上 下
263 / 284
第28章 動乱 ロードベルク王国 前奏曲(プレリュード)

第260話 交声曲の1 (カンタータ)

しおりを挟む

 そこは豪奢、としか表現しようが無い一室だった。
 厳選された木材のみを使い、しかも精緻な彫刻を施された柱には継ぎ目なく金箔が貼られ、シミひとつ無い白壁には、同じく純金を粉末状にした絵の具で描かれた優美に絡まり合う蔦の模様のスクロールが美しい。
 壁際には最高の職人が手掛けたのであろう調度品と共に、観葉植物や数々の芸術品が並べられていたが、しかし、そこに成金趣味の者などが陥る厭らしさなどは微塵も感じられない。
 何処も彼処も女性的で華やかな装いでありながら、まるでその部屋の主人の品格を感じさせるような、落ち着いて調和の取れた佇まいであった。

 南側一面は、テラスに続く大きな窓となっていて、透明度の高いガラスからは午後の明るい日差しが燦々と差し込み、より一層室内の雰囲気を明るいものに演出しているかのようだ。そしてその室内に、最高級茶葉である事を伺わせる、爽やかで芳醇な紅茶の香りがふわりと漂う。

「うん、いい香りだ。また腕を上げたようだねフォーファー。この香りを嗅いでいるだけで、政務のゴタゴタで溜まった疲れが溶けていくようだよ 」

 部屋の主人の名は「アベリストヴィズ・ルガルス・スコティリア・エイングラウド」、第二十五代エイングラウド帝国女皇帝である。
 
 彼女はカップに満たされた、琥珀色の紅茶の馥郁たる香りを存分に楽しむと、ほぅ、と満足気に息を吐き、紅茶を淹れた侍女?を褒めた。

「過分なお言葉恐れ入ります。アベリストヴィズ陛下にそのように評価して頂けるとは感謝の極み。このフォーファー、尚もお喜び頂けるよう精進致します 」
「ふふっ、お前は母親のアープロースに似て真面目だねぇ。ここは私の私室だ、もっと肩の力を抜いたらどうだい?」
「とんでもないことで御座います。アベリストヴィズ陛下こそは至高の御方、その様な御方に母に続きお仕えさせて頂くのです。長年に渡り陛下にお仕えさせて頂いた母であればともかく、今の私ごときでは全然足りておりません。肩の力を抜くなど、その様な事はとても、とても。それこそ母に叱られてしまいます 」

 ここは『バチカン市国』のように、エイングラウド帝国内にありながら、三王国の、そのどの領土にも属さない都市、帝都リィンドゥーン。その中心部…、いや、の中心である女皇帝の居城であるバーミンダーム城のさらに奥、女皇帝の居室のある後宮である。

 通常、後宮と言えば皇帝や王などの妻や愛妾、またその間に産まれた幼い子供と、その世話をする侍女達が住まう場所であるのだが、ここエイングラウド帝国では慣例として、女性王族が女皇帝として皇帝位を受け継ぐことになっている。
 別に女皇帝の婚姻は禁止をされている訳ではないが、その場合は後宮ではなく、王配としての別棟が用いられることになっている。

 ちなみに断っておくと、女皇帝の地位は世襲制ではない為、例え在位中の女皇帝が女児を出産しようと、その子が皇帝位を受け継ぐことは無い。

 むしろ、女皇帝はひとつの王家だけに権力が集中しないように、三王家それぞれからほぼ均等に選ばれることになっているので、女皇帝の嫡子はその出身王家に戻されて、そこで王族なり、新しい家を興すことになっている。

「本当にねぇ?そんなこっちゃ嫁の貰い手が無くなって、私みたいに"行かず後家"になっちまうよ?」
「御心配には及びません。実家のチェスター侯爵家はが立派に後を継いでくれますし、そうなればそうなったで、我が生涯をアベリストヴィズ陛下に、陛下が御退位なされた後はエリアシュード殿下にと、我が忠誠を女皇帝陛下に捧げる覚悟にございます」
「あんたね…、騎士じゃないんだから……⁉︎ 」

 先に述べたが、女皇帝の婚姻は禁止されている訳ではない。だが、現女皇帝のアベリストヴィズは、初代女皇帝エリザビュートと同じく帝国の繁栄、安寧を第一として、齢六十五歳となる現在に至るまで、結局配偶者を得ようとしなかった。

 そんな自分の身の上を、少しばかり自虐的なネタとして揶揄しながら、侍女?のフォーファーを窘めようとしたアベリストヴィズだったが、フォーファーはまるで揺るがない。それどころか、ガチャリ!と姿勢を正し、自らもアベリストヴィズのように生涯不犯を貫いたまま、忠義に一生を捧げることも辞さない覚悟だと言い切る始末だ。

「それにねえ、なんだいその?いつも言ってるだろう、ここはバーミンダーム城なんだよ?言ってみれば帝国で一番警戒が厳重な場所なんだ。この後宮にだって手練れの女騎士が大勢詰めてる。、アンタがそんな重装備着てる必要は無いんだ 」

 "侍女"と言い切れなかったのはここにある。フォーファーは、侍女服の上に腰から上には大の男でも根を上げそうな重装甲の鎧を身に着け、下半身には"装甲スカート"としか表現出来ないような物を履いていたのだ。
 しかも割と小柄な体格の為、遠目に見たらまるで"変な鎧"だけが歩いているようにも見えてしまうほどだ。

 と、言うか、"女騎士に絶倫オーク"とか、こちらの世界でも「クッ殺」ネタがあるのだろうか?

 まあ、それはともかくとしても、サラッと普通の会話に下ネタをブッ込んでくるあたり、女皇帝陛下もなかなか「いい性格」をしているようである。意外とどこぞのダークエルフのイケメン"爺い"執事辺りと気が合うかもしれない。

「何を仰しゃいます!至高なる御方であられる陛下の玉体に、傷ひとつも付いてはなりません。その為には、いつ如何なる時、如何なる場所に於いても「常在戦場」の心構えでいることこそ、私の勤めにございます。それから、御身は最も高貴な御方なのですから、はお控え下さいませ 」
「だから、アンタはであって、騎士じゃないんだってば!……ハァ~~、アープロースはいったいどんな育て方をしたんだい……。ねえ?アンタからもなんとか言ってやっておくれよ」

 普通の侍女は間違っても「常在戦場」の気構えなどしていない。いや、重装侍女アーマーを着ている時点で既に間違っているとは思うのだが…?
 驚くべきは、フォーファーは先程の極上の紅茶を、そんな重装備の格好のままで淹れ、更には他の業務についても完璧にこなしているという事である。有能なんだか、残念なんだか、非常に判断に困るところだ。

 頑なに態度を変えない"フルアーマー"残念侍女に、アベリストヴィズはお手上げだとばかりに天井を仰ぎ、同じようにテーブルに着き、紅茶を楽しみながら面白そうに主従のやり取りを観ていた女性のひとりに話しの水を向けた。

「ふふっ、いいじゃないですか。『常在戦場』、良い覚悟じゃありませんか 」
「あのね、マリー?【英雄王】の国じゃどうかは知らないけどね、普通、侍女にそんな覚悟は要らないんだよ 」

 アベリストヴィズが話しを振った相手はマリーベル。エイングラウド王太子、ベルファストに嫁入りした、かつてのロードベルク王国第一王女である。

「あら、そうでしたか?お母様付きの侍女達は二人とも、いつでも服の下に鎖帷子を着込んで、身体中に武器を隠し持ってましたし、いつもお母様と戦闘訓練をしていたのですけれど?ですから、"護衛侍女"というのは何処の国でもそういうモノだと思っていたのですが…。違うんですか?」
「そんな殺伐とした侍女は聞いたことも無いよ!…って、そういやアンタの母親のレイラ王妃は、【血濡れの舞姫ブラッド ディーバ】の元・初代総長だったね……。話しを振った私が悪かったよ…… 」

 「「クスクスクス…!」」

 フォーファーに加え、アベリストヴィズとマリーベルのやり取りに、もう後二人の同席者が可笑しそうに笑い声を上げる。

「エリアス、アリーシャも笑い事っちゃないよ…」
「ごめんなさい、アベリストヴィズ陛下 」
「すいません、でも、ひと睨みで軍務卿すら震え上らせる陛下に、まさかこんなに困ったお顔をさせられる方がいるなんて可笑しくって……!」

 もう二人の同席者とは、エリアスこと、「エリアシュード・ルガルス・エイングラウド」と、アリシア改めアリーシャの二人だった。

 二人は先日のベインズディンガスの街に行った際の報告を、アベリストヴィズにするついでに、ヒロトから貰ったを渡そうとバーミンダーム城へと訪れていたのだが、偶々マリーベルもアベリストヴィズの元に訪ねてきていた為、丁度いいタイミングだ、とばかりにアベリストヴィズが政務の休憩を兼ねて、四人でお茶会を始めたのだ。
 しかし、女傑中の女傑であるアベリストヴィズが、フォーファーやマリーベルとのやり取りで呆気に取られた、というか顔をしているのが面白くて、つい笑ってしまったのだ。

「本当にねぇ、よくあのもやしっ子ベルファストが、こんな勇ましい嫁さんを貰えたもんだよ…。………それはそうと、エリアス、アリーシャ、"陛下"じゃないだろう?私が"朕"だの、勿体ぶった喋り方をしてないんだ、なんて呼ぶかは教えただろう?」

 ん?ん?ん~~っ?と、を催促するかのように、ニンマリと口元に悪戯っ子のような笑みを浮かべるアベリストヴィズ。

「あ!その…、ええと、…?」

「そう、それだよ!子供も孫もいない私に取っちゃ、アンタ等は孫みたいなモンなんだ。公務中ならともかく、プライベートまで"陛下"じゃ寂しいじゃないか 」
「いや、でも、その…、エリアス様ならまだともかく、私はやっぱり畏れ多くてですね……」
「私が良いと言ってるんだ、アリーシャ。関係ないよ。マリーを見てごらんよ 」
「いえ、それはマリーベル様が凄いんだと思います…!」
「ん?」

 何か言った?といった感じで、キョトンと首を傾げるマリーベルに、苦笑気味にアリーシャは説明する。

「いえ、女皇帝であらせられるアベリストヴィズ陛下を、そう呼べ、と言われたからといって「はい、分かりました」で、"お婆様"と呼べるマリーベル様は凄いなって 」
「ああ!それはね、雰囲気の女傑ひとを知ってるから…かしらね?」
「良く似た方…ですか?」

 今度はエリアスとアリーシャの方がキョトンとして首を傾げる。それはそうだろう。アベリストヴィズは長年に渡り巨大帝国を治めてきた大女帝。それと並び立てれる者など、そうそう居る筈が無い。
 アベリストヴィズは、ほぅ?という面白そうな表情をしているが、「女皇帝至上主義」であるフォーファーなど、よく見なければ分からないが、若干不愉快そうである。
 
「そんな方がいらっしゃるのですか?差し支えなければ、どんな方なのかお聞きしてみたいのですが…? 」
「ええ、問題ないわエリアスちゃん。アベリストヴィズ陛下と良く似ている人というのはね、の事よ 」

 その名前が出た瞬間、よく分かっていないアリーシャ以外の全員がギョッとした顔になる。
 その名前は"生ける伝説"として、ロードベルク王国内では知らぬ者など居ない。いや、むしろ帝国内の方が帝国の侵攻を阻んだ敵国の英雄として、よく知られているかもしれない名前であった。

「あっはっはっはっ‼︎ なるほどね、【炎禍の魔女】殿かい。そりゃあいい!その名と同列に語られるなんざ、私の方が返って光栄なくらいだね!」

 これほど愉快な事はない、とばかりに呵々大笑と快活な笑い声を上げるアベリストヴィズ。え?えっ?と、こちらの世界の事をまだよく知らないアリーシャだけは、盛大にクエスチョンマークを打ち上げているが、他の者達は全員、フォーファーも含めて「なるほど!」と納得顔である。

「いいね!やっぱりアンタはいいよマリー!……さて、それじゃあ、そろそろエリアス、アリーシャ、ベインズディンガスでの事を教えてくれるかい?」

 一頻り大笑いしたアベリストヴィズは、目尻に浮かぶ涙をハンカチで拭き取りながら、そう話しを促すのだった。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 いつもお読み下さりありがとうございます!
 今年もまたファンタジー大賞にノミネートさせて頂きました!
 宜しければ是非、また応援宜しくお願い致します‼︎
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】飛行機で事故に遭ったら仙人達が存在する異世界に飛んだので、自分も仙人になろうと思います ー何事もやってみなくちゃわからないー

光城 朱純
ファンタジー
空から落ちてる最中の私を助けてくれたのは、超美形の男の人。 誰もいない草原で、私を拾ってくれたのは破壊力抜群のイケメン男子。 私の目の前に現れたのは、サラ艶髪の美しい王子顔。 えぇ?! 私、仙人になれるの?! 異世界に飛んできたはずなのに、何やれば良いかわかんないし、案内する神様も出てこないし。 それなら、仙人になりまーす。 だって、その方が楽しそうじゃない? 辛いことだって、楽しいことが待ってると思えば、何だって乗り越えられるよ。 ケセラセラだ。 私を救ってくれた仙人様は、何だか色々抱えてそうだけど。 まぁ、何とかなるよ。 貴方のこと、忘れたりしないから 一緒に、生きていこう。 表紙はAIによる作成です。

→誰かに話したくなる面白い雑学

ノアキ光
エッセイ・ノンフィクション
(▶アプリ無しでも読めます。 目次の下から読めます) 見ていただきありがとうございます。 こちらは、雑学の本の内容を、自身で読みやすくまとめ、そこにネットで調べた情報を盛り込んだ内容となります。 驚きの雑学と、話のタネになる雑学の2種類です。 よろしくおねがいします。

もういいです、離婚しましょう。

杉本凪咲
恋愛
愛する夫は、私ではない女性を抱いていた。 どうやら二人は半年前から関係を結んでいるらしい。 夫に愛想が尽きた私は離婚を告げる。

50代後半で北海道に移住したぜ日記

江戸川ばた散歩
エッセイ・ノンフィクション
まあ結局移住したので、その「生活」の日記です。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

鬼神転生記~勇者として異世界転移したのに、呆気なく死にました。~

月見酒
ファンタジー
高校に入ってから距離を置いていた幼馴染4人と3年ぶりに下校することになった主人公、朝霧和也たち5人は、突然異世界へと転移してしまった。 目が覚め、目の前に立つ王女が泣きながら頼み込んできた。 「どうか、この世界を救ってください、勇者様!」 突然のことに混乱するなか、正義感の強い和也の幼馴染4人は勇者として魔王を倒すことに。 和也も言い返せないまま、勇者として頑張ることに。 訓練でゴブリン討伐していた勇者たちだったがアクシデントが起き幼馴染をかばった和也は命を落としてしまう。 「俺の人生も……これで終わり……か。せめて……エルフとダークエルフに会ってみたかったな……」 だが気がつけば、和也は転生していた。元いた世界で大人気だったゲームのアバターの姿で!? ================================================ 一巻発売中です。

【欧米人名一覧・50音順】異世界恋愛、異世界ファンタジーの資料集

早奈恵
エッセイ・ノンフィクション
異世界小説を書く上で、色々集めた資料の保管庫です。 男女別、欧米人の人名一覧(50音順)を追加してます! 貴族の爵位、敬称、侍女とメイド、家令と執事と従僕、etc……。 瞳の色、髪の色、etc……。 自分用に集めた資料を公開して、皆さんにも役立ててもらおうかなと思っています。 コツコツと、まとめられたものから掲載するので段々増えていく予定です。 自分なりに調べた内容なので、もしかしたら間違いなどもあるかもしれませんが、よろしかったら活用してください。 *調べるにあたり、ウィキ様にも大分お世話になっております。ペコリ(o_ _)o))

【完結】異世界転移パパは不眠症王子の抱き枕と化す~愛する息子のために底辺脱出を望みます!~

北川晶
BL
目つき最悪不眠症王子×息子溺愛パパ医者の、じれキュン異世界BL。本編と、パパの息子である小枝が主役の第二章も完結。姉の子を引き取りパパになった大樹は穴に落ち、息子の小枝が前世で過ごした異世界に転移した。戸惑いながらも、医者の知識と自身の麻酔効果スキル『スリーパー』小枝の清浄化スキル『クリーン』で人助けをするが。ひょんなことから奴隷堕ちしてしまう。医師奴隷として戦場の最前線に送られる大樹と小枝。そこで傷病人を治療しまくっていたが、第二王子ディオンの治療もすることに。だが重度の不眠症だった王子はスリーパーを欲しがり、大樹を所有奴隷にする。大きな身分差の中でふたりは徐々に距離を縮めていくが…。異世界履修済み息子とパパが底辺から抜け出すために頑張ります。大樹は奴隷の身から脱出できるのか? そしてディオンはニコイチ親子を攻略できるのか?

処理中です...