の本当の怖さ・・・・・を、まだ誰一人として分かっちゃいなかったという事を知る事になる………。ーー

 ソニアら【蒼い疾風ブルーソニック】の四人と別れ、日付けの変わる少し前には【茜の草原亭】に戻って来たのだが、宿屋の入り口にはレイナルドさんが微笑みながら仁王立ちして待っていた。

 その後は宣言通り、俺もセイリア達と一緒になってレイナルドさんに怒られたのだが、お怒りから一周回ってニコニコとしながら、反省の正座をしている俺達に対して同じお小言を何度も何度も何度も笑顔のまま繰り返すレイナルドさんが、非常に、非常に!本当に怖かった………!?

『マスタ~、レイナルドさんが怖いです!?グスン…… 』

 ーー心配しなくていいよ、俺もすっごく怖いからっ!?  次からは気をつけよう……、本気マジで!?ーー










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