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第29章 動乱 ロードベルク王国 組曲(スウィート)

第297話

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 ーーー シュカカカカカカッ‼︎

 キーボードを弾くような小さく軽い音が、【バルディッシュ】船内の暗い廊下にスタッカートを響かせる。

「ぐわ…っ!」
「ぎゃ…っ⁉︎ 」

 突然浴びせ掛けられた銃弾の雨によって、あっさりと生命を奪われ、何が起こったのかをまるで理解出来ぬまま、その生涯を閉じた見張りの兵達。

 その兵達が崩折れる姿を確認するや否や、廊下の曲がり角から飛び出して来たのは、身体の要所要所をプロテクターに固め、頭巾のようなもので目以外の顔までを覆い隠した黒装束の者達。

 彼等が何者か?など、今更説明など要らないだろう。彼等こそはオルガに率いられた海上騎士団特殊強襲部隊の内、実質の人質奪還の為に組織された別働隊である。

 そもそも、オルガ達が直接乗り込んで来たのは、フーリムンに囚われた人質の女性達を解放する為だ。もし人質の存在さえ無ければ、圧倒的火力によって海賊艦隊を蹂躙するだけでよかったのだが、囚われた無辜の民がいる以上はそれは出来ない。
 時に大を生かす為に小を見捨てるという非情の決断も必要だろうが、救える可能性があるのならば極力その可能性に賭けて民を守る事こそが"騎士の本懐"である。として、オルガ達は本作戦を決行したのだ。

 作戦の概要は至ってシンプル。陽動として派手に乗り込んだオルガ達が甲板上で騒ぎを起こし、その隙に別働隊が船体の壁に穴を開けて侵入、人質を救出するというものだ。

 "水に浮かべる"という特性上、当然ながら船には船体下部に出入り口など無い。船体内部へは甲板から、つまり上から下に向かうしかないのだが、今回はその固定観念を逆手に取った作戦なのだった。

 倒れた見張りの兵達の死体を乗り越え廊下を進み、殆んど音も立てずに目標のポイントへと到達した特殊部隊の面々は、ハンドサインだけで「待て」「」「二名」を伝えあい、先程と同じ手順で"障害"、見張りの兵達のに取り掛かる。

 これが地球であるならば、通路の向こうにいる見張りの兵達の確認をする為に、目立たないような小さな鏡やモニターカメラを使用するのだろうが、彼等にはそんなものは必要無い。

 先頭のハンドサインを送った者が〈気配察知〉で位置を確認するとスッと指を立てて無言のままカウントダウン。タイミングを合わせて角から飛び出すと…!

 ーーー シュカカカカカカカカカカカ……ッ‼︎

 音の正体は、更に改良が加えられた魔導銃、魔導突撃小銃アサルトライフルだ。音は小さく軽くとも、その威力は人の命を容易に奪うに充分な殺傷能力を秘めていた。

「げぅ……っ⁉︎」
「かひゅ…っ⁉︎」

 もともと、ヒロトが携わり、【国家錬金術師】達によって開発されたロードベルク王国の魔導銃は、魔力で形成された力場によって弾丸を射出する方式の為、従来の火薬式の銃のような炸裂音は無い。
 だが、戦場に於いて雷鳴の如き銃声が鳴り響いた時の、敵兵士に及ぼす恐怖感という心理的影響は計り知れない。その為、わざわざ銃声のように聞こえるよう空気を炸裂させる術式を魔導銃の制御用魔晶石に仕込み、こうして場合によっては、サイレンサーを装着した時のように作戦用途に応じてオン・オフのモード切り替えが出来るようにしてあるのだった。

 蜂の巣となって絶命した見張りの兵に、ほんの僅かの憐憫の情も見せる事なく目標の部屋の扉へと近づくと、二名の警戒要員だけを残して、一気に室内へと突入する。

「ヒィ…⁉︎ 」

 目標とした部屋とは、当然フーリムンが航海中の居室として使用する貴賓室。だが、中に居た少女達は突然侵入して来た黒装束の一団に脅え、引き攣った悲鳴を上げて固まってしまう。

 部屋の中の様子は、突入する前に〈気配察知〉で確認していたが、油断なくバックアップの騎士が銃を構えて警戒した後、中央に位置していた騎士のひとりが素早く頭巾を外した。

「安心して。私達は王国海上騎士団よ。あなた達を助けに来たの 」

 それに習い、バックアップの騎士達も次々と頭巾を外すと、その下から現れたのは全て女性騎士である。
 そう、別働隊の正体は彼等ではなく。オルガは男によって悲惨な目にあった囚われの少女達を少しでも安心させるために、別働隊は全て女性騎士で構成していたのだ。

「助け…に来た?私達…を?」
「そうよ、もう大丈夫 」 
「本当…に?……うっ、グスッ。私、助かった…の?ひぐ…っ、うわあぁぁぁん…‼︎ 」
「大丈夫、大丈夫よ。よく頑張ったわね、一緒に帰りましょう 」

 安心したのか、一斉に鳴き出した少女達を優しく抱きしめた女性騎士は、一旦抱きしめた少女から離れると、バックアップ役の騎士達に少女達を任せてインカムを起動させた ーーー 。



「オラオラぁ!さっきの威勢はどうしたオルガぁぁっ‼︎ 」
「うぉ…っ!」

 ーーー ズバアアアァァァァァァンッ‼︎ 

 フーリムンが大きく得物を振り下ろすと、出しっ放しにしたホースのように、その刀身から帯状に水が放たれた。しかし、その威力は凶悪。ホースはホースでも高圧ホースで放水された勢いに、刃の鋭さが加えられた水が振り下ろした軌道に沿って、触れた物全てを斬り裂いて行く。

「ふっ!…っとぉっ!なかなかいいを持っているじゃないかフーリムン!」
「ぬかせぇっ!コイツはな、迷宮産の、その名も【水竜皇女クローセル】よ。この剣から噴き出す"竜斬波"は鋼鉄の鎧すら両断できる。テメエ等がどれだけインチキ魔道具を持ち出そうと、本物の魔導具には敵わねえぞ、オラああああっ‼︎ 」

 またひとつ、気合いの声と共にフーリムンは竜斬波と読んだ高圧の水の刃を解き放つ。

「ぐあああああ…っ⁉︎ 」

 間一髪のところでその攻撃をオルガは回避してみせるが、その背後に位置していたヨゴルスカの水兵が、背中から水の刃に切り裂かれて倒れ伏す。

「おいおい、味方を巻き込んでどうするんだ」
「はン!巻き込まれるマヌケが悪いのさ。こんなトコロで死ぬような奴にゃ用は無え 」

 フーリムンにとって部下などいくらでも替の効く消耗品。役に立つなら使うが思い入れなど何も無い。その命を鼻で笑い、人を人とも思わぬフーリムンの態度に、知らずオルガの心に苛立ちが沸き上がる。

「そうだな、お前はそういう男だよフーリムン… 」
「どうだ、考え直すなら今のうちだぜ、オルガ?今なら命だけは助けてやる。使かもしれねえがなぁ? ヒャハハハハハハハっ‼︎ 」
「この…っ!」

 苛立ちの為に眉をひそめたオルガを見て、劣勢を感じていると勘違いしたフーリムンがカンに触るような下卑た笑い声を上げる。これにはさしものオルガも苛立ちが怒りへと達して激昂しそうになるが……。
 その時である。オルガのインカムに、待ちに待った別働隊からの報告の声が聞こえて来たのは。

 ー『オルガ司令、こちら"モーレイール"。作戦は成功、人質の身柄を確保しました 』ー

「……! フフフ、よ~し、よくやった!お前達はそのままその部屋を死守せよ。人質の安全が最優先だ、いいな!」

 ー『アイ、マム!』ー

 フーリムンの想定以上の強力な装備に、分かってはいたがあまりにも人間として下劣なフーリムンの言動に、ついしかめ面をしてしまっていたオルガだったが、別働隊からの報告にニヤリとした笑みを取り戻す。

「聞こえたな?もはや後顧の憂い無しだ。これより使を解除する!遠慮は要らん、蹴散らせえっ‼︎ 」

『『『『『 アイアイ、マアァァムっ‼︎‼︎ 』』』』』

 オルガからの命令に、武器を構え直して雄叫びを上げる海上騎士団。

 通信機は全てオープン回線であり、今の報告は強襲部隊の騎士全員にも聞こえていた。
旗艦【バルディッシュ】には、フーリムンの護衛の為にヨゴルスカ海軍の中でも腕利きが集められていたが、精兵とはいえ所詮は弱者を痛ぶる事ばかりをしていた者達だ。ヒロトの訓練メニューによって鍛えられた海上騎士団にとっては、もはや雑魚と変わりない。
 
 人質の安全を第一に考え、オルガより戦い方に制限をかけられていた騎士達にとって、人質救出の為とはいえそんな連中を相手に互角程度の戦いをのは、非常に鬱憤の溜まる行為であった。

 その軛から解き放たれた海上騎士達の目にギラリと獰猛な光が灯る。

「な、何だ⁉︎ こいつ等急に強く…っ?」
「ぐわぁぁぁっ‼︎ 」

 ある者はそのまま剣で、ある者は背中に担いでいた魔導小銃を構えてを開始する。

「な…っ⁉︎ まさかオルガ、テメェ等今まで手加減してやがったっていうのか…っ?」
「クククッ!やっと気付いたのかフーリムン?貴様等など、もはや我々新生王国海軍にとっては雑魚に等しいんだよ!」

 オルガの叫びひとつで途端に逆転した攻勢に、数の有利も虚しく次々と打ち倒されていくヨゴルスカ兵の姿に激しく狼狽するフーリムン。

 "一騎当千"という言葉がある。本当にひとりで千人を相手取るなどまずあり得ないが、ひとりで複数人を相手取る事が出来るほどの剛の者に対する尊称である。
 イオニディア、いや、ロードベルク王国には、【黒き武神】の名で知られるジェイーネ達「救国の英雄」のように単騎で大軍を相手取ることの出来る化け物も確かに存在する。これはロードベルクの国民なら誰でも知っているお伽話だ。そう、なのだ。

 誰でも知っている話ではあるが、六百年も前の話しとあっては、ヒト族で実際にそれを見ていた者など、もう誰も生きてはいない。
 エルフ族であるジェイーネがまだ存命している事は多くの者が知っているが、その戦いぶりは今ではかなり誇張されたフィクションだ、と思っている者とているほどでなのである。

 だが、今のこの光景はどうか?

 海上騎士の剣のひと振りで数人が吹き飛ばされ、別の騎士が構えた魔道具らしきモノがけたたましい音を奏でる度に、ヨゴルスカの水兵達がバタバタと薙ぎ倒されて行く。

 騎士団がどれだけ精強であろうと、いくら奇天烈で強力な魔道具を持っていようと、数で押し包んでしまえば何とでもなると思っていた。しかし、これではまるでお伽話の中の英雄達のようではないか…⁉︎

 (「何故だ?何故こうも裏目ばかりが出る?俺の勝ちは揺るがなかったはずなのに…!」)

 ギリリッ!とフーリムンは歯を軋らせるが、状況が変わるはずもない。

「どうした、フーリムン。そんなに目の前の光景が信じられないか?なら、マヌケな貴様に教えてやろう。貴様等はな、反乱を起こそうとした時点でもう 」
「う…、ぐっ!まだだ!まだ負けちゃいねえ!オルガ、テメェさえ押さえちまえば……‼︎ 」
「フン、頭が悪いだけじゃなくて、往生際まで悪い男だな 」
「うるせぇ!うるせえうるせえうるせえうるせええええっ‼︎」

 激昂し、メチャクチャに【クローセル』を振り回すフーリムンだが、オルガには当たらない。全て紙一重で見切られ、避けられてしまう。

 ーーー ズパァァアンッ‼︎

「む…っ⁉︎ 」

 しかし、フーリムンの執念が通じたのか、オルガが右手に持っていたトマホークが、【クローセル】の水の刃によって半端から断たれてしまった。

「クハッ!どうだ、オルガぁぁぁ!俺は、俺はこんなトコロで終わる男じゃ無えんだよっ‼︎ いくらテメェでもこの【クローセル】には……⁉︎ 」

 ーーー チャキッ!

「ああ、言い忘れていたがなフーリムン。私はお前に"雄々しく戦って死ぬ"、とか、"海の男として華々しく散る"とかで死なせてやる気は無いんだよ 」

 オルガの得物であるトマホークを斬り飛ばし、悦に入るフーリムンの目の前に突き出されたのは鈍く光る銃口。
 オルガはトマホークを斬られた瞬間、腰の後ろへと手を伸ばし、ホルスターから拳銃型の魔導銃を抜き放っていたのだ。

 ーーー ダンッ‼︎ 

 「あ…ぇ?」

 キョトンとした表情を張り付けたまま、眉間に銃弾を撃ち込まれたフーリムンがゆっくりと仰向けに倒れていく。

「死ね。ただ死ね。それが貴様に似合いの死だ、毒蛇フーリムン 」

 奸計を巡らし、一時はロードベルク海軍のその殆んどを意のままに支配した海軍卿フーリムン。栄耀栄華を望み、その悪辣な手腕から毒蛇と呼ばれ恐れられた男が、その生涯で最後に得た物は、たった一発の銃弾だけであった。

 オルガは倒れたフーリムンを一瞥し、踵を返した時にはもう何も無かったかのように、二度とその死体を振り返ることは無かった……。






 
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