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第29章 動乱 ロードベルク王国 組曲(スウィート)
第268話
しおりを挟む「なん…、何だよ、アレ……… 」
海賊のひとりが突如として現れたそれを見て呆然と呟いた。
ヨゴルスカ・海賊連合艦隊から放たれた数え切れない程の攻撃魔法によって、身の程知らずにも立ち塞がった沿岸警備隊の艦船は炎に包まれ、無惨にも焼け落ちた……はずだった。
ところが、突然落雷の如き轟音が鳴り響いたかと思えば、味方の船のうちの何隻かが一瞬のうちに砕け散ったのだ。
何が起きたのかさえ理解出来ず、呆然とする海賊達。しかし、海賊達を襲う衝撃はそれだけでは済まされなかった。
燃えている沿岸警備隊の船の下の海面が盛り上がり、焼け落ちて行く木材の下から、初めに居た船の数倍の大きさの"鉄の船"が姿を現したのだ。
「何なんだ…?何なんだよ、ありゃあ…っ⁉︎ 」
同じ言葉を、またひとり誰かが口にする。
これを驚かなくて、何に驚けというのか?いつしか攻撃の手は止まり、誰もがただただ呆然として、突如して海中から姿を現した、その異様な艦隊を見詰める他はなかった………。
バン!と新生王国海軍旗艦【ジークランス】の艦橋の扉が音を立てて勢いよく開かれると、オルガが意気揚々として艦橋へと入って来る。
「オルガ司令に敬礼!」
入って来たオルガに対して一旦作業の手を止めて席から立ち上がり、全員が敬礼で迎える艦橋乗組員達。
フーリムン達とは違い、きっちりとした敬礼ではあるが、そのクルー達の顔にはどれも『してやったり!』という満足そうな表情が浮かんでいる。
「作業の手を止めてしまってすまないな、構わん、皆作業に戻ってくれ 」
そんなクルー達を見て、オルガもにこやかに敬礼を返し、そう言いながらブリッジ中央へと進んで行くと、ひと目で上級士官であると分かる精悍な壮年男性がオルガを出迎えた。
「お疲れ様ですオルガ司令。どうぞこちらにお座り下さい 」
そう言って、艦長席へとオルガに座るよう勧める彼の名は「トゥーゴ・アゥドミラル」」この艦の本来の艦長である。
「ありがとう、トゥーゴ艦長。だが、そこに座っていいのは、この船の艦長であるあなただけだよ。私はこちらのサブシートで充分さ 」
オルガはトゥーゴからの申し出を固辞すると、鼻唄を口遊みながらサブシートにトサリと腰を下ろした。
「ふふふ、御機嫌ですかな、オルガ司令?」
「そう見えるかい?そうだね、そうだろうとも!あのクソ毒蛇に、漸く一発カマしてやれたんだ。正に愉快痛快!鼻唄のひとつも出るというものさ。あああンっ、気ン持ち良かったぁーーーーっ‼︎ 」
頬を紅潮させ、ギュウっと己の体を抱き締めながら、フルフルと震えて歓喜の声を上げるオルガ。その嬌声のような無駄に艶めいた声に、若いブリッジクルー達は真っ赤になっていたりするのだが、感極まった!という風情のオルガは気付いてもいない。
ある意味クルー達にしてみれば、実に迷惑な話しである。
「司令、またそんな……。先程のフーリムンへの啖呵は大変お見事でしたが、あのような言い回しをされていては、『ますます嫁の貰い手が無くなる』と、お父上が嘆かれますぞ?」
「はっはっはっ!そうなったらそうなったで、親類筋から優秀な養子でも迎えれば良いさ。……いや?さっきは思い付きで言ったが、嫁、とは行かないまでも最悪教官殿から子種でも頂ければ………! 」
「司令…っ?」
「冗談だよトゥーゴ艦長。…半分は。それより、奴等の様子はどうだ?さぞかし慌てているんじゃないか?」
どうやらトゥーゴ艦長はその風貌通り、昔ながらの真面目な軍人気質なようで、先程の妙齢の女性としては些か品のなさすぎるオルガの煽り文句を窘めようとするが、カラカラと笑うオルガはどこまでが本気で冗談か分からない返しをしてまた笑うばかり。
「また半分は…、とか。まあ、今はそんな話しをしている時ではありませんな。連中は上へ下への大騒ぎ…と言うより、全員が攻撃する事も忘れて呆気に取られているようですな 」
ふぅ…、と溜め息を吐いて気を取り直したトゥーゴ艦長は、"親戚の叔父さん"のような顔から軍人の顔へと戻ってそう答える。
「くっふふ…!だろうねぇ~。小賢しい七隻の沿岸警備隊の船を燃やしてやった!と思った矢先に、突然、旗艦【バルディッシュ】よりも巨大な船が七隻も現れたんだ。もし私が奴等でも、まったく同じ反応になるだろう 」
「ですなあ……。しかも現れた巨大船が全て"鉄の船"とあっては、確かに理解が追いつかないでしょう。…実は恥ずかしながら、この私も何故このような巨大な"鉄の塊"が水に浮くのか、今だに理解出来ておりません 」
ー 木は水に浮き、鉄は沈む ー そんな事は子供でも知っている当たり前の常識だ。では、なぜ"「"鉄"で出来ているはずの船が水に浮かぶのか?」"
それには〈浮力の原理〉が関係する。その原理とは、『物体は、その物体が押し退けた水の重さに等しい力を水から受ける』というものだ。
同じ大きさの鉄の球体が二つあったとしよう。ひとつは中まで全て詰まった本当の鉄の塊で、仮に重さを100とする。
もうひとつは中身が空洞で、大きさは同じだが、重量は約三分の一で30とする。
この二つを水に入れた時、押し退ける水の重さを50とすると、最初の鉄の塊は水から受ける力50よりも更に重い為に浮力が働かないが、空洞の球体の方は(50-30=20)で、20の浮力を得る事になる。些か端折った説明だが、これが簡単な浮力の説明である。
つまり、確かにこの船は鉄で出来ているには違いないが、厳密に言えば"鉄の塊"ではなく鉄板を繋ぎ合わせたもので作られている。その大きさに対してその中身は空洞な訳だ。"押し退ける水の重さに対して船体の重さが釣り合っている"これが、鉄の船が水に浮く秘密である。これは「アルキメデスの原理」と呼ばれ、実際には船の重力と浮力が釣り合うのだが、難しい話ばかりになるのでここでは割愛する。
さらに付け加えるなら、ここは異世界イオニディアには地球には無い"魔法"というファクターがある。《重量軽減》《重量加増》によって、その釣り合いも自由自在である。これまで魔法とはそれを行使する個人、またはパーティの技量や魔力量に左右されていた為、其れ等を"常に発動し続ける"事は不可能に近かった。
しかし、メイガネーノがたまたま発明した〈魔導ジェネレーター〉と、アシモフの研究成果である〈制御術式〉。是等が奇跡的に組み合わさった事で魔道具への常時魔力供給が可能となり、地球の動力機関をも凌駕する〈魔導機関〉が誕生したのだ。
ちなみに、文明レベルが中世であるイオニディアでは、まずあり得ない是等〈強襲型飛竜空母〉【カラドリオス】や、巨大戦艦の数々の建造の経緯についてであるが、お察しの通り、言うまでも無く【国家錬金術師】が暴走した結果である。
ヒロトから聞いたこの〈浮力の原理〉の実証実験の名の下に、"第一世代型新型ゴーレム"、所謂〈コングタイプ〉を作業用として自分達用に調整までして、嬉々として次々と造り上げてしまった。という訳だ。
実はまだまだ中身はほぼがらんどうのハリボテ状態。出来上がっているのはガワと動力部に制御の為の艦橋部、少々の船室と格納庫ぐらいだが、それでもこれだけ運用出来るのは、要するにこの船が"船型ゴーレム"だからである。
ちなみに【国家錬金術師】の連中は、今は"潜水艦型ゴーレム"の実現に向けて元気に暴走中であったりする。潜水艦、と言いつつ先端にドリルが付いていたり、最高速度を出す時には水中翼によって海面から浮上し、とんでもない速度で海上を疾走するなど、もはや潜水艦のカテゴリーに納めてはいけないモノを着々と建造していたりするので、近いうちにはヒロトにお仕置きを食らうのは間違いない状況だったりするのだが、それはまた別のお話しである。
「ふふふ…っ!いいじゃないかトゥーゴ艦長。原理だ仕組みだなどというのは、あの変態共に任せておけばいいのさ。私達にとって重要なことは、それがちゃんと実用に耐えるかどうか?と言うことだけさ」
「ははっ!違いありませんな。今の我々に必要なのは圧倒的物量差を覆すことの出来る力。ならば、少々の事は関係ありませんな 」
そう言い合い、ニタリと笑みを交わすオルガとトゥーゴ。結局はこの二人も生粋の軍人。使い物になるならば細かい事は気にしない、脳筋なのである。
「ヨゴルスカ艦隊に動きあり!二手に別れるようです!」
と、オルガ達が"黒い笑み"を交わしていたところで、前方を監視していたブリッジクルーから報告の声が上がる。
「ほう?"数の利"を活かして、私達に対する部隊と、あくまで王都を占領する部隊に分けたか 」
「如何なさいますか、オルガ司令?」
「決まっている。待機している連中も、そろそろ痺れを切らす頃合いだろう。全艦鉄亀の発進準備を急がせろっ‼︎ 」
「了解!ー『各艦、【踏波亀兵】の発進準備急げ。繰り返す、【踏波亀兵】の発進準備急げ!』ー ‼︎ 」
ー『海上騎士団、待機命令解除。【サーフタートル】発進せよ!【サーフタートル】発進せよっ!』ー
【ジークランス】の船内に、出動を報せるサイレンと艦内放送が鳴り響き、艦内は俄かに蟻の巣を突いたような喧騒に包まれた。
「〈魔導ジェネレーター〉回せぇーーっ!」
「待ち兼ねたぞ!やっと出番が来たか…っ!」
「やってやる!やってやるぜ海賊共がっ!」
「何やってる!そこは出撃の邪魔になるだろう!すぐにそれを退かせ!」
出撃命令を待ち侘びた海上騎士の声や、整備士、甲板作業員など、船体後部にある格納庫に木霊する様々な声。
海上騎士達は次々と【サーフタートル】の操縦殻に乗り込み、手早く整備士達とチェックを済ませて騎体前面上部のハッチを閉じて行く。
「後部ハッチを開く!作業員は格納庫中央部から退避しろ!海水が流れ込んで来るぞっ!」
その声に合わせて、ゆっくりと後部ハッチが外に向かって開いて行き、流れ込んできた海水によって小型のドックに様変わりする格納庫。
「ドックへの注水ヨシ!騎体のアンカーロック解除!」
「解除ヨーシ!」
ガココンッ!と、揺れる船内でも安全に運搬、整備する為に、機体をハンガーに固定していたアンカーボルトのロックが解除されると、枷を外された五騎の【サーフタートル】はゆっくりと立ち上がり、そのままズシュン、ズシュン!と足音を響かせながら注水されたドックの水の中へと進んで行く。
ー 【踏波亀兵】 ー それは、初となる"水陸両用ゴーレム"に与えられた名称である。
体高四メートルのズングリとした体型に太い手足。だが、やや人型を外れている初期の頃のコングタイプとは違い、そのシルエットは重装騎士や宇宙服を思わせる人に近いバランスである。しかし、通常型と違い、最初から水辺での運用を前提として開発された為に、気密性を上げた騎体はその愛称"鉄亀"が示す通り、こんもりとして亀が直立したようにも見えるその姿から、【サーフタートル】の名が付けられた。
その最大の特徴は、両脚部に取り付けられた大きな〈流体制御推進ボード〉だろう。
一見すると、脚部に巨大な盾を装甲板として装着したかにも見えるそれは、使用時には足裏へと装着され、騎体に浮力と推進力を与えるのだ。
ー『各騎〈推進ボード〉装着起動!』ー
ドック内へと流れ込んだ海水は四メートルもある【サーフタートル】の膝の高さまで深さがあったが、隊長騎からの指示で〈推進ボード〉に魔力が伝達され始めると、騎体の足下がザワザワと波打ち出し、徐々に水面上まで浮上して行く。
五騎全てが無事に〈推進ボード〉の起動を終えた事を確認した騎体誘導官が、クルクルと腕を回して発進OKのハンドサインを送る。
ー『管制室、全騎出撃準備ヨシ!いつでも行けるぞ!』ー
ー『こちら管制室。了解、【サーフタートル】隊、全騎出撃せよ!』ー
ー『了解。【サーフタートル】「紅甲」隊、出撃する。出るぞおぉぉっ‼︎ 』ー
ー『「「「「アイアイサーーっ‼︎ 」」」」』ー
水飛沫を巻き上げて、次々とドックから飛び出して行く【踏波亀兵】達。
「オルガ司令、"鉄亀"隊、全騎発進完了しました!」
クルーからの報告に、獰猛な笑みを浮かべたオルガが叫ぶ。
「よぉしっ!反撃開始!毒蛇狩りだああぁぁっ‼︎」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
いつもお読み下さりありがとうございます!
サーフタートルのモニターカメラは、当然"三色の三連"です。(笑)
現在大賞期間中です!既に投票して下さった方々、本当にありがとうございます。まだお済みでない方は是非ぜひ応援のほど、宜しくお願い致します!
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